第7話 抜け穴フラフープ!
その日はとっても大雨。大きな粒が空からぽたぽた降ってくる。
傘をさす子供たちは遊びだすが、ハナコは良い子なので、さんぽセルを引きずらせて帰ってきた。
「ただいまー」
「お帰り。ハナコ。おやつあるから、ドジえもんと食べなさい」
「やったー! お父さん、ありがとう!」
ハナコが居間に走り、ドジえもんに飛びつく。
「ドジえもーん!」
「うわっ! つめたっ! なんだ! びっくりした!」
「外では雨がふってるんだもん。濡れちゃってびっしょびしょ!」
「お前、風邪ひくぞ。風呂に入ってきたらどうだ?」
「んー。お父さんに聞いてみるー」
ハナコがキッチンに行くと、家のベルが鳴った。お父さんが叫ぶ。
「ドジえもん! 手が離せないから出ておくれ!」
「あー、はいはい。よっくらしょっと。……はいはい。どなた?」
ドジえもんがドアを開けると、チヨコとサチコが立っていた。
「これはこれはドジえもん! ごきげんよう! 遊びに誘ってあげにきましたわ! あんたも誘ってあげる! ハナコと来なさいな!」
(こいつらなんだかんだ遊びに誘ってくるよな……)
「あら? ハナコはどちらかしら?」
「あいつなら風呂入ってるぞ」
「まあ! ハナコごときが、こんな時間にお風呂だなんて! なまいきな!」
「すげー濡れて帰ってきたんだよ。お前らも中入れ。風邪引くぞ」
「ええ! お邪魔するわ!」
自分の家のようにチヨコが入っていき、サチコも入り……チラッとお風呂場の方向に目を向けた瞬間、視界にドジえもんが入ってきた。
「ハナコの部屋は二階だぞ。わかってるな?」
「……」
「いちいち睨むなって。めんどくせーなー」
三人で二階に上がり、ドジえもんがショルダーポケットを弄った。
たららら、ららら、ごまだれー!
「とりあえずこいつで遊んでろ」
「まあ、なんですの? それは?」
「抜け穴フラフープって言ってだな。この付属の地図に着地点を設定するんだ。で、付属のクッションを敷いてだな、どれ、チヨコ、入ってみろ」
「わ、わたくしが入るの!?」
「サチコ入るか?」
「ドジえもんはあたいが嫌いみたいだから、何されるかわかったもんじゃねえ。おい、チヨコ、行って来い」
「お前が悪いことしなきゃ、あたしだって叱らねえわ!」
「わかりました。サチコさんが言うなら……うう、こわくない、こわくない……てやっ!」
チヨコが抜け穴の中に飛び込むと、着地点に決めたハナコの部屋のクッションの敷いた場所に落ちてきた。
「きゃー! なにこれー!」
「おら、サチコも行け」
「……それっ」
サチコが天井からクッションの敷いた場所に落ちてきた。それを見てチヨコが手を叩いた。
「すごーい! もういっかーい!」
「それっ」
「あはは! サチコさん、次わたくしの番ですのー!」
(よしよし、とりあえずハナコが上がるまでこれで遊ばせておくか)
「サチコさん! すごい飛び方して、ハナコに自慢してやりましょう!」
「うりゃっ」
「きゃー! サチコさんったら素敵! わたくしだって負けないんだからー!」
「(ん。なんかむずむずしてきて……)はっくしゅん!」
ドジえもんの手が何かを押した。
「うべっ、ティッシュ、ティッシュ」
「次サチコさんの番ですわよ!」
「うりゃっ」
「ずびびっ!」
「……あれ?」
チヨコが首を傾げた。
「ねえ、ドジえもん。サチコさんが落ちてきませんわ」
「ずびびーっ! ふー! ……え? なんだって?」
「サチコさんが落ちてこないの」
「は? なんで?」
ドジえもんが地図に振り返った。着地点が変わっている。
「あれ、ここって」
次の瞬間、お風呂場から凄まじい悲鳴が聞こえた。おっと、こいつはまさか……!
