第9話 リーダーとして……。



 再び朝が来た——。


 今日も又あのブーンと云う騒がしい音で目覚めた。サチコが起き上がるや否や、羽音は一斉に止み、静かに仲間達は整列している。そしてサチコの方を見て何かを待っている様だ。エリーがサチコの側で言った。


「ほら、サチ様。みんな待っていますよ。掛け声をお願いします」


 エリーに言われて、サチコは思いだした。そうか、昨日リーダーになったんだ。

 サチコは大きく息を吸い込むと、みんなに向かって言った。


「さあ、今日も行くわよー。みんな気合い入れて、がんばりましょう~」


「「オオッー」」


 サチコの掛け声で、みんな一斉に外に飛び出した。




 サチコの傍にエリーは相変わらずいる。今日も午前中は、カボチャ畑と実家の往復だ。午後からは、ブドウ畑と実家の往復に変わる。


 途中何度か、背中を抱えられて飛んでいるハチを見かけた。サチコが羽化したばかりの時、エリーに背中を抱えられ飛んでいた、あの時と同じにみえた。


 サチコは最初の頃の自分を思い出したのか、少し可笑しく笑った。


「ねえ、エリーお姉ちゃん。あそこで、飛ぶ練習をしているよ」

「…………」


 サチコの話にエリーはなぜか無反応だった。


 あれっ、何か変な事言ったかなぁ? まあいいや、今日は、蜜を取る事に集中しよう。サチコはそう思い、蜜の収穫に集中した。


 時間が流れ、夕日が落ち様としていた。エリーがサチコに合図をして今日の仕事の終わりを告げる。


 サチコとエリーは、連れ立って帰る事にした。




 巣へと帰り道の時、エリーは失速し力無く落下していった。すぐサチコがそれに気づき、エリーの背中を持ちながら花の上に降りていった。


「エリーお姉ちゃん、大丈夫? どこか具合が悪いの?」


 エリーを気遣い、不安な顔をしているサチコだった。エリーはどこか体の具合が悪いのだろうか? エリーは苦笑いをしている様に見える。


「大丈夫ですよ。少し休めば楽になりますから。申し訳有りません、サチ様。アナタに私の事を気遣かわせてしまって……。実は私は、サチ様にお姉ちゃんって呼んでもらっていますが、そんなに若くないんですョ。お姉ちゃんより、お婆ちゃん、の方が似合っているかもです……」

  

 エリーがサチコに見せる、初めての寂しそうな顔だった。どこか哀愁を秘めて有り、寂しくて残念そうな表情だった。尚もエリーの話は続く。


「今日、サチ様は仲間が背中を抱えて飛んでいる風景を、飛ぶ練習だとおっしゃいましたが、あれは違うのです。あれはもう働けなくなった仲間や、死んでしまった仲間を捨てに行っていたのです。私も、この分だともうすぐ、お別れが来るかも……」

「——ええっ、そんな事言わないで——」


 サチコは何となく解ってはいたのだ。虫と云っても寿命がある。人間よりは遥かに短い寿命だ。ただエリーという姉の様な存在を、失いたくは無かった。サチコは急に襲ってくる喪失感に襲われ胸が苦しくなった。


「大丈夫よ、エリーお姉ちゃん。私が、お姉ちゃんを抱いて飛んで帰るから……。

 そうだ、明日は、ゆっくりと休んで。私一人でも大丈夫だから。ねっ、お姉ちゃん、そうしょう……?」


 エリーの事を気遣い懸命に言うサチコ。エリーは嬉しくて、嬉しくて胸が熱くなってきた。何千、何万といる仲間達は誰一人そこまで気遣う事は無かった。当たり前のような虫の世界。自分の不注意で命を失ってしまうこの世界には、他者を気にする余裕などないからだ。


「ありがとうございます。サチ様。この様な私に名前まで授けて頂いて……。それにお心遣いまでさせて……大丈夫です。何も今日、明日っていう事じゃあないですから。少し休めば、又すぐに動ける様になりますから大丈夫です……」


 エリーの言葉には力が無い。しかしサチコはその言葉を信じるしかなかった。エリーは感じている。自分の寿命は、もうすぐ消えると云う事を……。


 しかし、エリーはサチコに出会えて良かったと思っている。ミツバチの仲間は皆家族だ。女王蜂や生まれてくる幼い幼虫の為、といっても実感はあまり沸いて来ないのが実際なのだ。


