大文字伝子が行く51

クライングフリーマン

大文字伝子が行く51

EITOベースゼロ。会議室。「川の氾濫・・・ですか。」「利根川、荒川、多摩川。国交省の『洪水浸水想定区域図』を見ると、関東だけでも危ない所だらけだ。その中でこの3つを選んだのは、那珂国の『ガイドブック』に載っているから、それだけだ。」

「それでも、広範囲ですね。」と増田が発言した。そうだ。まだまだ情報が足りない。先日の関東川の爆発物事件は、『実験』程度としか思えない。日本は台風襲来が多い。加えて近年はゲリラ豪雨や線状降水帯による大雨の被害が多い。自然災害による洪水は仕方が無いとい言えば仕方が無い。だが、人為的な洪水によるテロの可能性が発生する可能性がある、とAIは予測している。」と、理事官は言った。

「天気予報が外れることがあるのと同様、AIやコンピュータによる予測も、当たるも八卦当たらぬも八卦ですけどね、いまのところ。」と草薙がおどけて言った。

「今回は、死の商人はヒントを与えてはくれなかったからね。注意のネットワークは張っておく必要はある。」「関東川の犯人は?」と伝子が尋ねた。

「いまのところ、手掛かりなし、だ。では、解散する。」

「あの、理事官。」「なんだ、金森。」「私と増田さん、渡辺警視のお宅を見学して来ていいでしょうか?凄い訓練場がある、ってアンバサダーから聞いていて。」「いいのか?渡辺警視。私も大文字君から話は聞いているが。副総監の計らいで、大きな訓練場を作ったとか。」「私は大歓迎です。」「理事官。武道の稽古場は勿論、ジムのような設備もありますが、ブーメランも訓練出来ます。渡辺警視のブーメランの腕は抜群です。私も敵いませんでした。二人は渡辺警視にブーメランの特訓をして貰ってはどうでしょうか?」

「うん。それがいい。緊急の時は渡辺邸、いや、久保田邸に連絡しよう。」と、理事官は二人の外出を許可した。普段は、二人はEITOベースに泊まり込みなのだった。

福本の家。「今、Linenで連絡したら、先輩は午後からなら家にいるそうだ。お昼を食べたら、一緒に行こう。」と福本が言った。「じゃ、私、サチコにごはんあげに行ってくるわ。」と、祥子は庭に出た。

「二人とも女優さんなのね。祥子ちゃんがいない間は、ボランティアの仕事手伝ってくれるのね。」と、福本の母、明子は言った。

午後1時。伝子のマンション。「祥子が産むのはまだ先だけど、出産時期に募集すると遅いと思って、募集して、オーディションしたけど、結局、コネの二人。こちらは松下がバイトしている酒屋のお嬢さんで、東山紀子さん。もう一人は、祥子が前にいた劇団の仲間で、音無英子さん。」

「よろしく。大文字伝子です。こちらは夫の高遠学。」「夫婦別姓ですか?」と音無が伝子に尋ね、「いや、つい。学は通称で通しています。」「本名は、即ち戸籍上は大文字学です。」と、二人の会話に高遠が割って入って説明した。

「交通安全教室と老人会の公演は、高遠が台本を書いてくれている。普段は小説を書いているんだが。大文字先輩は、現場での接待係だが、多忙なので、少なくとも来月再来月は欠席だ。」と、福本は二人の女優に無難に説明した。

東山と音無は、高遠と伝子に挨拶をした。「二人は来月から交通安全教室に出るの?」と高遠が尋ねると、「いや、当面は祥子と交代交代でダブルキャスト。出産後は3人でシフトを組む。」と福本は応えた。

1時間後。おしゃべりをして、二人は帰って行った。「こっちは大丈夫だけど、先輩。EITOは?警視もみちるちゃんも出産で抜けるんでしょ。」と福本が疑問を口にした。

「うん。一応、自衛隊と警察の共同運営だからな。自衛隊側は準備が出来ている。でも、警察側がまだ未確定だな。早乙女が入ることだけは決まっているが。管理官から、いずれ話があるだろうが。」

