第8話 悪の組織クロケット団参上!
日立シビックセンターは日立駅西側ロータリーを隔てた場所に位置する。
天球劇場の球体が外観からもわかるようになっており、映画に出れば大体壊されているお台場のアレに似ている。チケット売り場に向かうと、黒いライダースーツを来た3名の女性が売り場の女性と何やら揉めていた。
「やいやいやいっ! なんでアタイ達が入れないんだいっ!」
「大変申し訳ないのですが、反社会勢力や団体の方々の入場はお断りしており……お客様方の格好は女神協会から通知を受けている指定組織メンバーの格好に合致しておりまして……」
受付の若い女性が言葉を選びながら低姿勢で説明する。
「姉御、アタイ達が反社だってよお。有名税ってことかねぇ」
左端にいたソバカス顔の少女が、童話に出てくるようなキツネ目を見開いて真ん中の女性に話しかけている。茶髪にピアスとヤンキーガールそのものだった。
「おやびん、やっちまいましょう! このえものでひとちゅきでしゅ!」
右端にはアクリル板越しに受付女性を脅す女児がいた。手に持つ銛はプラスチック製で、先端に返しが付いているが刺さらないようにスポンジも付いていた。
黒髪をお団子縛りにした友達百人作れそうな可愛らしい容姿であり、銛が重いのか手元がどうにも危なっかしい。なぜか段ボールで作った酸素ボンベを背負っているが、背負うべきなのはランドセルだろう。
「ったく、お前達少し落ち着きなっ!」
中央の女性がウェーブがかったブロンドの髪をかき上げた後、両手を広げて二人を制止する。 金髪女性がフィット感のあるライダースーツを着ているとセクシーな女スパイのイメージと重なってしまう。右目の位置に虎柄の眼帯をしているが目が悪いのだろうか。
「アタイ達が誰なのか知ってるのかい?」
「いえ……ただ黒いライダースーツの不審な3人組としか……」
受付女性が言葉を濁す。
「そのまんまじゃないかいっ! いくよ
「あいよっ!」「おうっ!」
「コロッケ作ってうん十年!」
金髪の女性が両手を前に出して中腰の姿勢になった。
「いざゆけすすめラヴキッチンワゴン!」
白恵と呼ばれた少女が斜に構えて左手を突き上げる。
「きゃ、キャベチュを忘れちゃいけないよお!」
右端の女児が二人の口上に合わせるのに精一杯で噛んだことに気付いていない。
ルティナはワクワクしながら3人組を見ていた。このベッタベタな悪の組織を見ていると子供の頃に見たヒーローショーを思い出したからだ。ルティナはヒーローに憧れてはいたが、心の奥では悪の組織側が活躍したり勝つところも見てみたいと思っていたからだ。これは判官びいきとも言える心理だったのかもしれないが、その気持ちは今でも変わらなかった。明智光代に動画撮影を依頼し、ルティナは3人の動きに刮目していた。
3人が民族舞踏のような動きをした後、片足立ちでポーズを決めて組織名を叫んだ。
「「「悪の組織! クロケ『すみません学生3枚ください』『はい、高校生ですね。科学館だけの入場ですと』ット団!『お一人様200円で天球劇場とのセットはお一人様300円になります』……参上!」」」
……………エフィメロスが、3人に割って入り、チケット購入を申し出ていた。
割って入られた3人は当然のように体のバランスを崩し地面に崩れ落ちていた。崩れ落ちながらも口上を言い切る姿勢はプロ意識高い系だとルティナは感心していた。
「草超えて森蘭丸」
ジャージ姿の明智光代はそう呟きながらルティナの隣で動画撮影を続けている。
倒れ込んだアーシェラが今にも泣き出しそうだ。すぐに立ち上がって口を一文字にギュッと結び、泣かないよう両拳を握りしめて力を入れている。
キツネ目のヤンキー少女は慌てて飴を取り出してアーシェラをあやし始めている。がんばえーって応援しようかルティナは迷っていた。
金髪の女性も起き上がったはいいが、周囲の微妙な空気を感じ取りモジモジし始めた。
「エフィ」
受付で料金を払っているエフィメロスにルティナは声をかけた。
「あっ、ルティナ様、これ入場券になります」
エフィメロスは何事も無かったようにチケットを渡してきたがルティナは受け取らず、キッとエフィを睨み付けた。
