第6話 オークの群れ

 市場でたっぷりと食糧を仕入れて、昼前には街を出て草原の奥に向かった。

 オラルスの親爺が言っていた、草原と森の境ってのを見てみたい。

 途中二度ゴブリンを見つけ短槍の使い勝手を試していたら遅くなってしまい、遠くに森が見えて来たところで日暮れを迎えてしまった。


 結界のドームを作り隠蔽魔法で隠すと、魔力放出をして即行で眠りに就いた。

 夜中に目覚めると何かの気配を感じる、斜線の影を透かして見るとウルフ系の獣が数頭居るようだ。

 どうも俺の足跡を辿ってきたようで、結界のドーム手前で匂いが消えているので、匂いを探してうろうろしている。

 ウルフを討伐してギルドに持ち込めば、噂になるだろうから狩ることはしない。


 しかし、ドーム周辺でうろちょろされても迷惑なので、短槍を手に防御障壁を張り隠蔽を掛けてドームの外に転移魔法で(ジャンプ!)する。

 匂いを嗅いでいた奴が、一瞬ビクッとした後で周囲を見回す。

 鋭い個体も居るようなので慎重に動き、手近な奴の尻に短槍を突き入れる。


 〈ギャン〉と一声悲鳴を上げると全力で走り出し、それに釣られて仲間のウルフも後を追いかけて消えた。

 こうしてみると、ウルフって事は判るがそれ以上の種類が判らないのは残念だ。

 討伐する気はないが、特徴等を知っていると今後の対応が遣り易いはずだ。

 防御障壁がどの程度有効なのかも知らないので、迂闊に闘いたくないってのが本音だけど。


 それにしても魔力を巡らせていると、新月の夜の暗闇でも相当夜目が利くのは有り難い。

 ドーム周辺を確認して、朝まで一眠りすることにした。

 早朝から森の境に出向くが、境といっても木が疎らに生える所から灌木地帯へと続き、段々と木が大きくなっていく幅広い地域の事だった。

 地球と同じく夜明け時には様々な鳥の声が、森や灌木地帯のそこ此処から聞こえて来る。

 様々な鳥の鳴き声を聞き、声の発生源を確認して歩く。


 〈コーォワアァァァ〉〈コーォワアァァァ〉独特な鳴き声に目を向けると、チキチキバードが高木の枝から飛び降りてくるところだった。

 素早く着地点に向かい、お財布ポーチから棍棒を取り出し身構える。

 安全地帯に飛び降りたつもりだろうに、頭に一撃受けて痙攣している。

 早朝より大収穫、チキチキバード7羽にカラーバード4羽とヘッジホッグ2頭。


 街に帰るまでは空間収納に入れておき、街に戻る前にお財布ポーチに移動させれば、お財布ポーチの容量を気にせず保管出来る。

 そう考えながら移動していると、森の方が騒がしい。

 それも獣の咆哮と人の声が混じっていて、近づく程に声も大きくなり大人数での戦闘のようだ。


 見えないと判っているが、立木や藪を利用して音の方に近づくと、大男・・・豚顔で牙を生やし小さな角のある奴と闘っている。

 豚顔って噂のオークだよな、闘っている方は数名の冒険者以外は揃いの鎧に剣や槍で応戦しているのだが、既に四人ほど倒れていて劣勢のようだ。

 オークは8頭もいて、多少の傷も物ともせず人間達に襲い掛かっている。

 野営道具が散乱している所をみると、寝起きを襲われたようだし、散乱している野営道具に混じって童顔の少年が倒れている。


 成人前後なのだろう、見殺しにするには忍びないので助ける事にした。

 手槍を持って後ろから忍び寄るが、どう見ても2.5~3mはある体格にどうしようか迷う。

 人形ならアキレス腱か首の頸動脈だろうと思い、先ずはアキレス腱を狙って短槍を突き入れる。

 動き回るオークの、アキレス腱に突きを入れるのは難しいので、横から斬り付ける事にした。


 踏ん張る足のアキレス腱を、短槍でちょんとすると一瞬で体勢が崩れて倒れる。

 すかさず頸動脈に槍先を突き入れると、血飛沫を撒き散らして動かなくなる。

 止めを刺す時間が惜しいので、オークのアキレス腱のみを斬っていくと、次々に倒れるオークを見て動きの止まる者がいる。


 「何を見ている! さっさと止めを刺せ!」


 怒鳴りながら、彼等に襲い掛かるオークの後ろに回りアキレス腱を切っていく。


 〈誰か知らないがすまん!〉

 〈皆もう少し頑張れ!〉

 〈首だ! 首を狙え!〉


 6頭を倒したところでオークは逃げ出したが、俺の方に逃げてきたオークの足を引っかけて転ばせると、後ろから尻に槍を突き入れた。

 勿論〈浣腸!〉の掛け声付きでだ。

 しかし〈ギャアァァァァ〉と悲惨な悲鳴を上げで大暴れをした為に、深々と突き刺さった槍が手から離れてオークの尻に残る。


 取りに行きたいが、大暴れして藻掻いているオークには近寄れないし、ちょっと汚くなった槍を取り戻したいとも思わない。

 剣鉈に似たショートソードを抜いて、藻掻くオークの後ろから忍びより首を掻き斬っていく。

 ふと見ると、足を抱えて藻掻くオークの首から血が噴き出して死んで行くのを見て、呆気にとられている男達。


 危険は去ったが、未だ息のあるオークもいるのだから活を入れておく。


