スキル:物欲センサーで現代日本無双!

たけや屋

ある日おれは【スキル:物欲センサー】を手に入れた。

 ある日おれは【スキル:物欲センサー】を手に入れた。


 はっきり言って意味がわからない。ゲームじみたスキルとかがいきなり手に入るなんて。リアル世界でスキルといえば、そりゃ努力して身につけるもんだ。エクセルスキルとか運転スキルとか料理スキルとか。


 ゲーム的なスキルをこの現代日本でどうやって使うの? コマンドやらアイコンはもちろんどこにも見当たらない。ステータス画面も開けない。


 でもなぜか【スキル:物欲センサー】を手に入れたってことだけは視界の端に映ってる。なんかVRメガネでも付けてるみたいだ。もちろんおれは眼がいいのでメガネもコンタクトレンズも付けたことはないんだが。


 さてどうしよう。精神科にでも行くか。


 行ったけどダメだった。

 視界の端に【スキル:物欲センサー】って文字が見える以外は、至って普通の少年だった。精神的にヤバいところはナシ。ついでに測った知能指数も平均値で問題ナシ。


「あなたどこも異常ありませんね」

 医者は平然とそう言った。普通じゃないから来たのだが。


「でも、今でもこの辺に見えるんですよ。右下あたりに【スキル:物欲センサー】って妙な文字が」


「ゲームのやり過ぎじゃないですかね。たまに来るんですよ、そういう患者さんが。ほら、スマートフォンのゲームみたいなのでひたすら同じステージを周回? するのがあるみたいじゃないですか。それをやり過ぎて、ゲームをプレイしていなくてもゲーム画面が見えてしまうっていう症状ですね」


「……おれそこまでゲームにハマってないんですけど」

「ほら……あんまり同じ場面ばっかり映してると、テレビやスマホの画面に焼き付いちゃうって現象ありますよね?」


「聞いたことはあります」

「それと似たようなものじゃないですか? あなたにとって印象的な言葉が視界の端に【焼き付いて】いるという精神状態。まあゆっくり寝ればいつの間にか治ってますよ」


 結局、精神科医は取り合ってくれなかった。

 これも【スキル:物欲センサー】の効果なのだろうか。おれは症状を知りたいと思ったから、スキルが発動してそれが得られなかった。物欲センサーといってもモノ以外にも効果があるのか。


 それからはスキルの効果を試してみることにした。

 まずは宝くじだ。できるだけ早く結果が知りたいので銀はがしスクラッチ式のやつを買った。


 物欲まみれだとセンサーに引っかかって当たらないに違いない。

 おれは無の境地でスクラッチを削った。

 無、無、無、無、無、無、無、無、無、来い……。

「…………ダメか」

 宝くじは全滅だった。

 やはり金銭が絡むと無意識のうちに物欲が出ちまうらしい。なので作戦を変えた。


 おれは手近なコンビニに入った。

 そしたらやはりあった。

 いわゆるコンビニくじだ。数百円を払って箱の中からくじを引く。くじをめくってそこに書かれている景品と交換できる。箱の中には今どの賞が残っているのかは張り出されているので、攻めるか撤退するかの判断もしやすい。


 おれはこの手のコンビニくじを今までやったことがない。1枚数百円を出すにしては、欲しいものが手に入りにくいと思ったからだ。

 しかし今なら【スキル:物欲センサー】がある。


 幸い、ディスプレイされている今の景品は全く知らない女性向けアニメの物だった。名前すら知らないし、欲しくもない。これなら物欲センサーが作動することはないだろう。


 1番上のA賞も、その次のB賞もまだ残っている。ていうか設置されたばかりなのか、ほとんど引かれていない。箱の中にはハズレも多くありそうで、運試しにはうってつけだ。


 何やらOL風のお姉さんがコンビニくじの景品一覧とにらめっこしていた。欲しいものが入っているのに、それを引ける確率が低そうで躊躇ちゅうちょしているといった感じだ。お姉さんは何やらスマホで誰かと連絡を取り合っている。友人と共同で引けば、アタリの確率も上がると考えているのだろうか。


 まあ、関係ないか。おれはレジの女性店員に声をかけた。コンビニくじはひとり5枚までと書いてあるが、欲しくもないものにそんな散財はできない。

「すいません、このコンビニくじっての1回引きたいんですけど」


「はい、じゃあこの箱の中から1枚引いてください」

 女性店員が箱を揺すると、わさわさと紙のこすれる音がした。在庫はたっぷりだ。


 おれは特になにも考えずにくじを引いた。

 A賞だった。


「え……いきなりA賞!?」

 店員のお姉さんが驚いていた。その物欲しそうな視線は店内にディスプレイされている景品に向けられていた。この人も狙ってたのだろうか。なんかコンビニ店員がこの手のくじをちょろまかしたってニュースで見たことあるし。


