第4章 厨二病を煩った強敵

 放っておいて――と言われて、本当に放っておけるはずがない。

 僕は図書館を出ると駐車場へ向かった。

 出入り口前は視界が広くて、一目でいないのが分かる。

 右側は林で、市民公園へ隣接している。そちらへ行って見当たらなかった時に、戻りづらいので、探しやすそうな駐車場を選んだに過ぎない。

 結果的に正解だった。

 ライナはいた。

「てやんでぃ!」

 声がまず響いてきた。

 ライナしかいないだろう、こんなセリフ。

 まばらな自動車を避けた奥の方。開けた所で見るからに危険そうな男たちを前に、仁王立ちの赤いパーカーを見つけた。

 僕は咄嗟にすぐ傍の自動車の陰へと隠れた。

「おぬしたちは先日のやつらだな」

 ライナが凛と言い放った。

 先日のやつら――?

 覗き見ると、彼らはフルフェイスのヘルメットで顔を隠しているが、全部で六人。既に不安定な魔力バーが頭上に浮かんでいた。確かにこの前の武装ギャング団だ。

「ちょっとむしゃくしゃしてたんだ。おぬしたち――――死んでくれるか?」

 ライナは言いながら左手に手袋をつけた。

 途端に手の平から炎が巻き上がった。

 その勢いに男たちが慄いて一歩遠ざかった。

 おいおい――僕はズボンのポケットに手を入れた。

 ポケットの中には、ヴェイサンさんから借りたままの仮面が入っている。

 どうする――?


 1、ライナに加勢して、全員を叩きのめす

 2、ライナを連れて逃げる

 3、ライナを引き離して、あいつらを助ける


「結局、場に出ることは変わらないのか――」

 僕は仮面を着けると飛び出た。

 まずやったのはライナの手を押さえること。

 溢れんばかりの炎を男たちに投げつける所であった。

 僕が押さえたせいでタイミングを外した炎の玉は、彼らから外れた舗装面へ叩きつけられた。しかしその威力たるや、視界を覆わんばかりに膨れ上がった。

 本気で殺す気だったのかよ――と心で怒鳴りながらライナの手を引き、近くの自動車の陰へ走った。

 幸い炎が目隠しになって向こうからの攻撃はなかった。

 自動車を背にして、息を整えながら思わずぼやく。

「ムリだよ、ムリ。僕はね、普通の高校生なんだから――」

 本音ではないがつい口を出る。仕方ない。本当のことだから。――って、どっちだよ。 

 僕も混乱している。

 顔をライナに向けて絶句。

 二十センチの距離に顔があった。しかも、何故か正座。

 ぐ――と更に顔を寄せてきた。

「な――何……?」

「迷惑なら迷惑って言えばいい。ワタシなんか放っておけばいいのだ」

 礼結の言葉を受けてのセリフだ。意外と気にしてたのか。

 碧眼が海のように揺れている。

 こういう時に三択するほど馬鹿じゃない。

「僕はライナを迷惑だなんて思ってないよ」

「かわいそうだから助けられてるなんて耐えられないのだ!」

 さっき礼結に言ったのと同じことを言うことになるらしい。

「ライナがかわいそうだから助けてるんじゃなくて、ライナが必要としているから手を貸してるんだよ」

「同じじゃないか! ワタシはネイなんか必要としてない!」

 手強い。礼結はこれで聞き入れてくれたのに……。

 ギャング団が魔法を放ち始めた。

 二つ向こうの普通車が炎を上げた。

 このままでは背中の自動車も風前の灯だ。

 だがライナは納得しないと動きそうもない。

 ここで三択したい衝動を抑え、伝えるべき言葉を模索する。

「あ――……僕が、ライナを助けたいんだ。どうしても」

 ライナの表情が緩んだ。攻めるポイント見つけたり!

「そう、なのか――?」

「そ、そう! ライナの喜ぶ顔が見たくて」

「なんと――」

 まあ、これは嘘じゃない。

「手伝わせてくれ」

「う、うむ――。な、なら、しょうがあるまい」

 顔を真っ赤にしながら、全力で横を向かれた。

「ネイが手を貸すのを許してやってあげなくもない」

 とも言われた。

 そういえばさっきも礼結に似た言い回しをされた。

 この二人似ているのだろう――僕は思う。

 だから僕はライナをすんなりと受け入れられたのではなかろうか。

「喜んで」

 僕は本心で言った。

 そしてライナの手を掴んで立ち上がらせると、隣の自動車へ走った。

 隣といってもスペースが一台分空いている。

 それでもいけると踏んでいた。

 距離的には――だった。

 ライナが足をもつれさせた。

 なんと足が痺れてるようだ。

 正座なんかしてるからだ――!

 壁にするつもりだった自動車へたどり着く前に、ライナが座り込んでしまった。

 真正面にギャング団がいる。

 やばい――。

 ギャング団たちの魔力は不安定ながらもまだ残っている。一発ずつは確実に撃てるくらいに。


 1、ライナを抱きかかえて、目的の自動車へ飛び込む

 2、ライナを抱きかかえて、元に戻る


 また、3が出ない!

