第一章 人形と魔法使いの駅(終)

 駅を後にし、再びオレンジに照らされた線路を二人で歩く、あいも変わらず夕日は位置を変えず輝きも熱も衰えを知ることがない。既にガット達がいた駅は見えなくなっている。

 青年はいつものようにスズの数歩後ろで背中を丸めながらゆっくりと歩いていた。しかし、その視線は夕日ではなく線路を捉えている。駅での出来事を振り返り何かを考えていた。

 人形のガットと彼を作った魔法使い、自分とスズ以外にもこの線路を旅する者たちがいたのか?

 青年は思いついた考えをすぐ否定するかのように首を横に振った。どうみても旅をしているような様子ではなかった。ではいったい彼らはどこから来たのだろうか?

 自分が目覚めた駅を思い出す。先程の駅より少し大きく綺麗な駅だった。そして、大きなガラス扉は無かったように記憶していたし、当然その先に続く部屋も無かったはずだ。なら自分はどこから来たのだろう? どうしてあの駅で眠っていたのだろうか。もしあのまま誰も通らなければ、自分もあの魔法使いの老人のように目を覚まさなくなっていたのだろうか。

 自身が見た二つ目の駅、スズ以外の人物、比較対象ができたことによって青年は少しだけ自分のことを考えるようになっていた。

 「あぁ、そういえば、少しお聞きしたいことがあったんでした」

 青年はふと思い出したように呟き顔を上げた。その視線の先には驚くほど静かなスズがゆっくりと歩いている。

 普段とは違った様子のスズだったが、青年は気にも留めず歩みを早めてその小さな背中が背負おう大きな鞄へと追く。

 「スズさん、魔法使いって方を知っていますか?」

 何も知らない青年はわからないことがあればすぐスズに聞いていた、そしてその度にスズは嬉しそうに答えを教えてくれる。

 その時の笑顔を思い浮かべながら問いかけた青年であったが、反応は想像とはかけ離れたものであった。

 「あぁー!」

 突然スズが立ち止まり大声を上げる、早足でスズの後ろを付いていた青年は大きな鞄に正面からぶつかった。

 少し赤くなった鼻を押さえながら「どうしたんですか?」と問いかける。

 するとスズは勢いよく振り返り、目を見開いて答えた。

 「それ! まほーだよ! スズがわすれてたやつ!」

 テンションが高いスズに対して青年は首を傾げている。一体なんの話をしているのだろう、と。

 「スズね、あのえきですごい人にあったの! 火がぶわぁーってなって、ケーキがあまくて」

 身振り手振りで体験を伝えようとするスズを見て、青年は自分についての思慮を頭の隅に追いやり微笑んだ。今は彼女の話を聞く方が大事だと考えたからだ。

 「それでね、それでね、うしろにいるスズのことが見えてて、こどもがいて……あ! ガット! たしかおじいちゃんのこどもの名まえがガットだ! あれ? あのおにんぎょうさんもガットって言ってたよね?」

 「あぁ、はい、ガットさんはその魔法使いという方に作られたんだそうです」

 青年の言葉にスズは首を横に激しく振った。

 「えーっ、違うよぉ、こどもっていってたからおにんぎょうさんじゃないよ、たぶん男の子!」

 「そうなんですね」青年は深く考えずに同じ名前の人形だったのか、と納得した。

 「あとはね……あ、そうだ、これ! おじいちゃんからもらったんだけど、ネコさんよめる?」

 そういうとスズはポケットから切符を取り出した。真新しいはずの切符だが、青年にはどこか懐かしい感じがした。

 スズから切符を受け取るとその表面に印刷された文字をまじまじと見つめた後、ゆっくりと口を開いた。

 「チャ、チャーチ、だと思います」

 「ちゃーち? なんだろ? きいたことないなぁ、がいこくのことば?」

 スズがうんうんと唸っているのを横目に青年は切符のことよりも、なぜその文字を読むことができたのかということに疑問を抱いていた。

 当然見覚えのない文字であったし、その文字がどの言語で書かれているかも知らない。ただ自然と声に出ただけだ。

 お互いに別々の疑問について線路の上で頭を抱えていた二人であったが、先に顔を上げたのはスズであった。

 「わかんないからとりあえず歩こ! この先にしってる人がいるかもしんないし」

 そう高らかに声を上げると、スズは再び前を向いて鞄を背負い直すと青年の方へと顔だけを向けて笑顔でいった。

 「いこ! ネコさん!」

 その言葉で青年は半分無意識的に肯く。それは目を覚ましたばかりでどうすればいいか分からずに右往左往していた時、スズから今と同じように声をかけられていたことを思い出したからだ。

 スズはえへへと笑うと手を挙げて「しゅっぱーつ、しんこう!」と叫び、勢いよく駆け出した。

 「ちょ、ちょっと! スズさーん⁈」

 青年の叫びも虚しく、見る見るうちに大きな鞄を背負ったスズが遠のいていく。先の方から「ほら、おいてくよー!」と声が届く。

 「はぁ……」とため息をついたのちに、青年も足を進める。少女よりも遅いがいつもより速く。

 今日も二人は夕陽に照らされた線路を歩き続ける。

 

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線路の果て、鈴鳴りの少女の旅 カズコウ @kazuv2

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