現実逃避

#365日ショートショート 246

　男は受付に500円を払った。

　脱衣所を抜け浴室へ。体を洗い、水気を拭いてから、サウナへと入る。上段の方が温度が高い。そこに腰掛け、目を閉じる。じわり、じわりと、湿気に包まれ汗が噴き出すのを感じながら、8分ほどで退室する。かけ湯で汗を流してから、躊躇なく水風呂へ。瞬間、冷たさが全身を刺す。しかし次第に、羽衣がその身を包み始める。ふと体を動かすと、水が動いて冷たさがめぐる。ほどよい気持ちよさ。意識がゆるやかにトリップするのを感じながら、2分の後に水風呂を後にする。足を止めずに露天風呂へ向かい、湯には浸からず、そこにあった椅子に腰掛ける。背中を背もたれに預け、全身の力を抜き、降り注ぐ外気に身を預ける。芯の熱さ、表面の冷たさ、通り過ぎる風。男の心身が解き放たれていく。まるで、些細な悩みも嫌なことも、全てが忘れ去られていくように。さあ、もうあと何セットか。

　帰宅。母が一言。

「あら、帰ったのね。あなたの部屋のあの散らかりっぷり……。少しは整えなさいと言ったけど、それは済んだの？」