星竜王の河
沙月Q
それほどの時を経ないそれほど遠くない銀河で……
千年戦争は突然再開した。
銀河帝国の北東星域に位置する惑星〈
それを巡る二つの衛星、〈
発端は些細な貿易問題だったが、〈
ヴォントロウは本国の承認をとりつけ、自ら〈
その後の戦闘で〈
銀河帝国の〈法典〉では、惑星(衛星)自治政府同士でなされた宣戦布告による戦争に対し、帝国や銀河皇帝も干渉しないことが定められていた。
誇り高い民族であるギム・ガン同士の戦いは熾烈を極めるかに見えたが、ほどなく戦いは永く中断されることになる。
惑星〈
二つの衛星は互いに行き来をすることはもとより、帝国との連絡も絶たれ、宇宙で完全に孤立することとなった。
自ずと戦争も停止状態となり、攻撃や防衛はおろか敵状の把握すら完全に不可能となった。
そして、一千年後……
ついに〈
次第に薄まってゆく星間ガスの狭間に、宇宙戦闘艦の通れる航路がひらけたのだ。
衛星〈
「間も無く、〈女神の門〉を通過します」
〈
「索敵、油断するな。敵は同じコースを逆に辿ってくる可能性が高い」
〈
一千年前、二つの星の軍事力は拮抗した状態と言えた。だが、互いに孤立したままの間に大きな実力差が生まれていないとも限らなかった。
とにかく、〈
〈
だが、敵は?
〈
だが、〈女神の門〉と名付けられた星間ガスの切れ目には船影一つ見当たらなかった。もしや〈
〈ヴォントロウ〉の乗員たちがそんな楽観と悲観の間で揺れていると、惑星〈
「ついにここまで来ましたね……」
「うむ……」
三つ年上の副長ロカブコンの言葉にタイキオンも感慨深いものを感じていた。
惑星〈
「我必ずやこの紅い星に還らん……」
「ヴォントロウの言葉か。ここを艦が通るのは千年ぶりだ」
「そうです。英雄ヴォントロウの凱旋以来……自分はここを逆に辿るのが夢でありました」
ロカブコンは歴史に明るく、この戦役がなければ戦史家を志しているはずであった。だが、〈
星間ガス流〈
もし、〈
「どうやら、最悪の事態は避けられそうだな」
「まだわかりません」
レーダー席から科学主任士官ケイラナスの声がした。ブリッジ詰めクルーの中では最も若い女性士官だが、その科学と数学に関する知識では全艦の尊敬を集めている才女だ。
「十時の方向にガスの偏向流域が見とめられます。あまり速度を出さず慎重に通過することをお勧めします」
「了解だ。操舵手、科学主任の指示に従ってコースを再設定せよ。通信士は各艦に伝達。縦列隊形のまま〈ヴォントロウ〉の進路を正確に追随するように」
各部署から威勢の良い復唱の声が挙がってくる。
タイキオンには、ブリッジだけでなく全艦の士気が艦長席にまで伝わってくるのが感じられた。
「?」
どこからか若者たちの歌声が聞こえてきた。
〈
止めましょうか?と目配せするロカブコンに、タイキオンは笑みを浮かべながら手を振った。気がつくと、日ごろ冷静沈着そのもののケイラナスまでが、小声で唱和している。艦隊の全クルーが、ヴォントロウの生まれ変わりになった気でいるようだ。
ほどなく、彼らの高揚感は響き渡る警告音で破られた。
「星間ガスの乱流が発生しました。このままの進路だと艦隊は乱流に突入します」
ケイラナスの報告と同時に、ビュースクリーンの映像上にセンサーの捉えたガスの分布が投射された。
