第7話 告白 


 サチコとエリーは揃って生前のサチコの実家に降り立った。


 昨日同様花は咲き乱れ、他のミツバチ達もおらず蜜の取り放題な状態だった。花から花へと飛び回り、サチコ達のお腹は蜜で満タンとなっていた。


「サチ様、そろそろ巣にもどりましょうか? 仲間達にこの場所を教えて上げないと……」


 エリーの言葉にサチコは戸惑っていた。自分が遊んでいたに蜜を溜めるという事を、いよいよエリーに切出す時が来たのだ。


「あの……。エリーお姉ちゃん。私、特別にやらないといけない事が有るの……」


 サチコはエリーに自分の使命について話をした。長い話だったが、エリーは静かに聞いている。サチコの話が終わるとエリーは暫く考えていたが、大きくうなずいた。


「私には良く解りませんが、要はこの家のコップという入れ物に蜜を満たせば良いのですね。いいでしょう、私も協力しましょう。なにせ私はサチ様のお姉ちゃんですからネ」

「ありがとう……エリーお姉ちゃん」


 エリーの言葉にサチコは嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


「でもサチ様、協力するのは私だけですョ。仲間達は巣への貢献が有りますからね。後、この場所は私達だけの秘密にしましょう。その方が、早く蜜が溜まりますからネ」

「うん。じゃあコップの場所へ案内するからネ」


 なんという心強い味方をサチコは手に入れた事だろう。こうなる事は予感していたとはいえ、実際サチコに協力してくれるエリーの存在はとても心強く安心出来る。


 サチコはエリーを台所へ招き入れ、コップの場所を教えた。コップを見てエリーは驚いた。


「これがコップという物ですか? なんという大きさでしょう……」


 サチコがミツバチとなり、初めて自分が遊んでいた人形のコップを目にした時と同様に、エリーもコップの大きさに動揺してしまった。


「折角ですから、蜜を入れましょうか……」


 エリーとサチコは揃ってコップに蜜を入れた。微々たる雫にも満たない量だった。


「さあサチ様、頑張りましょう」


 エリーの掛け声と共に、蜜を集めコップに入れる作業が始まった。


 幸いな事に他の虫が居なく花の蜜が取り放題だった為、夕方近くにはコップの約三十分の一程度の微量の蜜を溜める事が出来た。 


「サチ様、もう日が暮れますから巣へ戻りましょう。暗くなると方向が解らなくなりますので……」

「うん、そうだね」


 サチコとエリーは連れ立って、自分達の巣へと戻って行った。




 巣へ戻ると、疲れた体を労わりながらサチコは体を横たえた。当然の様にエリーも側にいる。夜になって外の気温と巣の中のミツバチ達の体温が下がると、例の体温を上げる儀式が始まった。体をもみくちゃにされながらも、体温が上がると気持ちが良くなってくる。今日も疲れたのか、サチコは久々に夢を見ている様だ。寝言を呟いている。


  ママ……。待っていてネ……。


 月が夜空に浮かんでいる。まるで、サチコを見守るかの様に……。







  

                           サチコ 二日目終了



 ◇ ◆ ◇





 夜が明け、朝が来た——。


 例のブーンと云う騒音でサチコは目覚めた。どうも、この騒音で起こされるのは、まだ慣れない様だ。もっと気持ち良く起こしてほしい。しかし仕方が無い。ここは虫の世界なのだ。




 又、誰かの声が巣に響く。皆が一斉に外に出た。仕事の始まりだ。


 サチコとエリーは共に飛び立った。目指すのは生前の実家だ。昨日同様、菜の花で朝食を取ろう思っていた矢先に、エリーがサチコに声を掛けた。


「サチ様、今日は違う花で朝食を取りましょう。私の後に着いて来下さい」


 そう言うと、エリーは違う方向へと飛んで行った。


 降りついた先は権蔵の畑だった。初夏と云う事もあって、野菜の花が咲いている。エリーはその中でもカボチャの花を選び、降り立った。


「実は昨日帰り道にチェックを入れておいたのです。仲間達の話から此処だな、と思っていたんです。

 さあ、いただきましょう」


 エリーはサチコにそう言うと、自らカボチャの蜜を楽しんだ。サチコもカボチャの蜜を吸ってみる。昨日の違う花よりも、甘い味がしたようだ。


「エリーお姉ちゃん、昨日よりも何だか甘い感じがするね」


 サチコとエリーの吸っているカボチャの花というのは、なぜか午前中しか蜜が出ない。しかし、一回の量はかなり多く出て、サチコ達はもうお腹がいっぱいになってしまった様だ。