 くそ――!

 僕はライナの前に出た。

「ネイ――」

 ライナの声が背中にぶつかった。

 『3』は『ライナをかばって、魔法弾を受ける』だ。

 ええい、この三択方式、役に立たない!

 僕は痛いのを覚悟で腕を大きく広げ、目を瞑った。

 ――が、撃ってこない……

 待てども痛みも衝撃も襲ってこない。

 目を開けると彼らの動きが止まっていた。

 というか、地面に吸いつけられたように沈んでいた。片膝ならまだ良い方で、アスファルトに倒れこんでいる者もいる。

「何が――?」

「ネイ、これ――」

 ライナの悲鳴に似た声に振り向くと、ギャング団と同じく彼女も見えない何かに上から押されて動けなくなっていた。

「魔法?」

 僕以外が誰かの攻撃を受けているのだ。

 誰が――と思っていると、高らかな笑い声が聞こえた。

 図書館の屋根の方だ。

 見ると、細身の長身が立っていた。

 黒いしっとりとした長髪と、睫毛が濃い目力の強さ、細いアゴ――昨日、博物館の階段で会った女性だ。

 何なのだろう、この人?

 まだ笑ってる。

 見ると、アニメに出てきそうなデザインの丈の短いジャケットとショートパンツのへそ出しルック、長い手袋とレースのソックス止めに、極めつけは派手にきらめくスパンコールだらけの長ブーツ。

 昨日はもっと普通だったのに、今日はコスプレに近いファッションだ。

 だが、魔法を使っているのは明らかに彼女だ。

 頭の上の魔力バーが微妙に消費されている。みんなの動きを止めているのだ。

 敵か味方かも分からなければ、なぜ僕だけが動けるのかも分からない。

 だから、なんと声を掛けてよいかを迷っていると、彼女がきっ――と強い視線を僕に向けた。

 ついでに手袋の人差し指も僕へ向けられた。

「漆黒の天使が、今、地獄から舞い降りた」

「――――は?」

 色々めちゃくちゃだ。

「黒いアメジスト、戦慄のニナ。ただいま推参!」

 ポーズ変えた。

 特撮ヒーローのような名乗りポーズだ。三つ繰り返したが、どれも決まらなかったらしく、ようやく腕組みで落ち着いたようだ。

 僕を見下ろすように、

「終焉まで見れると思うなよ」

 と言った。

 結局、誰で、何なのだ?

 分からないから訊いた。

「どなたか知らないけど、僕に何か用?」

「やっと会えたな、怪盗アカツキ。ずっと探してたんだぞ」

 僕は左を見る。ライナだけだ。

 右を見る。動けないギャング団がそこにいる。

 後ろに人はいないし、当然だが前にもいない。

「僕のこと?」

「その姿、間違えるはずがない!」

 怪盗アカツキとは世界で指名手配されている泥棒の名前だ。ゴーストシーフの異名を取り、姿を見た者はいない……はずなのだが。

「もしかして怪盗アカツキに会ったことがあるの?」

「今会っているではないか」

 胸を張られた。

 いやいや、そういうことじゃないぞ。

「ネイはゴーストシーフだったのか?」

 ライナが不思議そうに訊いてきた。

「違うのを知ってるでしょうに」

「ごちゃごちゃ言わず世界の露と消えろ!」

 戦慄のニナが右拳を握った。魔力がそこへ溜まっている。

「僕はアカツキじゃないって!」

「先日、仮面の男が現れて、武装集団を跡形もなく瞬殺したと聞いて探していたのだ!」

 その集団ならそこにいるし、何よりも戦ったのは僕じゃない。

「誤解だって! その現場に僕はいたけど、僕じゃなくて、アカツキも僕じゃない」

 しまった――何を言っているのか伝わらなさそう!

「警察からの情報で、金髪のロリ少女が相棒にいたと聞いてな」

「ロリ少女――?」

「ワタシのことか?」

 ライナが眉を歪めながら言った。

 やはり幼い印象を気にしているのだ。

「昨日、魔導古物宝飾館で」

「東京博物館のことね」

「お前らを見つけ、後をつけたのだ」

「ストーカーかよ」

「さっきの魔法といい、その仮面が何よりの証拠!」

 僕の指摘は無視され、『戦慄のニナ』は右手の拳を突き出した。

 目に見えて歪んだ空気が真っ直ぐに飛んできた。

 動けないライナを抱え込み、僕は奥側へ倒れこんだ。

 ぞわり――という感覚が後頭部と背中を掠めた。

 ライナと一緒に、日差しで熱くなってきたアスファルトを転がる。

 すぐ起き上がった。

 僕のいた辺りを中心として、円形に舗装面が沈んでいる。

「何だ?」

「頭来たぞ、このすっとこどっこいが!」

 ライナが立ち上がった。呪縛が解けたらしい。

 魔法を使おうとしたが、手を上げる前にまた動かなくなった。

 戦慄のニナだ。

 分かった。彼女の魔法は重力を操れるのだ。

 動きを止めたのも重力ならば、今投げたのも重力を押し固めた玉であろう。解放されることで重力が円形に広がるように押し潰すのだ。

 シャレになんない!