「迂回しますか?」
副長の提案にタイキオンは首を振った。
「時間を無駄にしたくない。一時の方向に隙間があるな。あそこを通過しよう。
簡単なことではないはずだが、航宙士は間髪を入れずに答えた。
「出来ます。進路変更三七三。両舷全速」
〈ヴォントロウ〉と僚艦は、スピードを上げてガス雲をかすめるように突進した。ガスの影響で、機器類が不安定に反応しブリッジ内のディスプレイや機器類のランプが瞬く。
「こらえてくれよ、〈ヴォントロウ〉」
「司令、星間ガス採取の許可を願います。これはチャンスです!」
ケイラナスが勢い込んで進言した。
「チャンスとは?」
「科学局では、このガスを触媒にしてジェカリンク鉱石から大きなエネルギーを取り出す方法を開発中なのです。この艦には、このような事態を想定して、ガス採取のための特殊鋼タンクと最新型のドローン・サンプラーが搭載されています。もしガスを持ち帰ることが出来れば、さらに研究が進みます」
ジェカリンク鉱石は〈
「許可する。だが十分注意しろ。艦の制御に影響が無いようにな」
ガスの晴れ間が安定しているようなら、さらに船団を派遣して安全にガス採取を行うこともできよう。
だが、その安定もいつまで続くものか……
タイキオンは〈
十二隻の艦隊がすべてガスの谷間を抜けて間も無く、レーダー要員の声が響いた。
「〈
ついに、戦術レベルのレーダースコープが攻撃目標であり最終目的地である衛星を捉えた。
「進路クリア。作戦航路上に敵影ありません」
「全艦第二戦闘配備」
艦内を支配する緊張感とは裏腹に、〈
不気味な静けさだ。
もし敵艦隊の接近でもみとめられれば、取るべき行動がわかって落ち着くような気がする……
その時、まったく予想していなかった声が通信士席からあがった。
「艦長、艦隊司令部より緊急通信であります。立体映像によるメタスクランブル通話を希望されてます」
「なんだと?」
このタイミングで? 一体何事か?
ブリッジ内の空気はさっきまでとまったく別種の緊張感に包まれた。
「回線を開け」
艦長席の眼前に数人のギム・ガンたちが立体映像として現れた。
「タイキオン司令……」
映像の中央に立ち、語りかけてきた初老の男は直属上官の提督でもなければ、その上の参謀総長でも、軍トップの司令長官でもなかった。
「これは……主席統制官閣下……」
長い黒髪に大きな角を横に寝かせた〈
……これはただごとではない。
「貴官の艦隊は今まさに、作戦行動に入ろうとしているところだろう。この重要な時に、私はこれも重要なことを伝えねばならない。驚かずに聴いてほしい……というのも無理な話かもしれぬが……」
主席統制官は一つ息をつくと言葉を継いだ。
「我々は……わが〈
ブリッジに何とも言えない沈黙のとばりが下りた。
その場の誰も、主席統制官の言葉の意味がつかめていなかった。誰もが「どういうことでしょう?」と聞きたかったが、言葉が出なかった。
彼らの気持ちを察した主席統制官は、先んじて話を続けた。
「順を追って話そう。諸君が出発して六時間後、銀河帝国から一隻の艦が到着した。皇帝の特使を乗せたスター・サブだ」
タイキオンは聞いたことがあった。
銀河帝国の君主、銀河皇帝は〈
「こちらがその特使……ネープ七七九殿だ」