 満足気なサチコの表情にエリーも嬉しくなってくる。ふと周りを見渡すと仲間のハチ達もやって来た。


 よく見ると、色々な虫がいるのに気がついた。その中でも、ひときわ目を引く虫がいた。バッタだ。大きいバッタが小さいバッタをオンブしている。


「ねぇねぇ、エリーお姉ちゃん~。あのバッタって、背中にオンブしているのは自分の子供なのかなぁ? 小さいバッタって甘えん坊さんなのかなぁ?」

「えっ⁉ ふふふっ……。サチ様、あれは子供じゃなくて、オスなんですよ」

「えっ——! そうなんだ——。でも、なんで?」

「あれは、交尾を終えたオスが次の交尾をさせない為に、ああやって背中に張り付いてメスをガードしているんですよ」

「へぇ~そうなんだ~。子守りしているのかと思っちゃった。仲がいいんだね」

「まぁ、色々な虫がいますからね。背中にオンブされていると、天敵のカマキリの居場所も分かりますから、危険がかなり回避できるでしょうね。さあ、そろそろ行きましょうか?」


 エリーの説明に納得するサチコ。人間界で知っている知識より、同じ虫の世界の仲間から説明される事で頭の中にすんなりと入ってくる。


 


 サチコとエリーは実家のコップを目指して飛んで行った。


 サチコの実家に着くと、とりあえず台所へ回り今日一回目の蜜をコップへと移す。それから庭に出てみてサチコ達は驚いた。昨日までは他のハチや蝶など、ほとんどの虫はこの秘密の庭には居なかった。


 しかし、今はどうだろう。今は他の色々な虫達でこの庭はにぎやかになっている。これでは収穫どころでは無い。特に蝶が多く占めている。


「お姉ちゃん、これじゃあ……」


 サチコはがっかりしてエリーを見たが、エリーはあまり気にして無い様に見える。


「仕方無いですね。彼等達も生きる事に、一生懸命ですから……。でも、こんなに早くみんなに分かってしまうなんて? まぁ、いいでしょう。取りあえず、今日は先程のカボチャ畑と此処を往復しましょうか?」


 エリーの言葉にサチコも半場諦めた様だ。そもそも、この場所を秘密にしたところで、他の虫達が来るのは時間の問題だからだ。庭全面にガラスでも貼らなければ無理なのだ。


 こんな場面で落ち込んでもしょうがない。彼等も生きる為、必死なのだから……。エリーの様に楽観的にならねば生きていけない。


「そうだね、仕方ないね……」


 サチコも渋々諦め、元来た権蔵の畑を目指した。カボチャなら一回の採取で多くの蜜が取れる。

 実家とカボチャ畑を何回か往復すると、エリーの言った通り、カボチャの花から蜜が出なくなってしまった。これでは仕方が無い。他のハチ同様に多くの花から蜜を集めるしかない。しかし、ただウロウロしていては徒労に終わってしまう。エリーはサチコに一旦巣に帰り、仲間のハチから花の情報を教えてもらう事を提案した。


「そうだね、一旦巣へ帰ろうか?」


 エリーとサチコは揃って巣に帰る事にした。


  巣に帰ると、仲間達は例のダンスを踊っている。何処に行けば、より多くの蜜が取れるか? と云うダンスだ。何種類かの中から、自分にあった場所を選ぶ。


「サチ様、少し遠いですが山のブドウ畑に行ってみましょうか?」


 エリーの提案によりブドウ畑に行く事にした。そこは小高い山の中腹にあり、農家がブドウを栽培している場所だ。この町のスーパーの裏手にある。したがってサチコの実家から、さらに奥の位置にある。しかし、サチコは今ハチになっているので、風に乗ればすぐ行ける距離である。

 

 ブドウ畑に着くと、多くの仲間達が忙しそうに蜜の収穫をしている。


 そこには人間達がいたが、虫が来る事を歓迎しているみたいだ。なぜなら花粉の交配を、虫が行ってくれるからだ。サチコ達は午後からは、このブドウ畑から実家に通う事にした。

 時々、途中の野草や実家の庭の花から蜜を取ってコップへ蜜の雫を入れていった。


 夕日が落ちる前に巣に戻り、疲れた体を癒す。今日も疲れた様だ。無理も無い。まだサチコが覚醒して三日目なのだから。




 辺りは闇が迫って来た。今晩は曇りのせいか、月が浮かんでいなかった。










                             サチコ 三日目終了



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補足:再度、ミツバチの蜜の採取量と人形のコップ。オンブバッタ。


・ミツバチ一匹の一日の採蜜量は0.5㎖。ミツバチ一匹の採取日は精々二週間程度。(色々な作業分担を経て蜜の採取を行う為)故に、一生分の採取量は5㎖程度。およそ、ティースプーン一杯分しか無い。

 子供のコップや、普通の紙コップに入る量は200㎖。今回のままごと遊びの人形のコップの量は50㎖とする。晴れの日ばかりでは無いので、天候の悪い日には花の蜜は出にくい。ミツバチ一匹にて50㎖を採取するのは期間的に不可能。


・オンブバッタ。オスはメスの背中に乗っているのは、「交尾ガード」という行動。

オスの体長20㎜。メスの体長40㎜。

 卵から孵化すると何度も脱皮を繰り返し、サナギの時代を経由せず幼虫から直接成虫になります。(不完全変態といわれます)

・親が子供を背負っていると勘違いしてしまう姿や、一見してユーモラスな顔つきをしていますが、花壇や家庭菜園の花や野菜をかじります。注意ですね。

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