第13話 危機一髪
サチコは覚悟を決めて、自身の毒針をクモに打ち込むべく急降下をした。
「どいた、どいた——! じゃまだ、邪魔だ——!」
サチコの急降下より速く、何かがクモ目がけてぶっ飛んで行った。電光石火の勢いだ。その何者かはクモに近づくやいなや、クモの正面から突っ込んで、クモの
「ウッ——」
久々の獲物に夢中になっていたクモは、お尻を獲物に向けていた為、不意を付かれて大顎の間を針で刺されてしまった。するとそのクモは
「アタイはベッコウバチだ。あのクモは、前から目を付けていたんだょ。機会を作ってくれてありがとうょ。アンタの仲間はこれで大丈夫さ。
——そうだ、ついでだから、糸をほどくのを手伝ってやるよ」
エエッー、なに? もうクモやっつけちゃったの? サチコは訳が解らず、キョトンとしている。見れば、先程のクモは動かないでいる。
よかった、仲間は助かったのだ。よく見れば助けてくれたそのハチは、サチコの二倍ぐらいの大きさだった。
クモの糸に掛かった仲間を口の牙で、いとも簡単にほどいている。あっという間に仲間の体は自由になった。
「有り難う、名前は?」
「はぁ~? アタイに名前なんて有る分けないじゃない。なに言ってんだ。アタイらはみんな名無しじゃないか。——じゃぁ、アタイは行くからな。これから卵を産まなきゃならないから。じゃあな——」
そう言うとそのベッコウバチは飛び上がり、大きなクモを抱きかかえると地面へ向かって下降して行った。一方クモは残念そうな表情をしている。つい先程まで
先程のベッコウバチは、抱えたクモを抱きかかえ一緒に地面へと降りた。更に良く見ていると、地面に開いた穴へクモの足を
このベッコウバチと云うのは、産卵の時獲物を毒針で刺し、麻痺させて巣穴の中へと運び、産卵管と呼ばれる針で卵を産み付けるのだ。卵から
ベッコウバチは別名「狩りバチ」と言われている。特に、クモや青虫などが標的にされている。
一方、難を逃れたサチコ達はホッと胸を撫で下ろした。サチコは自分の身を呈して、犠牲になりかけた仲間のハチに謝った。
「ごめんなさい。私がボンヤリしていたから……ありがとう。ところでアナタ、だあれ?」
サチコに話かけられ、そのハチはモジモジしている。
「私は……。もちろん名前など有りません。サチ様に言われてエリー様の介護をしていた者です。あの日、エリー様が亡くなる前の日、エリー様は私にこう言いました。『私に代わって、サチ様の事を頼む。あの方は私達と違って、何か特別なお方だから』と。ですから、今日からサチ様の後を、ついて来たのです」
サチコは驚いた。エリーはそこまで私の事を心配していてくれたなんて。
「ああ……。エリー……」
再びエリーの事を思うと胸が苦しくなってくる。喪失感で力が出ない。又涙が勝手に流れてしまう。
しかし、サチコはエリーが残した言葉を思い出した。『必ず、あのコップを蜜で満たして下さい』と。それに新しい付き人まで用意してくれたのだ。
ここでモタモタしてはいけない。大好きな母親の病気を治す為、自分の転生のチャンスも懸かっているのだ。
確かにエリーを失った事は辛い。でも、虫になった自分自身の寿命も限られてくる。虫としての残りの寿命をどう使うかは、いつまでも悲しんでばかりはいられない。やはり母親の為、一刻も早く蜜を溜めなければ……。
サチコは流れる涙を拭いて、新しい付き人となったハチに言った。
「じゃあ、名前を付けなくちゃネ。ユリって云うのはどうかな?」
「ハイ。ありがとうございます」
「じゃあ、ユリ。これからよろしくネ」
「こちらこそお願いします」
サチコに、新しい付き人ユリが仲間になった。
一方、ユリは名前をもらって上機嫌だ。スムシや、ネズミの件でサチコのリーダーとしての株はウナギ昇りとなっているから、サチコの側に居られるだけで誰もが
そんなサチコは別に気にする事も無く、当たり前の事の様にしている。鼻に掛ける訳でも無く、ごく自然体の態度が益々人気に拍車を掛けている。
「じゃあ、お腹が減ったから此処で朝食を採りましょうか?」
「はい、サチ様」
サチコとユリは共にカボチャの花で朝食を採った。
「もうこのカボチャの花も、終わりみたいね? 蜜も大分出なくなっちゃたから。そうそうユリ、私思うんだけどいきなり花へ止まるのは止めた方がいいって思うんだけど、どうかな? さっきみたいに、なったら嫌じゃない。花の前で、一旦空中で止まって危険が無いか、確認した方が良いと思うの。どうかな?」