 サチコに出会えて共に使命を分かち合え、お姉ちゃんと言われ、仕事を一緒にしていくと働き甲斐さえも生まれてきた。せめて、サチコの仕事が終わるまで、と思うエリーの心が残念で仕方が無いのだ。


「そうだ、巣に帰って、あのローヤルゼリーを食べれば……」


 そう思うとサチコは、いてもたっても居られなくなった。エリーの背中を掴み巣を目指す。途中何度か休みながら、何とか無事に巣へ到着した。

 



 巣に着くと、依然として仲間達は待っていてくれた。


「「お帰りなさい」」


 仲間達は一斉に声を掛けてくれる。


「ただいま……」


 サチコはエリーを定位置の所へ連れて行くのが精一杯だ。エリーをそっと置くと、巣の奥めざして一目散に走り出した。そうだ、蜜の貯蔵庫にあるローヤルゼリーだ。蜜の貯蔵庫に着くと、サチコはエリーの為、ローヤルゼリーをお腹いっぱいに吸い込んだ。そしてエリーの待つ場所へと帰って来た。


 サチコは、エリーの側にそっと立つとエリーにローヤルゼリーを口移しで与えた。最初は拒んでいたエリーだったが、サチコの意志が伝わったのか、素直にローヤルゼリーを受け取った。


「サチ様、こんな私の為に……有り難うございます」


 自分の為に此処までしてくれるサチコにエリーは胸が熱くなった。本来なら、働けなくなった者は捨てられる運命なのに……。

 やはり、このお方に付いてきて良かった。とエリーは思った。


 エリーは巣に戻った安堵感と、サチコの優しい心に触れ落ち着いて眠った様だ。サチコもほっとしている。


 しかし、皆の視線が痛い。振り返ると仲間達はコチラを見ていた。なぜ、どうして? 言葉には出さないが、サチコは感じている。仲間達の嫉妬を——。

 サチコは謝りながら仲間達へ話した。


「ごめんなさい。大事なローヤルゼリーを使ってしまって……。でも、私は、エリーが疲れているのを黙ってみていられなかったの。本当にごめんなさい……」


 サチコは泣きながら謝った。悪いと云うのは、以前エリーに聞いて解っていたつもりだ。しかし、今エリーを失いたく無い。その思いがサチコを動かしたのだ。静かに仲間達を見た。


「「エリーだって? じゃあ、あの方も名前が……」]


 仲間達はざわついている。どうやら又、名前の事で救われそうだ。


「そうよ、彼女は私の付き人で、エリーって云うのよ」

 

 ええぃ、一か八かだ。サチコは言った。見ると、仲間達はそれで納得した様だ。


「申し訳有りません、サチ様。側近の方も、名のあるお方だとは思わなかったので、どうかお許しを——」

「いえ、いいのよ。ホントは、こんな事したくは無かったの。でも、皆も疲れたら、チョットぐらい、食べてもいいわよ」


 女王の許しも得ずに、勝手にこんな事を決めてしまった。まあいいか、ローヤルゼリーを造るのも私達だし、少しぐらいなら良い。サチコは勝手にそう思った。


「「ハハッ——。有り難うございます」」


 仲間達も喜んだ。さすがは、リーダーだ。と言う声も聞こえてくる。やはりみんな遠慮していたのだ。


 サチコの出現でこのハチの巣の何かが変わろうとしていた。


「じゃあ今日も、もう、みんな休みましょう」


「「はい、お休みなさい」」


 サチコは内心ホッとした。何を言われるか解らなかったからだ。今日も疲れたみたいだ。それも精神的に——。


 どうやら、エリーは今の所大丈夫の様だ。もう寝よう。明日又、仕事が待っている。サチコはエリーに抱き付いて目を閉じた。


 闇が静かに辺りを包み込んできた——。


  







                            サチコ 五日目終了


—————————————————————————————————————

補足:ミツバチの寿命。


・ミツバチの寿命は、30~60日といわれてます。エリーの元気が無くなったのは寿命が関係しています。

 サナギから羽化したハチはミツを集める前に、多くの作業を経験しています。サチコと出会ったエリーは既に、ミツを集める術を知っていました。と、言う事は巣の中で様々な分業を経験している事になります。そうなれば寿命が残り少なくなっているという事です。カミキリムシを助けた時に作ったローヤルゼリーは、エリーにとってはギリギリ体内で作成出来たようです。^^;

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