「きゃーーーー! サチコさんのえっちー!」
「やべっ。ドジっちまったぜ!」
ドジえもんが急いで浴室に下りていくと、ずぶ濡れになったサチコがドアを開け――ドジえもんに殺意のオーラを向け、木刀を構えた。
「お前……そんなにあたいが嫌いか……」
「待て。話し合おう。今のはあたしが悪かったよ。ドジっちまってさ」
「ドジれば何してもいいのかよ!!」
「おいおい! 濡れたからってそんな怒んなって! んだよ。浴槽の中にでも落ちちまったか?」
そこでドジえもんは、はっと気が付いた。サチコの頬に、叩かれたような手の痕があることに。
「……サチコ、まさか……」
「……せいだからな……」
サチコの目が潤んだ。
「ハナコに嫌われちまったら、お前のせいだからな!!」
「いや、すでに嫌われてるー!」
「この責任どう取るつもりだ! ゴルァ!」
「うわわ! こんな狭いとこで暴れるなってば!」
「ドジえもんんんんん!!」
「えーと、あれでもないこれでもないえーとえーと! ……あっ!」
たららら、ららら、ごまだれー!
「地面に落ちてたハナコのぱんつー!」
サチコの手に渡す。
「ふう。こんなところにハナコがぱんつを落としてたなんて、運が良かった。ほら、これでいいだろ。受け取れよ」
サチコがぱんつを後ろに放り投げ、ドジえもんの胸ぐらを掴んだ。その目は悲しみに嘆いている。
「あーーー! 待て待て待て待て! ちゃんと話し合おう! 大丈夫! あたしは逃げねえからさ!」
「ドジえもんんんんん……!!」
「な、殴るのだけはごかんべんー!」
「あれ、これは……」
サチコとドジえもんが一斉に振り返ると、そこにはタオルで体を巻いたハナコが、サチコの放り投げたぱんつを見ていた。
「ひょっとして、サチコさん、わたしに落としたぱんつを届けてくれたの?」
「「え?」」
「あの、着替えのところになかったから、その、たぶん、床に落としてたよね……?」
サチコとドジえもんが目を合わせた。そして再びハナコを見て、こくこくこく! と強く頷いた。
「そ、そういうことなら、言ってくれたらよかったのに! わたし、びっくりしちゃって……! つい!」
つい、で人を叩いてしまうタオル姿のハナコがサチコに歩み寄った。
「た、たたいてごめんね! サチコさん!」
「っ」
濡れたハナコの輝く姿に、サチコの胸がドキンっ! と高鳴り、ドジえもんから手を離した。あ、いて! 腰を打った! ドジっちまったぜ!
「ほっぺた、だいじょうぶ!?」
「……うるせぇなぁ……。ハナコに叩かれたくらいで……痛くねーし……」
「本当にごめんね! び、びっくりしちゃって!」
「べ、べつに、平気だし……」
「えーっと、えーと!」
ハナコの手がサチコの頬に触れると、サチコが固まった。
「いたいの、いたいの」
必殺奥義。
「とんでけー!」
その瞬間、脳天に萌と可愛さと愛おしさと尊さと慈しみたい気持ちとその他諸々が雷電となって叩き落ち、凄まじいショックと衝撃に耐えきれなかったサチコが勢い良く鼻を押さえた。そこからは……血が落ちてくる。
「きゃあ! ドジえもん! たいへん! サチコさんが血を流してる!」
「安心しろ。ハナコ。サチコが流してるのはただの鼻血だ」
「わ、わたしのビンタが……! そこまでの威力をもってるなんて!」
「ハナコ、上にチヨコがいるからさっさと着替えて遊んでこい」
「あ、わかったー」
「サチコ、鼻つまんで上向け。ほれ、ティッシュ。とりあえず止まるまで上向いてろ。で、止まったらハナコと遊んでやってくれ」
ずぶ濡れサチコが上を向いたまま頷き、頭の中で何度も頬に触れてきたハナコを思い出し、反芻し――その心は幸せに満ち溢れていた。
みんな大好き。ドジえもん! 石狩なべ @yukidarumatukurou
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