第8話 手の温もり


 祐子が亡くなって、早、数年の月日が流れた——。


 翔太は初め自暴自棄になりかけていた。しかし、子育てをしなくてはならない。お腹を空かせた祐子の忘れ形見がいるのだ。放っておく事は出来ない。一人身なら、自棄やけになっていたのかも知れないが、ある意味でいえば娘の未来の存在に救われた。


 悲しみを忘れるには、それ以上の【希望】を持たねばならない。


 この子を育てなければならない。という強い思いが正義感の強い翔太にはあった。祐子の忘れ形見。いや自分の血肉を分けた分身なのでもある。自分の子供を虐待する気持ちは、決して翔太には理解出来ないだろう。


 とはいっても、決して甘やかして育てた訳では無い。片親だからと言われない様にしつけは厳しかったかも知れない。厳しい分、普段は優しかった。男親だが、時には母親の優しさで未来を包んでいた。悲しみが、やがて喜び、楽しみ、心の癒しの元になっている。


 そんな父翔太の気持ちを知ってか知らずか分からないが、娘未来みくは素直なまま育っていった。とりわけ大きなケガや病気にはかからず、又、思春期にも翔太を困らせる事はなかった。勉強は普通の並みぐらいの出来だった様だが、スポーツは万能で明るく積極的な性格で、友人は男女かまわず多くいた。いわゆる姉御肌タイプといってもいいだろう。明るくてサバサバした性格で面倒見が良く、クラスでは太陽のような存在だった。未来が風邪を引いて休むと、教室ではシーンと静まり帰ってしまうから不思議だ。


 又、母親譲りの性格か花の世話をするのが大好きだった。休みの日には庭に出て、季節の花を植え替えていた。特に、庭の生垣のアベリアが好きで、毎年初夏になると花を咲かせるのを楽しみにしていた。

 早くアベリアの白い花が咲かないかなぁ? とよく漏らしていた。


 そんな未来には、一つ変わった癖のような物があった。

 それは、初対面の人と必ず握手をする事だ。小学校のいつ頃から行い出したかは当人は忘れてしまったみたいだが、物心が付き始めた頃にはやっていたみたいだ。


 当時の友達から『なんで、未来はいつも初対面の人と必ず握手するの?』って聞かれるたびに、『ただ、みんなと仲良くしたいだけ』と笑って話をはぐらかしていた。それは、長い間続いていた。


 高校の三年生になりクラス替えがあった時も、休み時間になると初対面の人や部活の新人を捕まえては、相変わらず握手をしていた。周りの人は困惑していたが、男子には大受けだった。


 未来は美人でもあった為、そんな女の子から手を握ってくれるというだけで舞い上がっている男子もいたぐらいだった。





 

 有る日の放課後、未来は部活を終えて友人と家路に着いていた。


「ねぇ、未来みく~。あなた、相変わらず握手をしているけど、ホントはなにか意味があるんじゃないの? 私には、何か、うーん、何て言えばいいか分からないけど、誰かを捜している様に見えるんだけどなぁ?……。で、本当はどうなの?」


 友人である美代子の何気ない一言に、未来は心を見透かされた気がした。


「あははっ、やっぱ、そう見えるかな。やっぱ変だよね。みんなには内緒にしておいてくれるかな?……。一番の親友の美代子にはホントの事を言うね。実は人を捜しているんだけど……。長くなるけどいいかな?」

「うん、全然いいよ」




 未来達は近くの喫茶店に入り、美代子に握手の事について話し始めた。


「それでね、実はいつ頃か分からないんだけど……。私が、病気や何かで落ち込んだ時にね、私が寝ている時に私の手を誰かが握ってくるの。初めはお父さんが心配して側にいるのかな? って思っていたけど、どうやら違うみたいなの。目を覚ましたら、まだお父さんは仕事から帰ってなかった事もあるし……」

「エッーそれって怖い……」

「ううん、全然怖くないよ。何て言うかな? 心が落ち着くって言うか、何か不思議と心が休まる様な気がするんだ。とっても温かくって、何か包まれているみたいな感じって言うのかな?」

「ふーん——」

「でね、一度、お父さんに聞いたの」

「何を?」

「私が生まれて来た時に、何か変わった事が無かったか? って」

「で、未来のお父さんは、何て?」

「暫く考え込んでた。でも何とか思い出したみたい……」

「それで?」

「私がお母さんを早く亡くしたのは、美代子も知ってるでしょ?」

「うん——。ちょっと気の毒だね……」

「うん——。その時の事なんだけど……。私が生まれたばかりの赤ちゃんの時は、まだ生きていたお母さんの手を握るのが、すっごい好きだったみたいなの。暇さえあれば、お母さんの手を握っていたそうよ」

「…………」

「でね、私の生まれる前に、私のお姉ちゃんがいたみたいなの。そのお姉ちゃんの名前が 『サチコ』って言うんだけど、そのお姉ちゃんも、亡くなったお母さんと手をつなぐのが好きだったっていうの」

「だから?——」

「私の家の前に、村田さんって云う老夫婦がいるでしょ?」

「知ってる~。頑固お爺で有名よ。結構年取ってるけど、元気だよね~」

「もう——。そんな風に言わないでよ。あのお爺ちゃん、結構優しいんだから」

「で、その頑固お爺が何で?」

「そのお爺ちゃんがね、ある時にふと言ったの。『お前は、ほんにサッちゃんに瓜二つじゃのう』ってね。その時、お婆ちゃんが側に居たから、何か咳払いを盛んにしてたけど、あれはきっと、私に余計な事を思わせない為にしたと思ったの……」

「それで?——」

「その事が引っかかっていて、ある時、何かの本で読んだ事を思い出したの」

「何を?」

「人は死んだら、己のカルマを背負い、浄化するまで転生を繰り返す。って内容だったと思うけど~。実は、あんまり覚えて無いのよね。ボンヤリと思い出したの……」

「アッ~知ってる。私も読んだよ。それって有名な本だよね? 私も内容は忘れちゃったけど、何となく覚えてるのよね」

「でね、私が思うに……。私は、亡くなったお姉ちゃんサチコの生まれ替わりだと思うの。偶然、古いアルバムを見つけて観たら、私にそっくりな女の子が、お父さんとお母さんと一緒に写っているの……」

「…………」

「だから私が思うに、あの幻の手は、亡くなったお母さんじゃないかって? だからちっとも怖く無いし、不思議な温かさがあるの。亡くなったお母さんが、心配して私を勇気付けてくれるんだ。って思う様になっちゃってきて——。

 だから、私……亡くなったお母さんの生まれ変わりを捜す為に、握手をしているのよ——。あの不思議な感触は忘れないわ……。触ったら絶対、分ると思うのよ……」

「み~く——。ううっ……。み~く…………」

「ちょっと~美代子——。何で泣くのよ?」

「ううっ——。未来……私、何となく未来の気持ち……分かる……」

「ありがと……美代子。でもこの話は二人の秘密にしておいてね……」

「うん、うん——。ううっ——うわぁ~ん——みく〜ううっ…………」


 未来は親友美代子に握手の由来について話した。始めは美代子も冗談交じりに聞いていたが、未来の筋の通った話と、母親を早く亡くし家族についての愛情を思うと、自然と涙した。

 なんとけなげ、なんだろう。という思いで胸がいっぱいになってしまった。


 それ以来、美代子は未来に協力する様になった。


 しかしながら高校生活の間には、捜す当人を見つける事は出来なかった。





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