オリオン座の見えるバス停で

雨沢花名

オリオン座の見えるバス停で

 バス停に行くと、よく見かける女の子がいた。この辺りは夜になると人通りが少ないので、女の子がいる日は二人でバスを待つ。声をかけようと思い近づくと、女の子のほうから駆け寄ってきた。


 「おねーさん、今日も残業ですか?わたしは文化祭の準備で遅くなっちゃって。一緒に座ってましょ」


 特にすることもないので頷く。最近風が冷たくなって、そろそろカーディガンだけじゃ肌寒い。女の子に促されてベンチに座ると、ひんやりとしたプラスチックの感触がスカート越しに伝わってきた。


 「最近、ほんと寒くなってきましたね」


 女の子の白い息が、ふわっと広がって消えていく。そうね、ほんとに寒い。ふと見上げると、遠くにオリオン座が見えた。


 「オリオン座の右肩って、実はもう無いかもしれないんですって」


 私の心を読んだかのように、女の子が呟いた。私もそれ聞いたことあるよ、と言うと、女の子はころころと笑って言った。


 「今見えている光は、500年前の光なんだそうです。わたし、それ聞いたとき笑っちゃって。なんか、自分がちっぽけだなあって思って。室町時代ですよ、500年前って。壮大すぎてわけわかんない」


 女の子が面白そうに話すので、つられて私も笑った。


 「しかも、この形からオリオンを想像できるっていうのも、今の私たちの感覚からすると不思議ですよね。わたし今、オリオン座の右肩とか言ったけど、正直砂時計にしか見えない。むしろ砂時計にも見えないし」


 いつもはぽつぽつと話す女の子が、今日は溢れるように喋っていく。星、オリオン座、不思議。ひとつひとつの言葉が、なんだかすっと心に馴染む。


 「おねーさんはこの星座、何に見えますか?」

こちらを向かずに尋ねる顔を見て、きっとこの子は返事など求めていないのだろう、と思う。私は曖昧に頷いて見せた。

 

 「昔の人は、想像力が豊かだったのかな。それとも、今の私たちには見えないものが見えてたのかな」


 スーツ姿の男の人が、足早に目の前を去っていった。バスはまだ来ない。


 「そういえばこのバス停、幽霊が出るらしいですよ。今の人、私たちのこと幽霊だと思ったのかな」


 私は毎日このバス停を使っているけど、そんな噂は聞いたことないので一応首をかしげる。なぜそんな脈略のない会話を始めたのだろう。高校生の間で流行っているのだろうか。


 「上司からセクハラ受けてたの、だれにも言えなくてバス停で死んだとか。だから毎日バス停に現れるっていう話で、それ聞いて、わたしと似てるなって思ったんです。なんか、独りって寂しいじゃないですか。誰にも相談できずに死んじゃって、そのあともずっと独りで。成仏しようったって出来ないですよね」


 その人のことを良く知っているような、知らないような。風が吹いたわけでもないのに、鼻の奥がツンとした。何とも言えない気持ちになって、早くバスが来てくれないかなと願ってしまう。


「わたしもつらいなって思うとここにきて、ああ、独りじゃないなって思うんです。話聞いてくれる人、他にはあんまいないし。おねーさんは、何も言わずに聞いてくれるんで。助かってます、ほんとに」


 気が付くと、女の子が肩を震わせていた。なにか言い出せないことがあるのかと思い、何でも言っていいよと背中をさする。ブレザー越しに、震えとほのかな体温が感じられる。


 「ずっと、いつか言わなきゃと思ってたんです。ちゃんと言ったほうが、お姉さんも幸せなんじゃないかなとかいろいろ考えて。でもこれ言ったら、お姉さんともう会えないかもと思うと言えなくて」


 女の子が、大きく深呼吸をした。


 「このバス停、その事故以来使われていないんです。だから。」


 女の子が声を上げて泣いていた。ああ、そういえばあの時、私は。


 500年前のオリオン座が、夜空に光り輝いていた。

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