第5話 無常の雪が降る……。
翔太が祐子の病室へ戻ってくる数分前、医師は翔太に祐子の検査結果について話をしていた。
「先生、祐子はどうなんですか?——」
「ご主人……。申し訳ないですが、分からないんです。一体何が悪いのか——」
苦悶の表情を浮かべて話す医師に翔太は苛立っていた。
「分からないって、アンタ医者だろ?——」
「確かに、私は医者です。この病院も県内屈指の大きな総合病院です。設備も最新の物を多く取り入れていますし、私より有能な各専門医も多くいます——。で、でも、分からないんです。彼等に聞いても首を振るだけで、全く分からないんです——。申し訳有りません——」
「じゃあ祐子はこのまま眠り続ける、って事ですか? じゃあ植物人間に——」
「大変残念ですが、そう云う事です。今の医学の段階では、全く改善の予知も有りません——。申し訳ありません——」
「そ、そんな、祐子……」
医師の言葉に耳を疑うのと同時に、遙かに深い絶望の淵へ落ちていった。愛娘サチコが亡くなり、祐子が拒食症で入院し、やっとの事で退院して、出産までたどりついたのに……。これから、サチコの分まで生まれたばかりの赤ちゃんをかわいがって、親子三人で、ごく普通の幸せを夢みていたのに——。翔太は肩を落とし、言葉も出なかった。
ちくしょう——。何で、俺ばっかり、こんな不幸が続くんだ。俺が、一体何したっていうんだ?——。
翔太は魂が抜けたようにただ茫然としていた。医師も掛ける言葉が見つからず、ただ黙っていた。
やがて看護師に祐子の病室が換わる事を告げられた。翔太は祐子の居た病室へ荷物を取りにフラフラと戻っていった。
病室に戻ると、権蔵と八重子が来ていた。翔太は権蔵と八重子の顔を見ると、力なく権蔵に抱き付き泣いた。張りつめていた悲しい思いが関を切ったのだ。後から後から、涙が頬を伝い流れ続けている。
「じいちゃん、おれが、俺が何か悪い事したって言うんなら、この仕打ちにも耐えられる——。でも、何もしてないのに、何でこんな不幸ばかり続くんだ……。サチコの事もそうだけど、今度は祐子まで……。俺は一体、一体どうすれば良いんだ……」
権蔵と八重子は、翔太のあまりにも取り乱し方に唖然としながらも、ただならぬ事態を察知した。しかし、翔太に掛ける言葉は見つからない。権蔵と八重子は暫くの間、翔太が落ち着くまで、そのままでいる事にした。
暫くの間、その病室では翔太のすすり泣く声が響いていた。子供が生まれ、祝いの見舞いで、こんな悲しい現実が待っている事とは、権蔵と八重子夫婦は思っていなかったからだ。
三十分泣いて、翔太もそろそろ落ち着いてきた。新しい裕子の病室へ荷物を持って行かないとならない。いつまでも空の病室には居られない。空く部屋を待っている人もいる。
落ち込んだまま裕子の荷物をまとめると、権蔵と八重子を案内しながら、裕子の新しい病室へと向かった。
長い廊下を歩いて行くと、途中に新生児の保育室がある。権蔵と八重子は窓越しに生まれたばかりの赤ちゃんを見ていた。中にいた看護師が、廊下の翔太に気が付くと、裕子の生んだ赤ちゃんを抱いて窓越しから見えるように連れて来てくれた。
生後一日目なので眠っている。権蔵と八重子は、孫が生まれたように喜んでいる。赤ちゃんに向かって、手を一生懸命振っている。純真無垢な
「この子は母親が大変な目におうている事を知らねぇ。なんと
権蔵は泣いている。これからの事を思うと
翔太の方を振り向くと、廊下の先の方で待っている。権蔵と八重子は、とぼとぼと翔太の所へ歩いていった。病院の廊下がやけに長く感じてしまう。重い空気の中、三人は祐子の新しい病室を目指した。
エレべーターに乗って八階を押した。静かに三人を乗せた鉄の箱が動きだす。やがて、エレベーターは静かに八階で止まった。扉が開き、八階のフロアへと歩み出た。
八階のフロア。この階層は、重篤の患者ばかりいる。翔太は祐子の病室の前で止まった。
コンコン——。ガラガラ——。
一応ノックをして病室の扉を開けた。中は個室で、祐子は静かに横たわっている。酸素マスクを付けられ、横には色々な器械が置かれ、体の状態をチェックしている。切なくて痛々しい祐子の状態を見ていると、胸が苦しくなってしまう。
「祐子さん……」
八重子が言葉を掛けるが、それ以上言えない。言葉が出てこない。誰が見ても声が詰まってしまう。沈黙のまま重い時間が流れた。
やがてその場所に居たたまれなくなったのか、権蔵と八重子のどちらからもなく外に出た。
「翔ちゃん……。わしらこれで帰るけんど、何か出来る事があったら、何でも言ってくんないか。こんな時じゃけぇ、翔ちゃん……。元気出さんといけんよ……」
「ありがとう、じいちゃん。ばあちゃん……」
そうは言ってみるが元気など、こんな状態で出るはずは無い。力無く翔太は答えると、祐子の病室へ戻った。
「ほんに、なんであの親子をここまで苦しめにゃならんかのう? わしゃ、この世にゃ、神様なんておらんと思う……」
権蔵はそう呟くと、八重子と共に病院を後にした。
病院の外の街では、今日は十二月二十五日。クリスマスムードで一色だ。色々な所から、クリスマスを祝う歌が流れ、街行く人々は陽気な足取りですれ違って行く。
空からは雪が降っている。いっさいの
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