 僕は屋根上の長身を見た。

「うまく逃げたな」

 本気で悔しそうだ。

「誤解だって! こんな手作りの仮面が証拠になるわけないでしょ」

「怪盗め! あたしが捕まえてやる!」

 聞いてねえ。

「魔法の書は全てあたしが貰い受ける」

「泥棒から泥棒?」

「ナン!」

「ナン――?」

「あたしは世界のダークホース! 泥棒ではない!」

 『ナン』は『ノー』ってことか。

「とにかく僕は普通の学生だ」

「学生が怪盗ではないという証拠はない」

「むちゃくちゃだ」

 とう――とニナが屋根から飛び降りた。

 宙で回転。でもタイミングが遅い。背中から落ちる――と思ったが、ぴたっと背中が下へ着く直前で止まった。

 重力を操って止めたのだろう。

 ふわり――と身体が起き上がってくる。

 少しバツが悪そうだ。

 恐らく足からちゃんと着地するつもりだったのだろう。

 頭をかいている。

「もとい!」

 恥ずかしそうに戦慄のニナが叫んだ。

 仕切り直すらしい。

 両手をクロスした。

 また何かする気だ!

「僕は怪盗じゃないって言ってるでしょ!」

「異海の裁きはどうする?」

 強引に進めるらしい。今度は大きく腕を広げた。

 そもそも何で名乗りが疑問形なんだよ――!

 僕は心でツッコミつつ、動けないライナから走って離れた。

 ニナが目で追ってくる。掲げた右手にはやはり魔力が溜まり、圧縮された空気の玉が見える。

「必殺! グラヴィトン・ソード!」

 叫び、その玉を足元へと打ちつけた。

 地響きを鳴らし、アスファルトが割れ、それが僕へ向かってきた。

 地割れだ。

 だけど――

「どこかソードだ!!」

 僕は跳んで、かろうじてかわした。倒れた足のすぐ近くが割れ目の縁だ。

「心の目で見ろ! 剣だ!」

「ムリ!」

 僕は素直に応えた。

 があっ――獣のような声を上げて、ライナが戒めを外した。

「ええい、いらつく! おぬし、そこへ直れ!」

 ライナは炎そのものをぶん投げた。帯状に『戦慄のニナ』へ飛んでいく。

 ニナは手を翳した。

 重力を操り、炎を押し下げたようだ。ニナの手前へ炎は落ちた。

 炎は目の奥に煌きを残し膨れ上がって消えた。

 ライナとニナが攻撃した時と変わらぬポーズのまま向かい合っていた。

「やるな――」

「おぬしもな」

 何、この青春映画のような展開。

 緊張感で変な沈黙が包んだ。

 そのおかげで足音が聞こえる。

 駆けて来たのは礼結だった。

「何がどうなってるの?」

 彼女の第一声だ。

 それは僕が訊きたい。

 遠くサイレンの音も聞こえる。

 早めに撤収しないとまずいことになる。

 にらみ合うライナとニナを尻目に、僕は逃げの算段を頭で展開していた。

 その時だ。

 キリキリ――という耳障りな金属音が響いてきた。

 場所が特定できない。

 ライナ、ニナ、それに礼結も気付いたようだ。

 一番初めに礼結がその存在を見た。

 僕らからでは図書館が死角になっているのだ。

 突然鉄の箱が現れた。

 何かと考えている間に、その箱に付いていた腕に礼結が掴まえられた。

「礼結――!」

 僕は走り出していた。

 礼結が持ち上げられ、驚きの表情も視界の上へと上がっていく。

 その鉄の箱には脚もあり、三メートル近いロボットなのだと気付いた時には、足元の車輪をキリキリと鳴らしてUターンをするところであった。

 全く追いつくこともできず、ロボットは車道へ出て行った。

 逃げられてしまう!

 目眩に視界が揺らいだその時――

「追いかけるぞ、ネイ!」

 凛とした声が僕を引き戻した。

 ライナだ。

 振り向くと、道路ではなく反対側の植込みへ向かっているのが見えた。

 走って追う気だ。

 できるのか――おかげで冷静になれた。

 見回すと、なるほど道は円を描くように走っているのに気付いた。藪を突っ切れば近道なのだ。

 既に藪へ突入したライナの背を僕は追いかけた。

 呆然と立つ戦慄のニナの横を通り過ぎた。まだギャング団を足止めしたままだ。

 僕は足を止めて一応ニナに礼をした。

 意味はあまりない。

 これで一区切りつけたつもりだ。

 ニナは驚きへ表情をシフトさせた。

 僕はもう一度走り出した。

 絶対に追いついてやる!

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