第15話 女王蜂


 そうだ、女王様に……。サチコは先程カミキリムシに言われた事を思い出した。

 心配する仲間達の間をかき分けて、女王蜂の部屋へと歩いて行った。

 

 女王蜂の部屋の前まで来ると、門番に出会った。厳しい顔つきだが、門番もサチコの活躍を知っているので、にこやかな対応をしてくれる。


「どうされました?」

「あのぅ、女王様にお会いしたいんだけど……いいかなぁ?」

「いいですよ、さあどうぞ」


 門番に促されて、部屋の奥へと入って行った。部屋の奥には、見るからに大きなハチがいた。女王蜂だ。その女王蜂を囲む様に、六匹の側近のハチ達が忙しそうに働いている。ローヤルゼリーを女王蜂に与えている者と、生まれた卵を部屋の外に運ぶ者達だ。部屋の外には産まれたばかりの卵を巣へと運ぶ専門の者が待っている。


 サチコは恐る恐る女王蜂の前へ歩み出た。すると側近の者がサチコに気付き、前をふさいだ。


「何ですか、あなたは?」

「私は、サチと言う者です。どうか女王様、私にお知恵をお貸し下さい」


 サチコはすがる思いで、女王蜂を見つめている。その思いと気迫が女王蜂に伝わったのか、女王蜂は優しい表情でサチコに話しかけてきた。


「あなたがサチですか? 噂は聞いていますよ。スムシの件、ネズミの件とこの巣を救ってくれた事に、感謝します。私はもっと早く会いたかったのですが、どうかしましたか?」

「女王様、どうか助けて下さい。時間がないんです。早く、早くしないと——」


 サチコは緊張と不安が混ざり、又泣き出してしまった。パニックに陥っているようだ。女王蜂は、この巣の中の最高権威者だ。でも、又ミツバチの世界では母親でもある。安堵感と緊張と焦りが混ざり合えば、サチコもパニックになっても仕方がない。


「どうしました? 泣いていては分かりませんよ。訳を詳しくお話しなさい」


 女王蜂の優しい言葉に、サチコは次第に事の内容を話し始めた。


 生前は人間で、母親を助ける為にミツバチとなりコップへ蜜を集めている事を。しかし、長雨で蜜が集められない事や自分の寿命も、もうすぐ尽きてしまう事を。このままでは、母親を助けられない事を——。


 女王蜂は初めは信じられない様な顔をしていたが、やはりサチコの真剣な表情から疑う事を止め、黙って静かに聞いて聞いていた。サチコの長い話が終わると、女王蜂は優しくサチコへ話し掛けた。


「分りました。なぜアナタに名前が有るのか、これで理由が解りました。私が、名を授けてないのに、サチという者が現れて、この巣の危機を二度も渡って救ってくれたという事に——。

 アナタに会うまでに、私は新しい女王が誕生して私にとって替わって、この巣を治めるのか? とさえ思っていました。どうやらそれは私の杞憂の様ですね。

 良いでしょう、アナタに協力しましょう。なにせアナタは、私を、いえ、この巣に住む家族のみんなを、二度も救ってくれたのですから。そんな、アナタの頼みを、なぜ断る事が出来るでしょう。そのコップとかいう物へ蜜を溜めるのですね? 

 分りました、明日夜が明けたら、この巣のみんなを使って蜜を集めなさい。

 ただし、一日だけですよ。そうしないと幼い幼虫の世話や、この巣の蜜が無くなってしまいますからね」


 女王は優しくサチコへそう言った。


「エッ、みんなを借りてもいいんですか? ありがとうございます女王様……」


 サチコは喜んだ。以前エリーに巣の貢献があるので、仲間を誘ってはいけないと言われていたから遠慮していたのだ。それが女王蜂自ら、この巣の仲間全員を使っても良いと言われたからサチコは嬉しくなった。


「サチでしたね? 明日は雨も止むでしょうから、今日は明日に備えて早く休みなさい。私から伝令を出しておきますから安心しておきなさい」


 女王蜂はそう言うと、側近の者を集めて伝令として行かせた。


「女王様、本当に有り難うございます」

「いえいえ、アナタの母親を思う強い気持ちに感動しただけの事。それに以前は人間でも、今のアナタは私から生まれた可愛い娘。そんな娘の頼みを断れないでしょう?私も、いち母親ですからね」


 サチコは、この女王からの言葉を聞いて胸が熱くなった。人間とミツバチ、種族は違えど暖かく優しい世界だ。生前は見た目だけで忌み嫌っていたのに、こんなに純粋だとは思ってもみなかったのだ。


 その後、サチコは暫く女王蜂と色々な話をしていた。


 やがて話が終わるとサチコは、女王蜂に一礼し部屋から出ていった。


 あー良かった——。怖い女王様だったらどうしようか? って思ちゃった。優しくて良かった~。とサチコは思いながら、いつも自分の休む場所へと帰っていった。


 いつもの休む場所へ帰ると、みんなはもう休んでいた。サチコも明日へ備えて体を横たえた。


 外では、いつの間にか夜になっていた。台風もこの地区から過ぎ去っていくのか、最後の荒れ模様となっているみたいだ。外の様子は相変わらず騒がしい。

 

 果たして、明日はサチコにとって幸と出るか、不幸と出るかは、誰も分からない。


 台風の中、巣の楠がギシギシと悲鳴の様な音と立てていた——。





サチコ 四十八日終了

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補足:女王蜂


・初めの女王蜂が次の女王蜂に育てる為の部屋王台が複数作られた場合、最初に羽化した女王幼虫が、残ったサナギや後から羽化した女王を殺すそうです。

こうして巣には最強の1匹の女王蜂が残る仕組みになっています。女王蜂と次の女王になる幼虫にはローヤルゼリーが与えられます。

・新しく女王蜂が生まれると、旧女王蜂は巣の半分の仲間を連れて巣を離れます。

分蜂ぶんぽう」という巣別れの儀式です。

・群れの中に一匹のみ存在する女王。巣の状態によるがベストコンデションだと一日、1000の卵を産むと言われています。産卵が始まると一生卵を産み続けます。


・冬の間のミツバチは「蜂球」という塊になり、体を寄せ合いながら寒さをしのぎます。冬の間は花の蜜が取れない為に、女王蜂の産卵も一時的に産卵が停止します。

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