第8話 招かざる客

 

 サチコ達のいる巣へ深夜、来客があった——。


 そいつは、卵や幼虫のいる部屋へ行きたかったみたいだが、サチコや多くの眠っているハチを通り越して、奥の部屋に行く事は出来なかった。仕方なく樹の入り口の周りをしばらくの間ウロウロして帰っていった。





 再び朝となり、サチコはあの騒がしい音で目覚めた。又、誰かの合図で皆が一斉に外に出ようとした時、誰かが叫んだ。


「ちょっと誰——? こんな所へ大事な卵を置き去りにしておくなんて。皆、手伝ってちょうだい。早くこの卵を、お部屋に運びましょう」


 見れば、樹の入り口の辺りに卵が十数個あった。彼女達は大事そうに放置された卵を持って、運ぼうとしていた。

 

 それを見ていたサチコは、何故かその卵に違和感を覚えた。


「ちょっと、待って——。その卵、何か変じゃない? だって、大事な卵をそんな所へ置きざりにしないわよ。それにその卵、細長くて何か変よ」


 サチコは思わず言ってしまった。此処にいる間は、あまり目立たなくしておこうと思っていたのだが、つい言ってしまった。


「何言ってるの。此処は私達が住んでいるのに、違う卵が有るはずないでしょ? 訳の解らない事言わないで——」


 卵を抱えていた一匹のハチが、サチコに向かって言った。


 しかし、サチコの不安は一向に治まらない。何かがサチコの中でピンと来たのだろう。こうなったら後には下がれない。


「じゃあ誰か、奥の部屋にある卵を此処へ一つ持って来てくれない」


 サチコがそう言うと、誰かが返事をして此処の巣の部屋にある卵を取りに行った。

 しばらくすると大事そうに卵を抱えて帰ってきた。


「ありがとう。じゃあ巣の卵と、そこにあった卵を比べるわね」


 サチコは二個の卵を皆に解る様に床に並べた。


「いい、よく見て。卵部屋の物と比べると、そこにあった卵は細長いでしょ? 

 それに、よく見ると何だか黄色い色が混ざっているでしょ? だから、そこにあった卵はニセモノよ。恐らくそれは、他の虫が此処で幼虫にかえしてもらう為に、置いて行った物なんじゃあないかなぁ?」

「うーん。そう言われればそうかも知れない。確かに形と色が違うわ」


 サチコの道理にかなった説明は、皆を納得させるには十分だった。


「じゃあ、この卵は何の卵なの?」

「うーん。何の卵って言われても、私にはちょっと……」


 しかし、誰かの一言で納得しようとしていた雰囲気は、ぶち壊されそうになった。本当にこんな事を言うヤツは、どこの世界にも居る物だ。細かい所を突いて、自分の考えをどうでも押し通してくる。


 サチコは困って下を向いて考えている。するとエリーが声を掛けた。


「お見事です、サチ様。確かに、この卵は私達の卵では有りません。以前にも私は、同じ様な事を経験しました。この卵はハチノスツヅリガと云う『スムシ』の卵です」


「「エエッ—————!」」


 皆は驚いた。『スムシ』と云うのは ハチノスツヅリガの幼虫の頃の名前で、ミツバチにとっては天敵だ。

 どうやら、昨晩の来客はハチノスツヅリガだった様だ。闇に紛れて侵入したが、目論見は露見し失敗に終わった様だ。このハチノスツヅリガと云うのは、見たことが無くても、かなりヤバイ事だと皆は解っているのだ。知らずに巣の中に持ち込んでしまうと、卵からかえった『スムシ』はミツロウで出来た巣の壁や蜜を食い荒らすのだ。あまりに驚き過ぎて、スムシの卵を落とした者がいたくらいだ。まあ、落とした所では割れはしない。なにせ、スムシの卵なのだから……。


「じゃあ、このスムシの卵はどうすれば?——」


 スムシの卵を持っている者が震えながら聞いた。


「そうね、そんなに危ない虫の卵は何処かに持って行って置いてきちゃおうか?