 「さっさと止めを刺せ!」


 そう怒鳴って姿を現し、尻に短槍を突っ込まれて足掻いているオークを指差す。

 突きの練習なんてした事が無い素人の俺が、茶目っ気を出して浣腸したばかりに尻に深々と突き立っている。

 尻から深々と腹にめり込んだ短槍は、血と糞尿に塗れて近寄りたくないので人任せにするに限る。


 いきなり姿を現した俺に驚いていたが、断末魔とはいえオークの息が有る内は油断ならないので、慌てて止めを刺しに行く。

 見回せば怪我人は6人に増えている。


 「セイオス様、しっかりして下さい。セイオス様!」

 「隊長、セイオス様が!」


 見れば、少年の顔は蒼白で足に剣が突き刺さり血で真っ赤になっている。

 血の流れ具合からみて、動脈を傷付けているようで長くはないだろう。

 折角助けたのに目の前で死なれては気分が悪いので、血止め程度に治癒魔法を使うことにした。


 「傷を見せてみろ」


 「上級ポーションを飲ませたが・・・」


 「拙いが、治癒魔法を使えるので替われ!」


 「頼む!」


 剣の突き立った場所を押さえて(ヒール!)と口内で呟きながら剣を引き抜き血が止まったのか確認する。

 傷の状態を知るために、急ぎズボンを切り裂いて傷口を確かめる。

 血塗れの足だが、傷は見当たらず血も流れていない。


 〈おぉ、凄い〉

 〈助かったのか?〉


 そう言われて、少年の首に手を当てて脈を確かめると、僅かに脈を感じられる。


 「まぁ何とか脈は有るので、助かるだろうな」


 「助かったよ、俺はグランデス領アスフォールの領主、フォルタ・カリンガル伯爵の騎士団の者だ。セイオス様を傷付けてしまった上に、死なせでもしたらお詫びの仕様もないところだった」


 「まぁ、たまたま通りがかったから手を貸しただけだよ。他に死にそうな奴は居ないよな」


 〈済まないが、もう一人重傷の者が居るので診て貰えないか〉


 後ろから声が掛かり振り向くと、倒れている男の傍に居る奴が真剣な顔で頭を下げる。

 その男は鎧の胸が陥没して、口から血を流して気を失っていた。

 息をする度に口から血と泡が溢れてくるので、鎧を外して貰い胸の上に手を翳して(ヒール!)と呟くと、掌から淡い光が男に降り注ぎ身体を包む。

 さっきは傷を押さえていたので判らなかったが、ヒールって光に包まれて治るんだと初めて知った。

 怪我は治ったが、流れた血はそのままなので気管に血が詰まって噎せている。

 足を怪我したり、骨が折れている程度の奴は無視しておく。


 「身体を横にして、血を吐き出させて遣りなよ」


 「改めて礼を言わせてくれ。俺はカリアド、フォルタ・カリンガル伯爵の騎士団の者だ。君は冒険者とお見受けするが」


 「えーと、まぁ冒険者ですけど、それより怪我人を早く街に連れ帰った方が良いのでは」


 そう言いながら見れば、担架を作り少年と数人の怪我人を乗せて、帰り支度をしている。


 「冒険者なら頼みが有る。見ての通り怪我人を運ぶ為に警護の手が足りないので、街までの護衛を頼みたい」


 7人の怪我人の内5人が担架に乗せられていて、10人が担架を持てば二人しか護衛が居ない。

 此処で見捨てるのも可哀想なので、渋々了承して担架を担ぐ列の最後尾に位置する。


 「改めて名乗らせてくれ、カリアドだ。君の名を聞かせてくれ」


 「アラドだ」


 僅かな時間の間に、野営道具や倒したオークをマジックポーチに放り込んで出発する。

 先頭の担架を担ぐ冒険者が、迷いも無くすたすたと歩く道は多くの人が通ったのだろう踏みならされている。

 陽が中天に掛かる頃に、街道脇に待機する馬車と数名の騎士の姿が見えた。


 なーる、良く知った場所でお坊ちゃまの訓練をしていて、予期せぬオークの群れに襲われたのか。

 待機していた馬車の周辺に居る騎士達の動きが慌ただしくなる。


 〈カリアド隊長、何事です!〉


 「直ぐに帰るぞ、急げ!」


 怒鳴られて、此方に向かってきていた騎士達が慌てて馬車の出発準備にかかる。

 少年を豪華な馬車に乗せると、他の怪我人を別の馬車に乗せて騎士達が馬にまたがる。

 やれやれ、お役御免だと背を向けると、腕を掴まれて豪華な馬車に連れ込まれた。


 「済まんが、此のまま返すと主人に叱られる。護衛料金とオークの討伐代金も渡したいので、付き合ってくれ」


 流石に防御障壁を外している状態で、掴まれた腕を振り払って逃げるのは無理がある。

 豪華な馬車に横たえられた少年は、蒼白な顔でピクリとも動かない。

 死んでないだろうなと思い、首に手を当てて脈を確認すると大丈夫だ。


 「どうだ?」


 「まぁ、脈があるので大丈夫だろうと思う」


 アスフォールの街に入っても、馬車は停まる事もなく走り続ける。

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