 A賞は…………なんか男キャラの人形だった。ひと抱えもありそうなぬいぐるみ。コンビニで扱う大きさじゃねえぞ。全く欲しくない。


「あの……A賞当たっちゃったんですか!?」

 OL風のお姉さんが、おれではなく店員のお姉さんに聞いた。なにか悲壮な表情でおれの顔と人形の顔を見比べている。

 なんで男がこのくじ引いてんだよ……みたいな面構えで。よほど欲しかったのだろうか。


「よかったらこれ、あげましょうか?」

 そんなおれの言葉を聞いた瞬間の、お姉さんの顔ときたら。

「え! いいんですか!? いいんですか!? ありっ——ありがとござます!」

 おれは生まれて初めて、見知らぬお姉さんから手を握られて感謝された。

 すげえ。【スキル:物欲センサー】すげえ。


 しかし快進撃はそれまでだった。まあコンビニくじの当たり程度を快進撃と呼ぶかは人によると思うが。


 知り合いのアニメ好きそうな女子に声をかけて、どや顔でコンビニに連れて行ってくじを引いたら全滅だった。

 まあそうなるか。最初は本当にどうでもよかったから【スキル:物欲センサー】が作動しなかったのだろう。しかし今回は純粋な下心がある。凄いところを見せてやろうと自信満々でくじを引いたなら、そりゃ物欲まみれって判定なんだろう。


 おれは女子にキモがられて終わった。あとには大量のF賞が残った。どうすんだコレ。

 どうやらこのスキル、一筋縄ではいかないようだ。

 しかしこれを巧く使えば人生勝ち組間違いなし。おれは傾向と対策を練ることにした。


 理想は物欲を完全に消して宝くじか競馬で当たりを連発することだ。

 しかしこれはそうそう簡単にはいかないだろう。おれみたいな小市民が金銭欲を消すなんて不可能に近い。しかしやらなきゃカネは手に入らない。何という難題だ。


 ◆ ◆ ◆


 それからは修行の日々が始まった。

 おれは競馬場に足繁く通った。場の空気に慣れることが大事だと思ったからだ。スタンドやパドックには、いかにもといった競馬親父たちはそこまで見当たらなかった。居るには居たが。億単位のカネが日々動くこの場所で、とにかく雰囲気に馴染むのだ。


 馬券なんてたいしたことない。おれは競馬場フードの焼きそばを食べながらそう頭にすり込んだ。


 おれはたまたまファンになった馬の券を買うだけ。

 そう、これはただの応援馬券の100円券。

 当たっても当たらなくてもどっちでもいい。いや、むしろ当たらない方が換金する必要もない。そのほうが記念品として持って帰れるというものだ。


 そのノリでおれはちびちび賭けた。

 すると不思議なことに、的中率はかなりのものだった。財布の中身がじわじわ増えていく。もちろん掛け金が100円だから大したことはないのだが。


 その日のレースが全て終わった後には、ちょっとしたバイト代くらいのカネを手にしていた。

「すげえ……」

 数枚の千円札を手に、おれは感動に震えていた。


 その横を、いかにもといった競馬親父が嘲いながら通り過ぎていった。

『たった数千円を当てたくらいで喜んじゃって、可愛いもんだぜ……』

 みたいに思っているのだろう。しかしそんなのは関係ない。


 なぜならおれには【スキル:物欲センサー】が付いているのだから。

 コレさえあればおれは無敵だ。


 似たようなことを数日間繰り返し、おれは勝ちを積み重ねていった。


 場の雰囲気に慣れるってのは重要だったみたいだ。もはや100円馬券なんてスマホゲームのログインボーナスと変わらない。

 つまり、おれにとっては『もらえれば嬉しいけどね』くらいの価値。完全に物欲の対象外だ。

 これなら【スキル:物欲センサー】も反応しない。


 そしてついに、スキルを活用して得たカネで、おれは新型スマホを現金一括で購入した。いつもならスペック表とにらめっこして、結局型落ちのロースペック機を買うというのに。


 おれは家に帰るまで待ちきれず、途中の公園で開封の儀をすることにした。

 新品の証であるビニールをペリペリとはがし、ぴったり密封された箱をゆっくり開ける。


 ああ、何という至福の瞬間。スキル無双の成果が今ここに!

 そして姿を現した、最新スマホの最高スペック。普段なら絶対に手出しできないような全部盛りだ。


 ああなんて素晴らしい! 【スキル:物欲センサー】サイコー!

 スマホを持つ手が熱を帯びる。


 おれにはこれから勝ち組人生が待っているんだ! 次は何をしようかな……100円馬券じゃさすがに勝ち金がショボいから、この次は株とか……。


 あれ?

 スマホを持つ手が熱を帯びる……っていっても、比喩的表現じゃなくてホントに熱いぞ? いや、熱すぎる! これはヤバい!


