第32話 決意と帰宅

 山手線で、電車で揺られ二十分ほどかけて、品川に向かう。明美を挟んで座る歩と省吾、一言も言葉を交わさないまま、時間が流れていく。

 <品川、品川…>車内アナウンスが流れ、各々に立ち上がり、下車側のドアに向かう。先に歩の姿。明美に続いて、少し離れて省吾の姿。間に挟まれた明美は、たまったものではない。

 プル・プル・プルル・・・

電車を降りた途端、歩の携帯の呼び出し音が鳴る。(カオルママ)と、携帯の表示。

 <もしもし…>沈んだ気持ちのまま、携帯に出る歩。受話器の向こう側、いつもの元気のいいカオルの声が聞こえくる。

 <歩ちゃん、今、品川の新幹線の改札の前に居るんだけど。もう中に入った>

 「いいえ、今、品川に着いたとこです。」

 歩は、人の流れから逸れた場所に、身体を移動して、そんな言葉を口にする。

 <そうか、車の私の方が早かったんだね。お盆で、道が空いていたからね。じゃあ、新幹線の改札の所で待っているから、早くいらっしゃい>

 「はい。」元気のない返事。さっきの事が効いているのだろう。山手線の電車内、二十分ほどの時間があったのに、自分の方から、言葉をかけられなかった苛立ち。省吾の怒りもわかってはいるが、どうしても、自分の方から声をかける事が出来なかった。部屋を出る前に、何度も謝った。なのに、省吾の態度は、一貫にして変わらない。この一カ月足らずの間に、色んなものを与えてくれた省吾に対して、こんな態度しか取れない自分に怒りを覚えている。

 何の進展もないまま、三人は、カオルの待つ改札口に向かう。

 「歩ちゃん、良かった。行き違いにならなくて、良かったわ。」

 そんな言葉を上げて、歩に駆け寄りハグをするカオル。遠目に見て、何やら、重たい空気を感じ取ったのか、カオルの身体を力いっぱい抱きしめる。

 「明美さんね。お久しぶり。」歩の肩越しから、そんな言葉を口にする。

 “ペコリ”と、軽く頭を下げる明美の姿の後ろに、省吾の姿を見つける。

 省吾は、そんなカオルと視線も合わさず、乗車券販売機に向かって、足を進める。

 <ホイ>そんな言葉と一緒に、乗車券と特急券を、歩の手に渡す。

 <ありがと>想像もしていない省吾の言動に、そんな言葉しか出てこない。

 <名古屋までで、ええやんな>無表情のまま、口にする言葉が耳に届く。手渡すと、そのまま、明美とカオルに入場券を渡すと、一人で自動改札に向かって、足を進めた。

 <何か、あったの>異常とも思えるその場の雰囲気に、カオルは、明美に向かってそんな言葉を口にする。

 <はい、ちょっと>苦笑いをして、省吾の後を追いかける。その後、カオルは、歩の肩を抱きながら、改札口を抜けていった。


 <あと、二十分ほどあるね>でっかいデジタル時計と、新幹線の時刻表を見比べて、そんな言葉を口にするカオル。

「大人げない人のおかげで、朝御飯食べないでしょ。ほら、省吾、買ってきなさいよ。」

ホームに着くまでの間に、歩から、ある程度の事を聞き出したカオルは、皮肉ぽく、そんな言葉を口にした。歩は、まともに省吾の事を見られないでいる。

<私が行ってくる>省吾の顔色を見て、明美がそんな言葉を発した。周りをキョロキョロ見渡し、売店を探す明美。

「いいのよ、明美さん。私は、省吾に行きなさいって言っているの。わかるわよね。」

徐々に、目つきが鋭くなっていくカオル。言葉を言い終わる頃には、睨みつけていた。

<…>何か、言葉にするも、聞き取れない。ブツブツと文句を言いながらも、後ろ身を見せる省吾。さっきまでの苛立ち、怒りは少し冷めている様である。

<あっ、そうだ>省吾を睨みつけていた瞳が、穏やかになり、声色も優しくなる。

「歩ちゃん、これ…お土産、買っていないでしょ。雷おこしに、とらやの羊羹、御門屋の揚げまんじゅう、これ結構お勧め…はい、持って行きなさい。」

カオルは、手に持っていた紙袋の中身を見ながら、歩に差し出した。

<そんな、悪いです>お土産の事は、何も考えていなかった。両親にお土産…東京に、観光に来たわけではない。まして、説得、いや、喧嘩、父親との戦いに出向くのである。必要がないと思ったので、歩は断わりを入れる。