チャイムが鳴った。依田が立っていた。「一人?」と高遠が言うと、依田は無言で伝子に抱きついた。「また慶子と喧嘩したのか。お前ら、来月、式だぞ。しっかりしろよ。福本、なんか言ってやれ。」

「そいう役目は副部長の方が得意なんだけどな。」依田は服装について散々文句を言われたらしい。3時間の依田の愚痴に閉口していた伝子達だったが、突然均衡が破れた。

EITOのPCが起動した。草薙が「アンバサダー。DDバッジが押されました。福本祥子さんのDDバッジです。福本邸から100メートル位です。オスプレイを向かわせます。」「了解した。ここに福本がいる。一緒に乗っていいかな?」「勿論。それから、祥子さんから連絡あったら教えて下さい。」

「福本、いくぞ。車は置いておけ。後で何とかする。」

伝子は着替えてきて、高遠は台所の非常バルコニーを開けた。

伝子がバルコニーにスタンバイして間もなく、オスプレイからゆりかごが降りて来た。伝子以外の「素人」用だ。高遠と伝子はまず福本をゆりかごに乗せ、手足を固定した。高遠が長波ホイッスルを吹いた。長波ホイッスルとは、EITOが開発した、特定周波数の危険信号音波発生器だ。1キロ以内にオスプレイがいれば、感知する。

福本が乗り込むと、今度はロープが降りて来た。「学。川の近くで不審人物を見た、という情報がないか赤木君に調べて貰ってくれ。連絡が重複するかも知れないが、久保田管理官にも連絡を。もうすぐ、山城が来る時間だ。何か手伝わせろ。じゃ、行ってきます。」

ロープを掴んだ伝子は数秒後には空に消えた。高遠は急いで台所のバルコニーを閉め、Linenにメッセージを送り、久保田管理官に報告をした。

チャイムが鳴った。「ヨーダ、頼む。」「了解。」

依田が出ると、山城と山城の叔父が立っていた。依田が中に通すと、山城の叔父が目を白黒しているので、依田がかいつまんで伝子を取り巻く環境を説明した。

「そうか。実は、EITOから取り敢えず『3カ所』の川の周辺の警備を強化しろ、と連絡が来ている。福本邸の近くは、その3カ所の内の一カ所だ。」

その時、Linenのメッセージ音が鳴った。依田が確認して、PCの前に来た。

「管理官。高遠。今、祥子ちゃんからメッセージが来た。同報通信だから福本も読んでいる筈だ。福本のお母さんとサチコを連れて散歩に行っていたら、土手の近くで不審な人物が箱からダイナマイトを出しているのに遭遇。お母さんが『何しているの?』と声をかけたので、男は慌てて逃げた。サチコが吠えて追ったので、男は近くに泊めてあった船に乗って逃走した。そう書いています。」

「分かった。すぐに警官隊と警察犬を送る。」久保田管理官用のPCがシャットダウンした。

「いつかの事件を思いだすな、高遠、って、俺いなかったな、確か。」と依田は舌を出した。「顔を見られているからな。祥子ちゃんもおばさんもサチコも危ないな。取り敢えず、張り込みをするだろうが。話の様子では、爆発物は回収出来ているな。」

「大変ですねえ。警察でもないのに。」「叔父さん、失礼だよ。大文字先輩と、僕たち後輩は一心同体で警察に協力しているんだよ。」「ああ。そう言えば、交通安全教室を手伝っている、って、以前お前から聞いたな。」

「今、話に出た福本さんは、自分の劇団ごと寸劇して手伝っている。依田さんは、その教室の司会。その寸劇の台本書いているのが高遠さんだよ。」「大変だなあ。お前は?」「僕は、猫の手。人手が足りないときは参加する。」

「自分で『猫の手』って言うなよ。ああ、ご挨拶が遅れました。暫く順に任せきりでしたが、私も回復したので、また母の面倒を見ることにしました。大文字さんにも、大文字伝子さんのお母さんにもよろしくお伝え下さい。では、私はこれで。お前は『猫の手』がいるかも知らないから、ここに残りなさい。」

山城の叔父は慌ただしく帰って行った。「叔父さん、回復して良かったですね。」「ええ。今や介護は叔父の生きがいですから。ところで、何を手伝います?」と言う山城に、自分のPCを起動して、関東の『洪水浸水想定区域図』と市街図を同時に出した。