 おれは買ったばかりのスマホを放り投げた。

 次の瞬間、スマホは火を噴いた。

 そして爆発した。


 …………マジかよ!

 スマホが爆発するってのはたまにニュースでやってるけど、よりにもよっておれがそのハズレを引いちまったのかよ! 運が悪いにもほどがあるだろ。


 まあ、カネならいくらでも増やせるんだ。焦ることはない。

 買ったスマホがたまたま爆発レベルの不良品なんて、それこそ宝くじの1等に当たるレベルの不運だ。


 しかしその後も、おれの買うスマホはことごとく爆発した。公園で、帰り道で、さらには買ったばかりの店内で。

 いくら何でも運が悪すぎだろ! いったいどうなってんだ! 品質管理ちゃんとしろよ!


 そしてついには、新品箱入り未開封のままのスマホが深夜の自室で発火し、自宅マンションは全焼した。

 おれはなんとか逃げ出して事なきを得たが、私物は全て灰になった。


 なにこれ……。


 あれ? ひょっとしてこれも【スキル:物欲センサー】の効果なの?


 スマホが連続で爆発して、ついには自宅まで失うなんて、ただの不運とは考えられない。超自然的な力が作用しているはずだ。親になんて言おう……。

 おれがスマホ欲しいと思ってるから、物欲センサーが作動して絶対に手に入らないようになってるの?


 ンなバカな……そんなのってあるかよ。あまりにも理不尽だ。


 でも、宝くじレベルのハズレを連続で引き続けるなんて他に説明が付かない。

 欲しいものは絶対に手に入らないという【スキル:物欲センサー】の恐ろしさ。あまりにもデメリットがデカすぎる。その割にリターンを得るのは限りなく難しい。


 え……どうすりゃいいのこれ。このクソスキル消せない? どっかに返却できない?


 しかし現実世界にはスキルボードもステータス画面もない。

 ただ視界の端に【スキル:物欲センサー】という文字が見えるだけ。

 でもその効果は確実に発動している。


 どーすんのこれ。

 おれって、これから一生欲しいモンが手に入らないの?

 みんなが新製品とか買ってるのを、指くわで見てなきゃいけないの?

 おーい、誰かこのスキルどうにかしてくれよ!


 ◆ ◆ ◆


 それからは己との戦いだった。

 おれは寺に入門した。もちろん、座禅を組んで全ての欲望を消し去るためだ。そうすれば【スキル:物欲センサー】に邪魔されないで、欲しいものは全て手に入る。


 あれ? 欲しいものは手に入らないのか?

 まあとにかく修行を続けた。

 煩悩を消すという除夜の鐘もついた。


 おれは食事への欲望を消した。さすがに食欲そのものを消すのは不可能だけど、日々の食事は米と草と豆だけになった。


 女への性欲も消した。もはや町中で美人さんの胸元が見えても視線が動くことすらない。まあ……たまたま視界に入っちゃうことはあるけど。


 そしてついには物欲も消した。スマホなんか型落ちの旧機種で充分だ。服も家具も適当でいい。


 相変わらず視界の端には【スキル:物欲センサー】の文字が見えている。だけどもはや、おれがスキルにわずらわされることもなくなった。なにしろ欲しいものなんて何にもないんだから、物欲センサーが発動することもない。


 なにも欲しいものがない——それはすなわち全てを手に入れたのと同じこと。禅寺ぜんでらの坊さんがそんなことを言っていたのを思い出す。

 おれは人生の勝ち組になった。


 だってこの世の全てを手に入れたのと同じなんだから。

 どんな聖人も皇帝も、世界の全てを手に入れたやつなんていない。おれが世界初の偉業を成し遂げたのだ! この世界の王だ!

 これも全ては【スキル:物欲センサー】のおかげだ!


 と人生の幸せを噛みしめていたところ、カタンと郵便受けに何かが入ってきた。

 おれはその封筒をとってきて封を開ける。そこにはこうあった。


『先月分の家賃が引き落としできませんでした。つきましては、こちらの支払い用紙で速やかにお支払いいただきますように——』


 え……マジかよ。カネとか無いよ……。

 こうなったらまた100円競馬でこつこつと稼ぐしか……。


 おれは再び競馬でちまちま勝ちまくり、ついでに余った金で最新スマホを買ったが、やはりそれは火を噴いてアパートを焼いた。おれは大家に前歴がバレて疫病神としてアパートをたたき出され、ホームレスになった。


 何とかその境遇から這い上がり、おれは真面目にバイトからやり直した。そのバイト先で謎のガス爆発が起こり、物理的に消えた。


 安住の地すら手に入らないとかどうなってんだよこの物欲センサーは……呪いかよ。神でも仏でも悪魔でもいいから、このクソスキル消してくれよ!


 しかし【スキル:物欲センサー】の文字は、別に光ったり話しかけてきたりすることなく、いつまでも視界の端に映っていた。

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