これから、蜜の収穫に行くんだから、途中の何処かで置いてきましょう」


 サチコは喋りながら驚いている。なぜ、自分がこんな事を知っているのか? そういえば、誰かに教えてもらった様な記憶がある。

 誰だ? 考えていると、脳裏を何かがかすめていった。。大好きな母親に教えてもらった記憶が蘇る。こんな所まで母親の愛情が届いているなんて——。


「さあ、行きましょう、みんな。仕事の始まりだよ!」


 サチコの掛け声で一斉に仲間達は外に飛び出した。もちろん、スムシの卵を忘れない。可哀相だが途中で捨てなければならないから。しかし、捨てた所で虫は順応性があるのでどこでも卵から孵るのだ。アリが持って帰るかもしれないが……。


 飛んでいるサチコの側にエリーが寄ってきた。


「先程のサチ様は、とてもご立派でした。私も何か変だとは思っていたのですが、中々想い出せなくて——。さすがです」


 サチコの活躍によってこの巣の危機は逃れた。エリーにとってサチコは、もはや自慢の主となった。


「よしてよ、エリーお姉ちゃん。お姉ちゃんがあそこで思い出してくれたから良かったけど、あのまま何も言わないでいたらどうなるかホントに困っていたんだよ。

 ありがとう、エリーお姉ちゃん。さあ、今朝もカボチャ畑に行こうか?」

「はい」


 サチコとエリーは連れだって、昨日と同じ行動を取った。カボチャ畑で朝食を取り、そのまま実家へと往復する。午後からは少し遠いが、ブドウ畑と実家の往復だ。


 休む間もなく動いている。そして暗く成る前に巣へと戻っていった。





 巣へ戻ってみると、サチコ達が一番最後の様だった。昨日までは暗くなるまで、多くの仲間達は頑張って働いていた。しかし、今日はどうだろう。サチコとエリーが巣へと帰って来たら、それより後に帰ってくる者は居なかった。更にサチコ達が巣に帰って来た時、いつもならザワザワしているはずが、し~んと波を打ったように静かだった。


 どうしたのだろう。何か今日はいつもと雰囲気が違うみたいだ。アレッ? と思いながらサチコとエリーはいつもいる奥の場所へ行こうとした。


「「お帰りなさい、お疲れ様でした」」


 集まっている仲間達から、サチコとエリーに向かってねぎらいの言葉を掛けられた。


「エッ、ああ、ただいま——」


 不意に皆から言葉を掛けられて驚いてしまった。いつもなら、疲れて帰っても誰も何も言わないのに。


「どうしたの、みんな?」


 唖然とするサチコに一番前のハチが言った。


「朝の事件の時、みんな感心したんです。それに、アナタにはお名前が有る様だし……。それでみんなに相談したら、私達のリーダーになってもらおうと決まりました。よろしく、お願いします。ええっと……サチ様」

「ええー、ちょっと待ってョ……」


 サチコは驚いた。いつの間にか大事な話がサチコ抜きで決まってしまっている。何で、私が……? と云う思いで隣にいるエリーを見た。

 エリーは相変わらず、微笑んでサチコを見ている。


「ちょっと、エリーも何か言って」

「いいじゃないですか、サチ様。私もそうあってほしかったのです。朝の事件で更にそう思いました。私からもお願いします。リーダーになって下さい」


 エリーから、とどめの言葉をさされてしまった。もう、やるしか無い雰囲気になってしまっている。


「皆がそう言うのならやるけど、リーダーって何の仕事をするの?」


 どうやら、サチコも腹をくくったみたいだ。


「別に、これといって有りません。毎朝収穫に行く時、掛け声を掛けるぐらいと、今朝の様に何か事件があった時、お知恵をお貸し下さるぐらいです。普段はお好きな仕事をなさっていて下さい」


 リーダーの仕事内容にサチコはホッとした。それぐらいなら大丈夫だ。なにせサチコには大事な使命があるのだ。コップに蜜を貯めなければ——。


「じゃ、今日もみんなご苦労さま。もう休みましょう」


 サチコはそう言って、いつもいる奥の場所へ行って横になった。周りのハチ達も横になり、休み始めた。


 夜になり、三日月が浮かんでいた。これからのサチコを見守る様に、優しく光っている。










                             サチコ 四日目終了


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補足:スムシ


・ハチノスツヅリガの幼虫の名がスムシと言われます。養蜂場泣かせの害虫で、卵から孵化した幼虫はミツロウの匂いを頼りにミツバチの巣や幼虫を食い漁るそうです。


・因みに、「寄生バチ」というハチもいます。「カリヤサムライコバチ」がそれです。

 イモムシ系を襲い、相手の身体が大きければ多く、小さければ少ない数の卵を寄生相手に産み付けます。

多いときには100近い数の卵を産み付けますが、体内で生まれた幼虫はいっせいに寄生相手の体液を飲んで体内から外に出ます。Σ(゚Д゚)オソロシイ~!

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