「二人とも、関東川で妙な爆発があったってニュース、聞いてる?」と高遠は二人に尋ねた。「ニュース見たよ。犯人まだ捕まっていないって、言ってた。」

「で、EITOのAI、ってことになっているけど、本当は日本一のスパコンにプロファイリングさせている。その犯罪予測が・・・。」「高遠。まさか『死の商人』のターゲット?」「ご明察。喧嘩してしょげている暇はないぞ。福本邸が襲撃されるかも知れないことも事実だが。さっき、言っていた3カ所の後の2つも危ない。」

「僕らに推理出来る訳ない。」「僕も自信ない。」「逃げるの?」

3人は夕食を片手にPCを睨みながら、推理した。

「まず、台風や水害のあった場所は除外していい。目的がどうあれ、そういう履歴のある所は、『人の目』がある。」と、高遠は言った。以前、あの土手は歩いた。街灯が一切ない。防犯カメラも当然ない。それと、土手で爆発が起きて、決壊したら、洪水になる場所。」「ダムも除外していいかも知れないよ。意外と『人の目』があるから。」と山城が言った。

「おいおい。後の2カ所ってピンポイントじゃないのか?」と、依田が言った。「ああ。エリアのことの筈。よし。」

高遠は、EITO用のPCを起動させて、草薙に話した。」「了解。条件を絞り込んでみましょう。」「あ。」「どうしました?」「さっき祥子ちゃん達が見付けた場所。近くに鉄橋がある。土手とクロスしている。横横線だ。」「凄いな、ワトソンさん。更に絞り込めます。」画面は消えた。

福本邸に駆けつけた伝子達から依田に連絡が入った。取り敢えず夕食を取っていて、サチコも警察犬と食事をとっている、と。

高遠のスマホのLinenのメッセージ音が鳴った。高遠は、確認した。

赤木からだった。横横線の鉄橋近くで不審人物がうろついているのを電車の中から見た人がいるらしい。高遠はLinenの画面を、伝子と話している依田に見せた。依田はすぐに伝子に伝えた。

翌日。午後5時。通称八段坂。横横線の鉄橋と川の交差をしている、土手。辺りは天候もあって、暗くなってきている。男は一生懸命、箱から出したダイナマイトを土手から降りてすぐの所に仕掛けている。

「ご苦労様。あんたは新しい『死の商人』か?」と伝子が質問すると、男はいきなり、時限装置から外したダイナマイトに火を点けた。すると、どこからか飛んできたブーメランがダイナマイトの火を消し、伝子がブーメランを受け取った。

「そこまでだ!」サチコが吠え、警察犬が吠えた。男は、あつこが連れて来た警官隊に逮捕、連行された。

「大丈夫?おねえさま。今投げたのは、どっちだ?」「増田3尉。」「ポイント1だ。」

二人はフフフと笑った。投げた当人の増田が金森を伴ってやって来た。

翌日。3番目の爆破予定ポイント。大勢のヤクザが鉄橋近くにたむろしていた。

「組長。本当に来るんですか?」「ああ、来る。次郎の情報は確かだ。なあ、次郎。」

「今まで勝った組はいない。半グレもだ。元々は警察の用心棒だったらしいが、EITOって組織が出来てから、そっちの刺客になったらしい。部下は複数いて、皆そいつと同じ格好をしている。正体はなかなか掴めない。」

そこに、ワンダーウーマン軍団がやって来た。「根性座っているな。流石、ヤクザの老舗、東雲会(しののめかい)だな。」と伝子が確認した。「ああ。待ってたよ。」

「こっちにもいてるで。」反対方向から、同じくワンダーウーマンの格好をした少女がやって来た。「何だ、お前は。未成年か。ションベン臭い女の子だなあ。あの方も耳年増で、経験がないんだろう。」と、ヤクザの子分の一人が言い、皆が笑った。

