第10話 どうしたんでしょうね…

「捨ててはいない…」


 薬局の同年代の女性に訊くとたいがいこんな応えが返ってきます。


 ティファニーのオープンハートのネックレス。


 これも若い方には想像もできないことだと思いますが、僕らが学生のときはやりました。

 今でもありますよね、ティファニーに…

 でも当時は本当にすっごくすっごくはやりました。


 あまりに売れすぎて「売り切れ証明書」なるものが出たそうです。

「ごめん、買いに行ったけれど買えなかった…」

 と彼女に言うためだそうです。


 男性の僕が見ても確かにかわいいデザインでした。


 もてない僕がこれを最初に見たのはやはりヨット部内でした。


「へぇ~これがそうなんだ…」

 見せてもらったことがあります。

 後輩女子のえりにね。


「誰にもらったの…?」

 と訊いてはいけないことを訊きました。


 訊いてはいけないことなので、

 姉妹に買ってもらったとか、

 自分でお金を貯めて買ったとか、

 同期の河井ちゃんがバースディーにくれたとかは書きません。


 さて…。


 あの30年前に男性がこぞって買ったオープンハートは今どうなっているのかな…と思うのです。


 ヨットに持ってきても…というのがあるのですが、きっと女子部員、みんな素敵な女性ばかりだったので誰かからもらっていたりしていたでしょう。

 見せないだけで…。


 首から下げている…といえば。

 僕も女子部員も実はヨット部の人達って、たいていいつでも”金属”を下げています。


「シャックルキー」といいます。


 ヨットの艤装、セイルやその他の装置をヨットに設置するさいにねじを締めたりする簡易な器具ですね。


 ヨット部のあかしとして大学にいるときも首から下げていた人もいました。


「これあげるよ、これをオープンハートだと思ってくれ」

「ありがとうございます!」


 後輩女子にシャックルキーをあげたりしました。安いものですし予備で持っていましたから。


「先輩、本物はいつくれるのですか…」

「ヨット部員にとっては、それが本物だ、それこそおれのオープンハートだ!」


 よく寸劇してました。


 娘も大学生になりました。

 自分の学生時代と比べてしまうのです。

 そこで思うのです。


「数十年前に、俺 “達” があげたあのオープンハート…今はどうなっているんだろうね…」

 この場合、本物も偽のシャックルキーも含みます。

「あの麦わら帽子…どうしたんでしょうね…」

 みたいなものです。


 小説「人間の証明」では少年時代の

 淡い思い出の麦わら帽子ですが、

 僕らにとってはバブル世代の青春がたくさん詰まったオープンハート…


 どうしたんでしょうね…


 ヨットの上で…(肆) 終わります。


     了

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ヨットの上で…(肆) @J2130

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