第5話 アリとカミキリムシ
その時、又運搬係のハチ達がやってきた。
「サチ様、運搬係りが来ました。邪魔になるといけないので、さあ上に上がりましょう」
サチコにとっては、つかの間の喜びだったが十分過ぎるほどだった。
運搬係りを気にしながら、サチコとエリーは貯蔵庫から離れ、共に上の階を目指した。来た道を帰る。途中で女王の部屋を通り過ぎる時、先程の門番に会った。門番はサチコに頭を下げている。サチコ達も軽く会釈をして通り過ぎた。
巣の中央から上の場所では、先程の巣を造っているハチ達に出会った。巣を造っているハチ達の横で、自らの羽根を羽ばたかせているハチ達に出会った。
「ねぇ、エリーお姉ちゃん。どうして、彼女達はあんなに羽根を、はばたかせているの?」
「サチ様、みんないますよ」
エリーはサチコのお姉ちゃんと云う響きに弱いようだ。注意はするものの、顔つきは微笑んでいる。
「彼女達は、この巣の温度を調整しているのです。今はもう初夏です。巣の中は気温も高く、どうやら外は雨が降っているみたいですネ。彼女達はああやって、羽根を動かして空気を循環させる事によって、造った巣の乾燥と温度管理をしているのです」
「エリー凄い。どうして外が雨だと解ったの?」
更に得意気にエリーの説明は続いていく。
「サチ様、羽根が重く感じるでしょう? 雨が降って湿度が高くなった証拠なのです」
えっ、羽根が重い? なぜそんな事が解るの? 羽根の重さなんて全然解らないョ。
そう思いながら、自分の羽根を動かしてみてみた。しかし、解らない。
「じゃあ、巣の入り口まで行ってみましょう」
エリーに促され、巣の入り口に行ってみる事にした。巣の入り口に着いて外を見ると、確かに雨が降っていた。つい先程まで晴れていたのに。
この
巣穴の入り口では、蜜の収穫係りの沢山のハチ達が次々と帰還してきた。アッという間にハチ達でいっぱいになってしまった。幸いにもエリーとサチコは離れ離れになる事無く、側にいる事が出来た。エリーがしっかりサチコを抱き寄せていたからだ。 エリーがサチコにそっと耳うちした。
「これから、雨に濡れた者達の為に体温を上げる儀式が始まります。暫くの間、辛抱して下さい」
エリーの言葉が終わるのと同時に、いっせいにハチ達が動き出した。
『おしくらまんじゅう』と云う言葉がピッタリの儀式だ。それぞれが、自分の体を押し当ててくる。誰でも、押されっぱなしはイヤなものだ。当然押し返す。サチコもエリーも参加して、押し合いへし合いの状態が暫く続いた。段々と体が熱くなってきた。
そうなのだ、昆虫や爬虫類と云った生物は、自分の体温をコントロール出来ないのだ。自律神経といった物を持ち合わせていない。太陽の光を受けて体温を上げるか、仲間同士の体の摩擦で体温を上げるしかないのだ。
体温が上がると騒ぎは収まり、又体温が下がると騒ぎ出す。これを無意識の状態で幾度も繰り返していく。実際にはこの動作で体温は30℃まで上がるそうだ。
アッ~ぽかぽかして気持ちいい~。
そう思いながら、サチコは眠ってしまった。今日一日で多くの事を体験し、心身共に疲れ果てている。
闇が訪れ、月が心配そうに辺りを照らしている。
サチコ 一日目終了
◇ ◆ ◇
夜が明けると、巣穴へと太陽の眩しい光が差し込んでくる。今日も忙しい仕事の始まりを告げる。
「朝よ、さあ起きて、起きて!——」
一番初めに目覚めたハチが声を上げた。自分の羽根を思いっきり羽ばたかせ、大きな音を出している。次第に、他のハチ達も目覚めてきた。同じ様に羽根を動かし、音を立てる。
ブーン。まるで飛行機が飛んでいる様な音だ。これで目覚めない者がいないくらいうるさい音だ。
サチコはその音で目覚めた。体温は無意識の内、昨夜の儀式で上がっている。
昨日の音はこの音だったのね。
立ち上がって、羽根を動かしてみる。音が出るのは、羽根の確認をしているからだ。
「さあ、蜜の収穫にいくわよ!——」
誰かが言ったその一声で、一斉にハチ達は外に出た。仕事の始まりだ。
サチコは飛び立つ前に後ろを見てみた。エリーは待っていてくれた。
「さあサチ様、今日も頑張りましょう」
エリーと共に外に飛び立った。朝日が眩しくて、空気がヒンヤリとして気持ちが良い。気合が入りそうだ。目指すのは、サチコの生前の家だ。
途中黄色い花畑があった。多くの菜の花が咲き乱れている。仲間達が収穫している身近な場所だ。
「サチ様、仲間達がいますから、一旦あそこで朝食を取りましょう」
「うん」
