第2話
2053年5月12日(木)お昼休み
学校まであと少しだったために弥生は深紅への追求を諦めざるを得なくなっていた。
まったく、深紅ったらいっつもゲームの話ばっかりなんだから。
夢中になることがあるのはいいことだとは思う。だがそれも限度というものがあると弥生は思う。寝不足になってまでゲームにのめり込む深紅をどうやってもう少しまともな生活習慣に戻してやるかを考えるが、深紅がゲームを辞めるはずもないので、いかにしてその時間を短くさせるかが焦点になってくる。
でも、とも思う。
去年の夏、8月21日、22日に行われた第2回アブソリュートウェポンズ世界大会を弥生は動画配信サイトで見ていた。世界ランカーとして予選である21日のトーナメントを軽々と勝ち抜き、22日のベスト8から始まるトーナメントを手に汗握って深紅の活躍を祈っていた。
そして決勝の舞台で戦い、見事優勝した深紅を見たときには少し感動したくらいだ。
並み居る世界ランカーたち強豪を打ち破って手に入れた優勝の栄誉。
深紅--クリムゾンの名前は世界で通用する強豪プレイヤーとして認知されるほどになっていることに羨ましい気持ちがなかったわけではない。
たかがゲーム。されどゲーム。
プロゲーマーと呼ばれる職業があるくらいだから世界ランカーともなるとそうした職業への道も拓けてくる。深紅がどういう進路を考えているのかはまだ聞いたことはないが、VR格闘ゲームで優勝したことがある、と言う実績はプロゲーマーになるには十分すぎるほどの実績だ。
好きなことを職業にする。
それはとても素敵なことだと思うし、弥生だって好きなことを仕事にすれば毎日が楽しいだろうなとも思う。実際はそんなに楽しいことではないのだが、まだ高校2年生の弥生にとっては好きなことを仕事にすると言うことはとても楽しいことではないだろうかと漠然と思うだけだ。
それでも深紅が選んだ道ならば応援したい。
幼馴染みとして深紅がそう望んだのであれば弥生には止められない。
そんなにゲームって楽しいものなのかな?
VR機器が当たり前になっている今の時代、フルダイブ型のゲームは巷に溢れかえっている。その多くはVRMMORPGだが深紅がハマっているような対戦格闘ゲームも少なからず存在する。他にもシューティングやシミュレーションなどと言ったフルダイブ環境ならではのゲームは多数存在する。
もちろん弥生もVR機器は持っている。予備校などはオンラインで講義を受けられるからVR機器はなくてはならない存在だ。
だがゲームとなるとそこまでしようとは思わない。何よりゲームをしている時間がない、と言うのが一番大きい。
朝深紅も言っていたが弥生は弓道部の副部長でレギュラーとして練習をしないといけない。それに大学受験に向けた予備校のオンライン講義も受けないといけないので、とてもではないがゲームに割く時間なんてないのだ。しかもそれ以外にも共働きの両親に代わってまだ小学1年生の双子の弟と妹の面倒を見ないといけないから、ゲームをしようとすると予備校のオンライン講義を削るか、睡眠時間を削るかのどちらかをしないと時間を捻出できない。
そこまでする余裕が今の弥生にはない。
だから深紅がライセンスは買うからと言っても断り続けているのだ。
学校に行って授業を受けてお昼休みには仲のいい杏や香里奈と一緒にお弁当を食べて、また授業を受けて、帰って双子の世話や宿題をすませて、ときには夕食の準備もして、予備校のオンライン講義も受けて。
そんな生活をしている中でどうやったら深紅が夢中になるゲームの世界を体験すればいいのかわからない。
そういえば杏も香里奈もゲームはやっていたはずだったことを思い出す。
ふたりにゲームのことを聞いてみれば少しは深紅がゲームに夢中になる理由がわかるのかもしれないと思ってお昼休みにお弁当を食べるときに尋ねてみた。
「ふたりともゲームはやるんだよね? どんな感じなの?」
五月晴れのいい天気の日には中庭のベンチでお弁当を食べるに限る。そう言ったのは杏で、弥生、杏、香里奈の3人は連れだって中庭のベンチでお弁当を食べていた。
「何? 突然」
「意味不明」
お弁当を食べながら杏、香里奈の順に答えが返ってくる。
「いや、あたしってゲームとか全然やらないからさ。ふたりはゲームやる人だからゲームってどんな感じなのかなぁって思って」
「うちはゲームっちゅうても環境型のゲームしかやらんからなぁ。水族館や動物園とか、そういう系統のゲームしかやらんで。香里奈は確かVRMMORPGやってなかったっけ?」