「歩ちゃん、いいかい。ご両親に納得してもらう為に、帰るんでしょ。おじさんおばさんは、ものに弱いものなのよ。とにかく、持って行きなさい。」

ニコリと笑って、そんな言葉を口にする。そんな事を言われては、断る事など出来やしない。歩は、紙袋を受け取り、頭を下げる。

「ほぉい、買ってきたぞ。サンドイッチでいいか。」

まだ、わだかまりを持っているのだろう、ぶっきらぼうな態度。ビニール袋一杯に、腕を真っすぐに伸ばし、歩に差し出す。

<何、省吾、買いすぎじゃないの>脇からカオルが、袋の中身を覗き込む。

「私も、朝御飯食べてないから、一つもらおうと…」

続き様に、そんな言葉を発しながら、省吾の持っていた袋を奪い取る形になっていた。

<あぁ>カオルのそんな言動に、情けない声を上げる省吾。カオルに傍にいた明美も、腹の虫が鳴る。

<私も…>カオルが奪い取った袋を、遠慮気味に覗き込んでいた。

「明美ちゃん、どれにする。私はカツサンド。」

「じゃあ、私は、ミックスでいいや。省吾は…」

無意識にそんな言葉を発して、省吾の顔を見上げると、とても悲しそうな表情をしている。もちろん、省吾のみんなの分を買ってきたわけではない。歩に買ってきたものである。どんなものが好きなのか分からないので、店にあるサンドイッチの種類全部が、この袋の中にある。

<ええ加減にしとけよ>明美を軽く睨みつけ、ドスのきいた声を発して、袋を奪い返した。

「歩、これ!なんや、俺の方が、大人げなかったわ。」

そんな二人の言動が、いいきっかけになったのか、歩の顔を見て、そんな言葉を口にする。二人は、やっと目を合わせた。

「だから、俺が言いたいのは、別に、うまくいかんでええ。両親と話す事が大事や。うまくいかんでも落ち込まんで、帰って来い。」

照れくさそうに、そんな言葉を口にする。省吾の本音の言葉。そんな二人の姿を見て、カオルは微笑む。

まばらの乗客がいる品川駅、新幹線ホーム。言葉に出来ない歩が、コクリと頷く。

「そうだよ。私達は、待っているからね。明日、必ず、帰ってくるんだよ。」

カオルが、そんな言葉を口にした後、ホームに新幹線が入ってきた。

「歩君、明日、おいしい夕食、作って待っているからね。」

「ああ、それに、総一郎にも逢ってもらわんといかんし、これからの事も、話さなあかんやろ。」

新幹線が止まり、ドアが開く。省吾は、慌てて、言い残しがない様に言葉を並べる。まだ、言葉が出ない歩。

<ほら、乗りなさい>発車まで、少し時間がある。ジィーと見つめるだけの歩に対して、カオルがドアまで導く。

“ピぃー!”(ドアが閉まります)

ホームアナウンスが流れた途端、歩は口を開く。

『明日!明日、夕方には、帰るから…カオルさんも、電話するから…絶対に帰るから、待っていてください!』

そんな言葉が言い終わった時に、タイミングよくドアが閉まる。低音のモーター音が振動に変わりも歩の身体に伝わってくる。必死に手を振っている明美の姿が視界に映った。胸に熱いものを感じる。目じりに、熱いものが込み上げてくる。

カオルは、何かを話している。パクパクと動く口元が見える。叫びながら省吾は、動き出す新幹線につられている。そんな友人達、いや、恩人達に、必死に手を振る歩。あっという間に、景色が変わっていく。しばらく、その場から動こうとしない。そして、深々と頭を下げた。誰もいないドアに向かって、ものすごい速さで動く景色に向かって、歩は頭を下げた。後ろ向きなものではなく、前向きなものを胸に抱き、感謝を込めて、頭を下げた。省吾とカオルと出会ってよかった。亨と明美、蘭子と知り合ってよかった。そして、この東京に来てよかった。夢を、生きる目的を見つけられてよかった。私は、NEUTRALだった自分のギアを一速に入れようと思う。


私は今、走り出す。

                         了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Neutral(私の夢の見つけ方) 一本杉省吾 @ipponnsugi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