エリーと共に、菜の花へと降り立った。朝一番の蜜を楽しむ。爽やかで芳醇な味が口いっぱいに広がる。一応副食の花粉団子を作っておく。花粉団子に夢中になっているサチコにエリーは声をかけた。
「サチ様、あそこをごらんになって下さい」
エリーはサチコを促し、菜の花の茎の所を指差した。
「エリーお姉ちゃん、あそこになにがあるの?」
目を凝らしてみると、茎の所に小さな緑色した虫達が並んでいる。いわゆるアブラムシという虫だ。
「あの緑色した虫がどうかしたの?」
エリーは微笑んでいる。しばらく見ていると、クロアリの行列がやって来た。
クロアリは菜の花の茎を上ってアブラムシの所までやって来た。
すると、挨拶をするかの様にクロアリはアブラムシのお尻をつついた。
やがて、アブラムシのお尻から何か液体が出てきた。黒アリはそれを美味しそうに食べている。その様子にサチコは驚いた。
「ねぇエリーお姉ちゃん、あのクロアリは、緑色の虫のオシッコを飲んでいるょ」
エリーは相変わらず微笑んでいる。
「いえ、あれはオシッコなどでは有りません。あの緑色の虫は
「ふーん、そうなんだ~」
なんだか難しい話だが、サチコは何となくわかる気がした。花とミツバチの関係もそうだ。花は種や果実を実らせる為、甘い蜜を出してハチや蝶に花粉交配をしてもらっている。
「ねえエリーお姉ちゃん、あのアリは、掃除屋さんなんでしょ?」
「よくご存知ですね。確かに、あのアリ達は虫達の死骸を食料にしています。でも私はちょっと苦手ですね」
「どうして?」
「彼らは、確かに掃除屋ですが、時折生きた者を襲う事もあるのです。また、私達の巣へも侵入して来る事もあります。蜜の甘い香りに誘われるのでしょう。まあ、彼らぐらいでしたら、すぐ追い払う事は出来ますけど……。
生きる為とはいえ、生きている者にまで手を出すというのは、私はあまり感心出来ません。ほら、言っている側から又やっています。ほらね……」
エリーはサチコに話ながら、違う方向を指さした。見ると、十匹ほど違うクロアリ達の列に、何やら大きな物を運んでいるのが見えた。よく見るとそれはカミキリムシだ。
仰向けになって背中を引きずられている。サチコの三倍は有ろうか、と思える程大きい。触角だけでもカミキリムシ自身の身体ぐらいある。
そのカミキリムシをよく見れば、横から見える羽根の部分が青色で綺麗だ。しかも、クモの糸が体にまとわりついている。
どうやらこのカミキリムシは、クモの巣に掛かって逃げ出したが、今だ自由が効かず、アリに見つかり捕まった様だ。
「エッホ、エッホ、ソレ引け。頑張れ。エッホ、エッホ、ソレ引け頑張れ……」
まるで、クロアリ達の掛け声が呪文の様に
しかし、まだカミキリムシは諦めてはいない様だ。時折身体を動かしてみるものの、クモの糸で自由が効かない様だ。
「チクショウー俺はこのまま終わるのか? 腹さえ良ければ、こんな奴等になんか決して負けやしないのに……。クッソ――――」
負け犬の遠吠えではないが、かなりカミキリムシは悔しそうだ。
サチコはそんな状況をまのあたりにして、居ても立ってもいられなく成ってきた。生きたままアリに連れていかれるという事は、アリのエサになるという事だ。考える間も無く、カミキリムシの所まで飛んで行ってしまった。
「アッ、駄目です。サチ様——」
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補足:アリとアブラムシ。
・作中に出ているアリは「クロヤマアリ」体長4.5~6㎜。昔は大きいクロオオアリ(7㎜~12㎜)が夏になると沢山見かけましたが、ここ数年、見なくなりましたね。
最近はヒメアリや、アルゼンチンアリのような小さいアリをよく見かけます。(1.5㎜~2.5㎜小さいです)
・アブラムシは菜の花や、ハーブやキャベツなどアブラナ科の野菜を好むそうです。
・アリとアブラムシは共生の関係にありますが、なぜ、アリはアブラムシを襲わないか? 美味しい蜜を出すなら、アブラムシを襲ってアリの巣へ連れて帰りそうですが、実はアブラムシの出す蜜の中にドーパミンが含まれているそうです? (本当か、どうかは怪しい)それによってアリは必然的にアブラムシの蜜を食べ続けているそうです。アリは、アブラムシにコントロールされているみたいです。まるで麻薬みたいですね。虫の世界は不思議がいっぱいです。^^;
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