「ションベン臭いやとおおおおお!!」総子は子分に突進した。

「今、あいつ、『としま』って言ったか?」あつこ達は一瞬黙ったが、「おねえさま。言いました。」あつこが言った。

「私もそう聞こえましたわ。」となぎさが言った。「聞こえたよねえ。」とみちるが言うと、「聞こえました。」「私も聞きました。」と慌てて増田と金森が調子を合わせた。

伝子は背中のキックボードを地面に落とし、組長に突進した。そして、キックボードでなぎ倒すと、猛烈に両手で殴り始めた。10分ほどして、骨の折れる鈍い音が響いたので、なぎさとあつこが慌てて止めに入った。

「おねえさま。ここまでです。」となぎさが言った。

それをきっかけに乱闘が始まった。乱闘は30分ほどで終了した。皆、河原のあちこちで伸びている。

久保田管理官が現れ、子分たちは警官隊に逮捕連行された。一方、爆発物処理班がダイナマイトや時限装置を処理した。班長が久保田管理官に報告しました。「これでは、大爆発は起こりません。」

組長は、笑いながら、体を起こした。そこへ、組長そっくりの男が現れた。「結局、計画通りになったな、兄貴。」と組長の双子は言った。

「久保田管理官。ワンダーウーマン、いや、大文字伝子。俺たちに少し話をさせてくれないか。俺も引っ張ってっていい。」

「伊藤次郎の方か。あんたはカタギって聞いていたが。」管理官の疑問に即座に伊藤次郎は応えた。

「ああ。だからこそ、兄貴に作戦を与えたんだ。合法的に奴らから逃れる為に。」伝子は「奴ら?死の商人か?」と尋ねた。

「いや、その後ろにいるマフィアだよ。」と、組長の伊藤太郎が応えた。

「コロニーのせいで、やくざも不景気でね。しのぎを大っぴらにとれないし、首くくって自殺した商売人もいたしな。その時、『死の商人の使い』って奴が現ナマと爆発の道具を持ってやってきた。土手に仕掛けろ、って。もう解散するしかない、って思っていたから、渡りに船、だった。ああ。この間、失敗して逃げた奴は、ウチのもんじゃねえ。」と、説明をし始めた組長に代わって、弟が話を続けた。

「兄貴から聞いた俺は、あんたの話をした。『死の商人』は、失敗したら、皆殺しにするだろう。相手は親の臓器を食ったり売ったりする野蛮な奴らだ。利用価値がなくなったら、何をするか分からない。『大文字伝子に負けた』から失敗した、のなら、堂々とムショに入れる。始末をしにも来ないだろう。わざと負けなくても、相手は無敵の軍団だ。精一杯抵抗すればそれでいい。そう教えたのさ。」「それで、銃は持っていなかったのか?」と伝子は尋ねた。

今度は組長が話を続けた。「いや、元からチャカは持ってねえ。だから、子分たちはナイフかこん棒で臨んだ。貧乏だから、手放したんだよ。予想通りあんたらは強かった。そう言えば、あそこの小娘は知り合いか?」「ああ。想定外だったがな。」

「旦那、お待たせしました。」と組長は管理官に声をかけた。

「ちょっと待ってくれ、組長。あんた、奴らの次のターゲット、知らないか?」「知らない、と言いたいが、他ならぬ大文字伝子の頼みなら、ヒント位はな。ヒントになるかどうかは分からないが、『新宿駅』って単語は小耳に挟んだ。」

伊藤兄弟は、警官隊に逮捕連行されて行った。

それを見送る伝子に「おねえさま。総子ちゃんは?」となぎさが尋ねた。「減点ポイント1だな。」と伝子は応え、「すぐに免停ね。」とあつこが呟いた。

総子に近寄って行くと、増田と金森が総子の衣装をじろじろ眺めていた。

「これな。『ヒョウ柄仮面』て言うねん。せやけど、『ガラガラ仮面』て言う人もおんねん。」

「総子。なんでここが分かった。警察無線の盗聴か?」「理事官のオッチャンに、誘われたんや。誘われたって言うテモ、変な意味とチャウで。臨時採用で準隊員やで、EITOの。」

「南部さん、怒らなかったのか?」「まだ内緒やねん。」

伝子は、スマホで高遠に電話した。「学。お仕置き部屋、用意。」「今度は誰です?」

「総子。」「了解しました。」

あつこは、他のワンダーウーマンに言った。「免停。」

皆は爆笑しながら、降りて来たオスプレイに乗り込んだ。

―完―





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