第6話 石の瞳と焔の翼

卸問屋・島原生駒屋。


同名である長崎の廻船問屋生駒屋から暖簾分けをし、瞬く間に島原の一角を牛耳るに至った商家で御座います。


便宜上、島原生駒屋と長崎生駒屋と今後は分ける事と致しましょう。


この御店、元の生業は金貸しでした。

金貸しを始めたのは、今の当主から数えて三代前。

養子である先代の頃から宗家を金主として、幾つかの商いを始めまして。


その中でも栄えたのが卸売り業で御座いました。


この時点でも地域の顔役といって間違いの無い、成功を収めた家柄であったのですが、店の命運を変えたのは此度の政変。


その際に、海運に特化した生駒屋と結びついた為、今や全国有数の商家に数えられるようになりました。


海運業として、生駒屋から暖簾分けをした島原生駒屋でしたが、あくまでも幾つもある家業の一つがそれでした。

海運業の業績が伸びに伸び、他のお店を飲み込み、海運業である島原生駒屋に看板が変わったのが現在の当主である五代胤頞の時。


この男こそが今回の海老蔵への依頼人です。


元々この五代というのは生駒屋に修行に出されていたのですな。

当時の情勢から見るに、生駒屋との店としての縁組の要素が強かったのでしょう。


しかしながら縁を繋ぐどころか、この五代、修行を終えますと島原で海運業を旗揚げし、卓越した商才を持って事業を拡大し、またたくまに本店ーつまりは実家をですなーを飲み込み、地域一帯の商業を牛耳る権力者に成り上がりました。


暖簾を分けた生駒屋でも屈指の語り草となっており、五代に憧れている者も多い。


しかしながら、成り上がれば悪く言われるのも世の常。


「御陰で親族一同からは店を売ったと言われておりますがな」


島原生駒屋が軌道に乗った折、名代として海老蔵がその祝いに遣わされたのですが、今やこの地域では押しも押されぬ大店の主となった男がそう零したのを良く海老蔵は覚えていました。


それもあり、海老蔵は何かしらの問題が生じたと聞いて馳せ参じたわけですな。

所詮は別々の店と店ですが、紡がれた縁は未だ両者を繋ぎ止めておる次第でして。


通された奥座敷にて、この商家の主が腰を下ろす様を海老蔵はボンヤリと眺めます。


最後に会って数年が過ぎましたか。

年の頃は四十手前になっているのだろうけども、それにしても顔色の悪さが目につく。

元々血色の良い方ではありませんでしたが、数年で更に。


背負った物の重さなのだろうか、と。


偉大なイエを背負ってしまった己とはまた違う、得体の知れない不気味な重き荷を男の陰に海老蔵は感じました。


「ご無沙汰しております。若様」

上座から頭を下げられ、思わず海老蔵は失笑を零します。


「勘弁してくださいよ、貴方に頭を下げられるのはマズい」

「そうは参りません。大恩ある生駒のご子息ですので」


などとザックリと省略しておりますが、まずは互いにジャブのご機嫌伺いですな。

お決まりの件を経て本題に、というのが、まあお約束なのですが、そこに嘴を挟む者が一人。


「ご子息って年でもないけどねぇ」


嘲笑混じりに言葉を紡いだのは勿論、白蘭。


「うるさいよ」


ここに着いてからやけに静かだった女に、海老蔵はこれでもかとため息を溢して視線を向けました。


…おや、と。

普段なら此処で一つか二つ皮肉の応酬があるようなものですが、女は不敵に笑っているのみ。

それも、その視線はー。


「そちらは…?」


向けられた視線に応えるは、重き荷を背負いし暗き貌。

それを見据えた女に浮かぶは、華の貌。


「お初にお目にかかります。私は白蘭。生駒屋の若旦那様の用心棒です」

「はあ、用心棒?」


死神に魅入られたような顔の色をした男が発するには何とも頓狂な声でした。

すぐに眉間に皺を寄せ、男は女の顔をまじまじと見ます。


「以前…どこかでお会いしたような…」

「他人のそら似ですわ」


バッサリと疑問を切り捨て、女はすくと立ち上がりました。

おいおいと海老蔵が止める間も無く、女は正面を見据えたまま口を開きます。


その視線の向かう先は、上座を通り過ぎ、さらにその先。


「あら、此方のご神体は岩ですか」

「ええ…まあ…伝来というわけでもありませんが…」


突然の問いかけに、流石に場慣れした大店の主でも戸惑いを見せる中、女は至極不快そうに鼻を鳴らしました。


「ふぅん、成程、成程。私も似たものを持っていますわ。私のは守り石ですけどね」


吐き捨てるようにそう言いますと、プイとそっぽを向いて女は座を離れました。


「失礼。少し外すわ」


去り際のその台詞が風に流れ、それからたっぷり間を置いてようやく五代は口を開きました。


「変わった…御方ですな…」

「…否定は出来んな。だが腕は確かでな」


幾分まだ凍っている場の空気に無理矢理熱を与え、二人は仕切り直します。


「本題に入ろう。何があった?」


はい、と五代は背筋を伸ばします。


「問題は二つです。一つは、維新の亡霊が現れました」

「何処のだ」

「恐らくは会津。年の頃から見て、朱雀の生き残りかと」


戊辰の亡霊。

会津にて生まれた四部隊が一つ。

無論、戦場に立っていない海老蔵は遭遇した事はありませんが、風の噂程度では知っておりました。

何でも、18〜35歳辺りの男子で構成された部隊とかー。


「成程、だからあそこの維新志士様は護衛を大層抱えていたのか。だが、別にそんなものはどうでもよかろう?」


苦笑を五代は零しました。


「ええまあ。たまに小銭をせびられるくらいですので可愛いものですな。厄除け代わりに置いていたのですが」

「余計な災いを呼ばれては堪らんね。しかし、問題が見えないが?」


別に維新の意趣返しならやらせてやれば良い、くらいに海老蔵は思っています。

あれほど苛烈な目に遭ったのなら恨みもあろう、と。

圧倒的に力で負けるのであれば、局地的に一撃離脱を繰り出すのも意趣返しならば有用だろう、と。

元々は己らがやっていた手口をやり返されるだけだ、と。


ですので、この大店の主が悩む理由が、海老蔵にはとんと見えて来ませんでした。


そんな海老蔵の顔色が一瞬で変わる一言。


「石を…盗まれました」


苦々しく発せられた五代の言葉に海老蔵は絶句し、何故先ほど白蘭と共に出ていかなかったのか酷く後悔をしました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

銀狐 異端明治開幕譚 ネイさん @Neisan-naisan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