「うん、やってる。でもあれ、ほとんどネットの友達とだべるためにやってるようなものだから。たまに一緒にクエストとかはやるけどわたしのレベルはそんなに高くないから簡単なクエストをわいわい話しながらクリアするくらい」
「それって楽しい?」
「面白いよ。動物園なんか実際に触れて感触とか本物そっくりにできてるしね。うち、マンションでペット禁止だから動物に触れ合えるのってそういう環境型でないとできないからさー」
「わたしはネットの友達とおしゃべりしてるだけでも楽しいよ。好きな本の話とかで盛り上がるときとかすごい楽しい」
「ゲームって言ってもやることは人それぞれなんだねぇ」
「うん、そう。楽しみ方は人それぞれ。別にゲームのルールに縛られる必要性も皆無。人の迷惑にならなければ好きなことを好きなようにやっても問題なし」
「そういうものなんだ。うーん……」
「どした? 深紅に影響されてゲームに興味出てきたん?」
「そういうわけじゃないけど、ほら、深紅ってゲームの大会で優勝しちゃうようなすごいプレイヤーじゃない? そこまでハマれるものってどういうものなんだろうって少し気になっただけだよ」
「試しにネットで人気のあるゲーム検索してダウンロードしてみたらいいんじゃない?」
「それはお金がもったいないからやらないよ。すぐ辞めるかもしれないものに何千円も掛けるなんてできないし」
「まぁそれもそうか。高校生のお小遣いじゃゲーム1本買うのにもハードル高いわなぁ」
「わたしは余裕綽々」
「さすが有名ブロガーは違うねぇ。アフィリエイトでいくら入ってくるんだっけ?」
「月10万はくだらないよ」
「さすがだわー。うちもそういう才能があれば金に困らんのになぁ」
「あはは……。杏ちゃん、そんなに何に使うつもりなの?」
「そりゃぁ色々だわ」
「色々ねぇ。香里奈ちゃんは本だっけ?」
「うん。主に文庫本に消える。それでも余るから貯金は増加傾向」
「すごいよね、香里奈ちゃんは」
「それほどでもある」
「認めるんかい!」
杏のツッコミが入ってから3人でぷっと吹き出す。
ゲームの話だったはずなのに、いつの間にかいつもの3人の会話になってしまっていた。
だがこれが仲のいい友達というものだ。話題がコロコロ変わってとりとめもない話で盛り上がれる。いつだって笑いが絶えなくて一緒にいると楽しい。気の置けない友達といる時間は深紅と一緒の時間とは違った安らぎがあって心地いい。
「あー、笑ったー。で、何の話だったんだっけ?」
「杏がいつもお金に困ってるって話じゃなかったっけ?」
「ゲームの話だよ」
「それだ!」
「弥生ちゃん、ゲームを買うお金がないって言うけど深紅くんが買ってくれるって言ってなかったっけ?」
「あー、そうなんだけどやる時間がないからって断ってるのよ」
「金がかからないならやってみればいいじゃん。何事も経験だよ」
「そうかなぁ」
「そうそう。何事もやってみなくちゃわからない。それに深紅くんと同じゲームなら深紅くんに手ほどきしてもらえるから気軽に入れると思う」
「そ、そうかな?」
「そうそう。金もかからなくてインストラクター付き。いい条件の物件じゃんか」
「不動産屋じゃないんだから」
「でも試しにやってみるくらいなら慣れた人と一緒のほうが安心。何もわからないままやって右往左往するくらいならベテランがいるほうが確実」
「だぁやねぇ。まぁ最終的には弥生の判断に任せるけど、意外とやってみると楽しいってこともあるかもしれないよ」
「そうだね。食わず嫌いはよくないよね」
「そうそう。本も面白くなくても全部読んで元を取らないと損」
「微妙に話がずれてるような……」
「そうかな?」
小柄で童顔の香里奈が小首を傾げるとさらに幼く見える。だが、香里奈の言わんとしていることもわからなくもない。面白いか面白くないかは実際に体験してみないことにはわからない。本も最後まで読まないと面白いか面白くないかの判断はつけられない。似ているようで似てないし、似てないようで似ている。
とにもかくにも結論は『やってみないことにはわからない』だ。
また今度深紅が誘ってきたら一応OKしてみよう。
そう考えて杏と香里奈ふたりが話しているのを聞きながらお弁当の続きを食べ始めた。
アブソリュート ~絶対的な強さを求めて~ ウンジン・ダス @unfug
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