財務長官と教育省大臣が左右に身を引き、その奥から小柄な人物が現れタイキオンに軽く会釈して見せた。
詰襟のスーツに身を包んだ、銀髪碧眼の少年……いや、少女かもしれない。その姿はタイキオンが歴史教育のプログラムで見た皇帝の守護者
彼らは千年、いやそれ以上の遥かな昔から、まったく同じ顔、まったく同じ能力を維持したまま何世代にもわたって銀河皇帝に仕えてきたのだ。そして、いつしか他のいかなる種族から見ても並外れた能力と早熟性、さらに美しい容姿から〈完全人間〉と呼ばれるようになっていた。
「特使の話によると、〈
「待ってください」
タイキオンは思わず話の腰を折って主席統制官に尋ねた。
「では我々は、起きていない戦争のために千年間待ち続け、これだけの宇宙艦隊を造り上げ、ここまで送り込んだというのですか?」
主席統制官は唇を噛んでから答えた。
「そういうことになる」
タイキオンは艦長席にどうと腰を下ろし、大きくため息をついた。
自分の角が両側に開いていくのを感じる。徒労感に脱力しているのだ。
「タイキオン司令、だがすべてが無駄に終わると決まったわけではない」
「?」
主席統制官の言葉にタイキオンは視線を上げた。
「正しい手順を経てあらためて宣戦布告を行えば、開戦の大義は立つのだ。特使殿にもそれは確認した。そこで貴官と艦隊の新しい任務だが……〈
「!」
ブリッジ内の全員が、その場の空気に倍の重さを感じた。
タイキオンは、英雄ヴォントロウの始めた戦いに決着をつけるという任務に誇りを持っていた。だが、まさか自分がそのヴォントロウの立場に立たされ、戦いを始めることを要求されるとは思ってもいなかった。
それはまったく別の問題だった。
「主席閣下……今しばらく……お時間をいただけないでしょうか。この判断は自分にはその……あまりにも荷が勝ち過ぎるものであります……」
主席統制官は心底からの同情心を顔に浮かべて答えた。
「残念ながら艦長、その時間はないのだ。実は我が軍の監視衛星が所属不明の宇宙船群をキャッチした。こうしている間にも〈
タイキオンは衝撃的な知らせに再び立ち上がった。
「あり得ません!我々は〈女神の門〉通過の際、何者にも遭遇しませんでした!」
「恐らく、〈
「彼らは……〈
「うむ、特使は〈
タイキオンは眉間に指を当ててうつむいた。
問題は複雑さと切迫感をさらにつのらせて彼の心中を苛んだ。
「敵艦隊の戦力は?」
聞きながらタイキオンは、始まっていない戦争の中で「敵」という言葉を使う矛盾に気を取られながら重ねて尋ねた。
「我が軍の防衛艦隊で防ぎ切れるのですか?」
「わからん……だが持てる戦力で防ぐしかないだろう」
なんとも判断の材料にならない答えを返した直後、主席統制官たちの映像が大きく乱れた。
「主席閣下?」
相手は何か言葉を返したようだが、その音声も届かなくなった。
「通信士?!」
「星間ガス流の影響と思われます。〈
これですべての責任は、完全に自分の肩にかかったわけだ……
部下たちは彼の判断の邪魔にならぬよう、誰一人として声をかけてこなかった。だが、彼らが小声で意見の交換をしている様子は薄々感じられた。
なぜ、こんなことになったのか……戦争に参加することと、戦争を始めることの間になぜこんなにも違いが感じられるのか……
そもそも「戦争」という状態とは一体何なのだろう?
どんなに平和を望もうが始まることは止められず、またどんなに勇猛をもって祖国に尽くそうとしても終わる時は終わる……そもそも起きていないと言われて士気をくじかれる……
そこに個人の意志が介在する余地などなく、自分のあずかしらぬシステムや状況の生み出す巨大なうねりの中で人はもがくしかないのだ。
タイキオンは取り止めもない物思いを振りはらうように、激しく首を振った。今はそんなことを考えている場合ではない。
情報も無く、時間も無い……
その中で想定されるあらゆる状況を検討し、最も〈
そしてついにタイキオンは、一つの答えに辿り着いた。
問題は、艦隊がこの判断についてくるかどうか……だが……
タイキオンは艦隊の十二隻すべてに通じる回線を開いた。
「こちらは艦隊司令タイキオンだ。各艦に告げる。これより艦隊は進路反転、〈
ほどなく、〈
命令が実行されたことを確認してから、副長ロカブコンがタイキオンに声をかけた。
「艦長、よろしければ自治政府の……主席閣下の命令を無視された理由をお聞かせ願えますか?」
「その命令の内容を覚えているか?」
「はい。敵状を偵察し、勝算ありと判断したら宣戦布告の上、〈
「そうだ。現場に判断を投げた、ある意味無責任な命令と思うが……恐らく〈
「なるほど……」
「過大評価かもしれん。だが、もし当たっていればこの艦隊で〈
副長は頷きながらタイキオンの話を聞いていたが、その顔は晴れなかった。
「しかし……命令違反には違いありません。もし、すべてが杞憂で我々の方が圧倒的に有利だった場合……」
「その時は、俺がすべての責任を負う。心配せず、命令に従ってくれ」
艦隊が再び、〈
「白色光弾砲の照準波をキャッチしました。我が艦は背後からロックされています!」
「馬鹿な!」
白色光弾砲は長射程のビーム砲だが、レーダーで捕捉される前に照準ロックできるほど接近するのは不可能だ。
その時、艦隊の直通回線が強制的に開かれた。
「タイキオン司令……」
声の主は、殿艦を務める宇宙駆逐艦〈ミスライゴ〉のカーラス艦長だった。士官アカデミーでタイキオンの二年後輩だった男だ。
「タイキオン司令、今すぐ艦隊を本来のコースに……〈
タイキオンは眉間に皺を寄せた。どうやらこのブリッジから、ことの次第がすべて艦隊中に伝わったらしい。
「カーラス、聞いてくれ。〈
「それは、あなたの言い訳だ。あなたには誇りある〈
「カーラス艦長、それは違います!」
口を挟んだのはケイラナスだった。突然の意外な人物からの言葉に、タイキオンも副長も呆気に取られて諌めるタイミングを失してしまった。
「タイキオン司令の判断はまったく合理的です。しかもそれは、命令違反という重責をご本人が背負われた上での判断です。これはヴォントロウの勇気に勝とも劣らぬ決断だったと言えるでしょう」
短い沈黙の後、スピーカーがカーラスの小さな笑い声を漏らした。
「さすがはタイキオン司令。部下の教育が行き届いているとお見受けする。なるほど、あなた方の意志が固いのはわかった。だが、私は〈
ブリッジの小さな窓から、一瞬白い光が差し込んだ。
〈ヴォントロウ〉のすぐそばを、白色光弾砲のビームが走っていったのだ。駆逐艦〈ミスライゴ〉の威嚇攻撃だった。
「直ちに降伏して、我が艦の接舷に備えなさい。タイキオン司令と上級士官は全員逮捕する。他のクルーは私の命令に従うなら、そのまま軍務に服することを許可する」
そのカーラスの言葉を弾き返すように、ロカブコンが声を張って言った。
「これは反乱です!」
副長はタイキオンにというより、ブリッジ内の全クルーを説得するように続けた。
「例え政府の意向に反しても、そこに合理性があるならば司令の判断を尊重し、司令の命令に従うのが艦隊の義務です。反撃態勢をとりましょう。第三主砲と後部宙雷だけで〈ミスライゴ〉を退かせることは出来ます」
その心強い進言も、タイキオンの迷いをはらうことは出来なかった。いかに理は自らにあると信じていても、同士討ちは本意ではないのだ。
見るとクルーは皆、タイキオンの方を見返しながら命令を待っている。どうやら全員カーラスではなく、自分についてくれているようだ……が……
その時、第三の声が回線の向こうから響いてきた。
「タイキオン司令、重巡〈メサルク〉のカンドロマであります。〈ミスライゴ〉は我が艦が引き受けます。どうぞ、〈
艦隊の位置関係を示すビュースクリーンに表示された光点の一つが、隊列を離れて後方へ向かってゆく。すると程なく、別の光点がその進路を遮るように動き出した。
「こちら駆逐艦〈トレンドレク〉。〈ミスライゴ〉を援護します。カーラス艦長、艦隊の指揮をお執りください」
「強襲揚陸艦〈サンバンナド〉、タイキオン司令に従います。〈ヴォントロウ〉は我が艦の陰にお入りください」
たちまち艦隊は真っ二つに割れ、混乱状態に陥った。
自らの決断が招いた結果に、タイキオンは戦慄しながら皮肉な感情を覚えていた。
こんな小さな艦隊ですら、きっかけがあれば主張を異にして
「〈トレンドレク〉発砲しました!」
タイキオン個人の物思いなど吹き飛ばして、事態は急激に緊迫した。
「〈サンバンナド〉被弾!本艦も危険です!」
やりたくはなかったが、反乱勢力側が先に手を出したことでタイキオンは攻撃を決断した。
「第三主砲、〈トレンドレク〉を撃て!後部宙雷発射管、〈ミスライゴ〉に牽制射撃!同時に〈ヴォントロウ〉百八十度回頭!他の艦は〈
これ以上艦隊が割れる前に、タイキオンはカーラスと決着を付けることにした。
駆逐艦〈ミスライゴ〉はその機動性を活かして牽制の宙雷を難なく避けた。だが、その間に〈ヴォントロウ〉は回頭を完了し、すべての武装が使える態勢を取った。こうなれば圧倒的にこちらが有利だ。
「第一、第二主砲。副砲並びに全赤色熱弾砲。〈ミスライゴ〉に一斉射撃!撃て!」
砲手の狙いは正確だったが、命中寸前で手負いの重巡〈トレンドレク〉が〈ミスライゴ〉の盾となる形で割って入って来た。
集中砲火を浴びることになった〈トレンドレク〉は火の玉となって、衛星軌道から
「いけない!」
ケイラナスが悲鳴を挙げた。
「〈
〈トレンドレク〉は惑星のガス表層に触れた直後、大爆発を起こして眠れる
「司令!星間ガス雲が爆発的に広がっています!」
ビュースクリーンに投射された、ガスの可視化イメージはみるみる艦隊を包むように広がっていった。このままなら、
「〈
ロカブコンがつぶやいた。
「全艦!ガスに取り囲まれる前にこの宙域を脱出せよ!」
事態を把握した艦隊は、当面のいざこざを忘れて母星に向かって全速で飛び始めた。
旗艦〈ヴォントロウ〉を除いて……
ただ一艦、逆を向いていた〈ヴォントロウ〉には、再度回頭している暇がなかった。とにかく、安全なガスの切れ目を縫って進路を探すと、〈
その途中でかすめた駆逐艦〈ミスライゴ〉は、〈ヴォントロウ〉を攻撃することもなく完全に沈黙していた。ガスを避けきれず、その機能を完全に失ったに違いなかった。そして、
「気の毒に……」
ロカブコンの同情に、タイキオンは共感しなかった。
「我々も似たようなものだ。もはや〈
ガス流に追われながら、戦艦〈ヴォントロウ〉は〈
一千年の時を超えての仇敵同士とはいえ、元は同じギム・ガン族である。腹蔵なく交渉し、なんとかクルーだけでも受けれいてもらえるようにせねば……タイキオンは藁にもすがる気持ちで、通信回線を開いた。
「こちら〈
4回呼びかけを繰り返した後、ようやくビュースクリーンに一人のギム・ガンの老人が現れた。
「私は、〈
老人は力のないかすれ声で名乗った。
「戦艦〈ヴォントロウ〉。貴艦の目的はよくわかっている。千年戦争を再開し、〈
タイキオンはサイファウアの言葉の真意をつかみかねたが、あえて問いただすことはしなかった。
「知事閣下。自分は艦隊司令官タイキオンであります。我々に〈
タイキオンの言葉にも、老人の表情は変わらなかった。むしろ、同情心がその翳りを深くしたように思える。
「タイキオン司令、残念だがそれも出来ぬ。貴官には知る由もない話だが、〈
「!」
その言葉を聞いたブリッジの全員が驚愕の吐息を漏らした。
千年にも渡って屈服さすべき敵と信じていた星が、滅亡寸前?しかも内戦状態であったとは……
〈
人間の性に徹底的に根ざす戦争という影……それはより深く、〈
だが、もし老人の話が真実だとしたら、あの主席統制官の話は……?
「しかし……あなた方の艦隊も〈
「あれは、難民船団なのだ。ガス流が晴れ間を見せた時、我々は最後の力と望みをかけて、若い世代を〈
サイファウアがうつむき、ブリッジ内に重い沈黙が下りた。
タイキオンは言った。
「知事閣下……状況はよく分かりました。我々を受け入れられない窮状も理解しました。しかし、このままでは我々はガスに飲まれて死を待つのみの運命となるのです。どうか、クルーの上陸だけでもお許しください。あとは、我々が自らの力でなんとかします」
「……」
老人は沈黙した。
「ギム・ガンの誇りにかけて、お誓い申し上げます。我々は〈
〈
「わかった、タイキオン司令……首都第一宙港への誘導をとりはかろう。だが、貴官の誇りに見合う待遇は何も提供出来ない。本当に残念だ。せめてジェカリング鉱炉が生きていれば状況も違ったのだが……」
サイファウアの最後の言葉に、ケイラナスが立ち上がりビュースクリーンに詰め寄った。
「ジェカリング鉱炉?!〈
サイファウアはケイラナスに気圧され、一瞬戸惑いの表情を見せてから答えた。
「四百年ほど前から、ジェカリング鉱炉は我々の主たるエネルギー源だった。だが循環触媒である星間ガスが劣化し、度重なる内戦でガスを確保する技術も失われた……〈
ケイラナスは破顔し、タイキオンを振り返った。
タイキオンも、思わぬ形で見えた希望をサイファウアに伝えたい衝動に駆られた。
が、自制した。
まだ、確実にジェカリング鉱炉のことは分かっていなかったし、余計な情報で事態を混乱させたくなかったのだ。
タイキオンは平静さを崩さぬよう注意しながら、サイファウアに語りかけた。
「知事閣下、上陸許可に感謝いたします。当面、我々は寄食の身となりましょうが……やがては及ばずながら〈
サイファウアは眉を潜めながら、若き司令官の言葉に謝意を表した。
ほどなく、戦艦〈ヴォントロウ〉は足下に大きく広がる〈
「この航海の結末がこんなことになるとは、思ってもいませんでした」
副長ロカブコンの言葉は、クルー全員の気持ちを代弁しているものだろう。
タイキオンは言った。
「若い連中には、気の毒なことをした。さぞかし俺に不満を覚えていることだろうな……」
「不満など……覚える筋合いはありません。我々は皆、討ち死にする覚悟で
そうだろうか……命があればこそ、望郷の念も覚えるというものだ。
〈
だが今度は、前の千年とは違う。
ありもしなかった千年戦争の幻は消え去り、千年の平和が訪れた。
だが、その間にどんな違いがあるというのか。
タイキオンには、未来に対する確たる展望は持てなかった。それでも与えられた希望にすがって、生きていくしかない。
「〈
副長は、そこに〈
「わかりません……しかし、〈
その同じギム・ガン同士で、戦争になったのだ。
タイキオンは、いたずらな不安や安直な希望によらない展望がたまらなく欲しかった。
「科学主任、この状況をどう見るかね?科学者として余計な感情にとらわれず、我々……単にこの艦にとどまらず、二つの星の将来にどんな展望が開けているように考えるか……」
ケイラナスは答えた。
「科学者として判断するには、情報もデータも少な過ぎます。ことに二つの星の未来となると、なんとも申し上げられません」
そうだろうな、と嘆息しながらタイキオンは気付いた。
若き女性士官の表情はいつも通り冷静そのものだったが、普段髪に隠れている小さな角が、今は顔を出して前を向いている。
ケイラナスは言葉を続けた。
「しかし……科学者以外の私個人としては……今日、この日が〈
完
星竜王の河 沙月Q @Satsuki_Q
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