サチコに、話かけられたユリは驚いた。確かに空中で一旦止まって、安全を確認すれば危険は少なくなる。クモの他にアマガエルやカマキリだって居る事もある。分ってはいるものの、つい無意識で花に飛び込んでしまう。多くの仲間達もこれで亡くなっているのだ。先程の経験で、すぐに対策を打つサチコにユリは驚いたのだ。
「さすがはサチ様——。私もその様に思います」
「じゃあ、巣に戻ったら、みんなに伝えましょう。じゃあ、そろそろ行こうか?」
サチコはユリを促し、生前の実家へと飛んでいった。
実家に着くと庭にある花は枯れ果てていた。しかし、生垣にはアベリアがある。蜜の出る量は少ないが、長く咲き続けているので安心だ。
取りあえず、サチコはユリにコップの場所を教えた。ユリも同様にコップの大きさに驚いている。
さあ、サチコの仕事の再開だ。二日間の遅れを取り戻さないとならない。幸い、庭とコップの往復だけなので距離が短くて助かる。夕方近くまで、サチコとユリはコップへ蜜を入れる作業を励んだ。
「もう今日は、これで止めて帰ろうか?」
「はい」
サチコとユリは、連れ立って巣へと帰って行った。
巣へ着くと仲間達はみんな帰っていた。サチコが帰って来ると、誰とも無く『ふう、よかった~』と言う声が聞こえてきた。やはりみんな心配しているのだ。
「「お帰りなさい」」
サチコへ向かって一斉に声がかかってくる。サチコもみんなの気持ちが解るのか嬉しくなってくる。
「ただいま、みんな。ちょっと話があるけどいい?」
辺りは急に静かになった。なんだ? 何か又問題でも起きたのか? サチコに注目している仲間達はサチコを凝視する。
「あの~今日クモの巣へ掛かりそうになったの。ユリに助けてもらわなかったら、私死んでいたかも? それで考えたんだけど、みんな花へ止まる時、そのまま飛び込んで行くでしょ。あれは止めた方がいいんじゃないかって思うの。一旦花の手前で止まって、安全の確認をやればどうかな? って思うの。みんなどう思う?」
「「オオッー確かに——!」」
サチコの話にユリ同様、仲間達は驚いた。『コロンブスの卵』という話が有るが、あの話同様よく考えれば分る事なのだ。今まで本能だけで、行動してきたので出来るかどうか分らないが、やれば良いに決まっている。説得力のある話に仲間達は興奮し感動していた。
「賛成です。お互いに注意し合えばそのうち、自然と身に付くでしょうから」
「「賛成です」」
「「賛成―」」
一旦賛成の声が上がると、みんなも同調してくる。これで少しは、危険な目から回避出来ると云う物だ。
「じゃあ、決まりネ。明日からやりましょう。それではみんな、今日はお疲れさまでした。又明日頑張りましょう。おやすみー」
「おやすみなさいー」
サチコの話で今日の幕は閉じた。夜の闇が辺りを静かに包み込む——。
サチコ 八日目終了
◇ ◆ ◇
やがていつもの朝が来た。今日はユリに起された。
「サチ様、朝ですよ」
「うっ、エリー? アッ、ごめん。ユリだったネ。ごめんなさい」
まだエリーの影を引きずっているのか、間違えてしまう。もう考えるのは止めにしよう……。辺りを見回すと、みんなはもうすでに起きて並んでいた。サチコの号令を待っているようだった。
「もう新しい蜜の貯蔵庫も出来たみたいだから、通常の作業に戻りましょう。じゃあ、今日もみんな頑張りましょうネ」
「「オオ―!」」
サチコの掛け声で、仲間達は外へ出た。
サチコとユリは共に連れ添ってサチコの実家へとやって来た。庭の生け垣のアベリアから蜜を採って、コップへと蜜の雫を溜めていく。
単純な作業が延々と続いていった——。
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補足:蜘蛛の天敵 ベッコウバチ
・蜘蛛を専門に狩るハチ。別名「狩り蜂」と呼ばれています。蜘蛛の毒牙をかいくぐり、蜘蛛の大顎の間に針を刺し麻痺させる。又は、蜘蛛の背中に馬乗りになり、蜘蛛の足の付け根の胸元に針を刺します。
地上に巣穴を掘って標的を穴に引き込みます。あまり大きい獲物を狩ると、穴に入らないので、自身の顎で蜘蛛の足を切り落とすそうです。
・メジロなどの小鳥はクモの網を巣の材料とします。自らクモの網に突っ込み、体に纏わりついた糸を集め、巣材のコケや草などを固めるのに使います。
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