第31話 ブ~たれる省吾
ムスッとした省吾が、歩の後ろ身を見ながら歩いている。省吾の後ろ脇に、明美の姿も見える。この三人の間に、何やら重たい空気が流れていた。
<俺は、何も聞いてへんぞ>
今朝の玄関先で、そんな言葉を喚いていた省吾。
<別に、明日には帰るんやから…>
歩は、靴紐を結びながら、そんな言葉を返す。玄関に腰を下ろす歩は、ブレザーを着ている。家を飛び出してきたあの日以来、腕を通していないから、約一カ月ぶりになる。
<省吾、そんなに怒らなくてもいいじゃない>
どうにかして、省吾の怒りを納めようと、二人の間に入る明美だが、そう簡単には怒りが冷めてくれない。
いつもであれば、自転車で移動している道。中央線中野駅まで、三人は何も話さず、足を進めていた。中野から新宿までの電車の中、お盆と云う事もあり、まばら乗客の中、歩と省吾は、離れて座っていた。
「別に、来なくてもいいじゃない。」
思わず、歩がそんな言葉を呟く。ムスッとした態度のままの省吾に対して、腹を立ててしまう。
「省吾、いい加減にしてよ。言わなかったのは悪いと思うけど、こんな事で、怒らなくてもいいでしょ。」
省吾の隣に座る明美は、そんな言葉を掛けるが、何も言おうとしない。
「もう、いい加減にして!」
さすがに、明美がそんな言葉を口にして立ち上がる。新宿に向かって動いている電車の中、足元をふらつきながら、歩の元に足を進める明美。
省吾は、お盆に一時里帰りをする事を言ってくれなかった事に、腹を立てているわけではなく、明美が知っていた事に腹を立てていた。
「もう、子供なんだから、ねぇ、歩君。」
そんな言葉を発しながら、歩の隣に陣取る明美の姿。
「話したくても、昨日も、おとといも、酔っぱらっていたじゃないの。」
<そう、そう>ガラーンとした電車内、そんな二人の会話が、省吾に届いているのだろうか。相変わらず、ムスッとした表情のままの省吾であった。
山手線の新宿駅のホーム、明美の腕に自分の腕を絡ませている歩。そんな二人から、少し離れた所で、電車を待っている省吾の姿が、何か、寂しそうに見える。
プル・プル・プル…
歩の携帯の呼び出し音が鳴っていた。二人で、ワイワイガヤガヤ、つまらない雑談で盛り上がっていた二人の口が、ぴたりと止まる。
<あっ、カオルさんだ>携帯の画面を見て、そんな言葉を発する。
(もしもし、歩ちゃん、今どこ!)
携帯に出た途端、そんな言葉を話しかけてくるカオル。
<新宿です>咄嗟に、返答をする。
(新幹線、品川でしょ。)
<はい>カオルは、立て続けに言葉を重ねてくる。
(そう、良かったわ。私、今から出るから間に合うわね。品川に着いたら、また、電話するから、じゃあね!)
カオルの独壇場で、携帯が切れる。見送りに来てくれるみたいである。断ろうと思う歩は、何の言葉を発せられず、切れた携帯を見つめている。携帯に耳を当てて、そんな会話を聞いていた明美。
「よかったじゃない。カオルさん、来てくれるんだ。」
そんな言葉を、大きな声で言ってしまう。明美は、悪気はないのだろう。明らかに、省吾の耳に入ったと思う歩は、ハッとする。恐る恐る省吾の方に視線を向けると、明らかに、省吾の表情が変わっている。スローモーションのように、血相を変えた省吾が、歩達の近寄ってくるのが視界に入る。
「あ・ゆ・む!お前は…明美だけじゃなくて、カオルにも…俺には…」
襲いかからんぐらいの勢いで、歩に近づく省吾。明美は、体当たりする様に、省吾を止めに入る。
「省吾、省吾。やめなさいって…」
全身の体重を後ろにかけて、踏ん張る。そんな事などお構いなしに、前に進もうとする省吾がいた。
「省吾さん、いい加減にしてよ。省吾さんが、言ったんじゃないですか!」
新宿のホームに、そんな歩の声が響き渡る。真剣な表情で、省吾の顔を睨みつける歩が言葉を続ける。
「親を、納得させてから、戻ってくればいいって言ってくれたじゃないの。」
そんな歩の言葉が、耳に入った時、省吾の表情がピタリと止まる。もちろん、力の込めた全身が緩んでいく。そんな時、ホームに電車が入ってくる。その後、何も言えないまま、省吾は電車に乗り込む。中央線と違ったのは、三人並んで同じ席に座っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます