撃心無双流、推して参る

きょうじゅ

撃心無双流、推して参る

 史上最強の剣士ってのは誰であるか、考えてみたことはあるかい? 宮本武蔵? 人気のある説だな。沖田総司? うん、浪漫に溢れている。史実性のほどはともかく、誰が史上最強の剣士であったかってのは、実に人の探求心を掻き立てるテーマだ。


 だが、ここでもう一つの問いを立ててみよう。……「杖術じょうじゅつ」の歴史における史上最強は誰だと思う? ここで、一人でも具体的な名前を挙げることができたら、その時点であなたはそうとうな好事家だろうな。


 ここで一つの杖術流派の話をしよう。撃心無双流杖術の開祖は藤田心源斎しんげんさいと言って、晩年後妻との間に女児を一人だけ儲け、その娘に皆伝を授け終えた直後に亡くなった。娘の名前は藤田ともえと言って、女手によく流派の中興を支え、その歴史の礎にならんと志した。


 ……と、言うとなんか歴史の話みたいだが、いつの時代の話だと思う? 令和だよ。藤田心源斎は本名を源一郎と言って、昭和の、戦後の生まれだ。景気のよかった時代に脱サラして武術を始め、いいとこの会社の退職金で今の道場を建てたらしい。双は平成の後半、つまり21世紀の生まれであり、こないだようやく高校を卒業して、大学には行かないそうだ、道場の経営に日々神経をすり減らしている。


 ここまでこう書くと、三文へぼ道場の笑い話みたいだろう。まあ、先代の時代には実際そうだったんだ。でも、双は、生まれながらの、本物の天才だった。今のところ、他流試合のカウントが、五十七戦五十七勝零敗。まあ、半分くらいは冗談半分に喧嘩を売ってきたただのチンピラ同然の連中だが、この中には剣道の全国クラスの使い手や、プロの格闘家なんかも含まれているから話がだんだん大きくなっていった。


紘一こういち兄さん、また郵便受けに果たし状が……。おろおろ。どうしましょう」


 と、言っているのが双であるわけだが、その前に僕の話をしよう。僕の名前は新田にった紘一。撃心無双流免許皆伝、師範代。


 双が小学校を卒業するくらいまでの頃は、僕こそが撃心無双流の最強の使い手であり、そして次代の師範として道場を継ぐものと、誰もが思っていた。僕は双よりも五歳くらい年上で、僕も大学には行かなかった、道場に、つまり藤田家に就職した。というかほとんど婿入りの約束をしていたも同然だったのだが、双が十三歳になったばかりの頃、僕は真っ向からの立ち合いで、彼女に初めて敗れた。運命が狂い始めたのはそのときからだった。


 そもそも、僕が近隣の不良グループなんかを片っ端から壊滅させてしまったおかげで地元では撃心無双流の名前はそれなりに有名なのだが、その知名度に乗って、今度は新たに師範となった双のもとに他流試合の申し込みが相次いだ。双は勝った。勝ち続けた。破れようとする気配すらもなかった。


「今度の相手は、えーと、ブライド? とかいうのに出場したことのある総合格闘家だそうです……。どうしよう、こわいこわい。あたし、ぜんぜんたいしたことなんかないのに。みなさんが挑んでくるから、仕方なくお相手しているだけなのに……」


 双は、多分、宮本武蔵と戦ったら宮本武蔵を降参させるだろうし、沖田総司と戦ったら新撰組にスカウトされるんじゃないかと思う。そういう実力があるんだが、自信というものだけはからっきしであり、いつもオドオドしていて、そして僕にはやたらと甘える。


「あの……紘一兄さん、あたしのこと、勇気づけてくれますか……? いつも、みたいに……」


 杖を振るえば雷のように宙を疾風はしるその肉の詰まった指が、しかし優しく、そして淫靡な手つきで俺に添えられる。いざ勝負が始まれば語気強く裂帛れっぱくの気合を敵に叩き付けるその口が、俺を受け入れる。


「に、いさん……きもひ、いい……?」


 とても気持ちいいのだが、いつもいつも、とても複雑だ。どうして、この鍛え抜かれた肉が、命のかかるような勝負の前日であるというのに、俺なんぞに対してそんな真似をするために用いられ、道場で美しく汗を流すといったようなことには用いられないのか。


「あ……にいさん……いっぱ、い……うれしい……」


 この少女がこんなにも天稟に満ちて生まれついてこなければ、きっと21世紀最強の日本武術家であると言われたのは俺であったろう。そこまで分かっているから、俺はいつもいつも、とても複雑だ。


「にいさん……いいよ……はいってきて……」


 とても複雑だ。複雑だったら複雑なんだ。


 本当だからな?

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撃心無双流、推して参る きょうじゅ @Fake_Proffesor

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