「エフィ、僕は怒ってるよ。何してるの? まず彼女達に謝ってくれない? そして悪の組織登場シーンにワクワクしていた僕に」
ルティナは控えめに言っておこだった。
「ルティナ様、彼女たちはアレでも女神ですよ。女神のくせにあんな恥さらしなことをしてるんです。ね? だからウチ悪くないけんね」
エフィメロスの口調が怪しくなっている。
「え? そうなの1粒で2度美味しい奴じゃないか」
ルティナの怒りは倒錯した興奮に色を変え始めた。
「うちの連れがすみません。僕はルティナって言うんだけど皆さんは女神なんですよね? どのような女神様なんですか? 捕獲していいですか?」
ルティナは3人組に欲望ダダ漏れの自己紹介を始めた。
「あっ、あの、私はレヴィ=クロケットと言いまして。あの、えっとコロッケの女神です。移動販売車でコロッケ売ってます。お店はレヴィのコロッケ屋さんって言います。ほ、捕獲はダメですよぉ」
先ほどとは打って変わって俯き加減にブロンドの髪をいじりながら、レヴィ=クロケットは自己紹介とお店の宣伝をする。
「あ、アタイか? アタイは
キツネ目のヤンキー少女はアーシェラと呼ばれた女児の顔にティッシュを当てながらレヴィ=クロケットに追随する。
「ひっく……ぐすっ、あーじぇらはでっ! あどでっ! うみのひっぐっ! ぢーんっ!」
アーシェラは泣きすぎてシャックリと鼻水が止まらない。
「皆さんは何でシビックセンターに来たんですか? アーシェラちゃんにびびり玉投げていいですか? お土産にしたいんですけど」
ルティナは欲望ダダ漏れの質問をする。
「えっとですね、アーシェラちゃんがプラネタリウム見たいって言うのでみんなで行こうかってなって。あ、アーシェラちゃんにびびり玉は投げちゃダメですよぉ」
レヴィ=クロケットは、両手を広げてディフェンスの構えをし始めた。もうこの動きがいちいち可愛いこのお姉さんに投げようかな。ルティナは予備に持ってきていたびびり玉を準備しようとすると、エフィメロスがルティナに近づき遠慮がちに囁いた。
「ルティナ様、この方達のスカウトはお止めください」
「なんで?」
「この方達は、女神のランクで言うとNランク。ノーマルランクでして評価がすこぶる低いのです。Nランク女神を使うトレーナーなど皆無です。小間使い程度にしかなりません」
「ノーマルランク? でも一般の人より凄いことができるんでしょ? そうですよね? レヴィさん?」
「う、うん。私は美味しいコロッケが作れるんだけど女神協会から不要って言われて」
不憫だ。
「アタイ? 偽札造ったのバレてNランクにされた。無期限停学にもなったけどな!」
犯罪者じゃん。
「あどでーっ! アージェラはでーっ! ひっくっ! うびででっ! おざがながで!」
なるほど、わからない。
これまでRランクが最低ランクだとルティナは思い込んでいた。エフィメロスの発言からしてもノーマルランクに位置づけられている女神達が差別されていることがよくわかったし、悪の組織を標榜するのも致し方ないことなのかもしれない。でも、それでも、だ。
「エフィ、人と同じで女神に貴賎はないと思うよ。今の発言は良くないと思うな」
「……っ! ……申し訳ありませんでした」
ルティナが目も合わさずにエフィメロスを諫めた。これは相当怒っている合図らしく。エフィメロスは日傘で顔を隠しながら明智光代の背中に隠れた。
「みっちゃん、ちょっとこっち来て。後ろの子は気にしなくて良いから」
「了解だよ。エフィさんごめんね」
明智光代が受付へと向かうルティナに近寄った。
ルティナは日傘の女神を放置し明智光代の手を握って受付へと近づいた。先ほどまで威嚇されていた若い女性に声をかけ始める。
「お姉さん。先ほどのお三方も入場させてはもらえませんか?」
「女神協会から指定されている組織は入場をお断りさせて頂いておりまして」
「女神協会に撮影した動画を送信して確認したんですけど、どうやら成りすましらしいんですよ。みっちゃんが確認したから間違いないです……ああ彼女は女神協会に所属するれっきとした女神なんですよ」
ルティナに目配せされた明智光代は、瞬時に意味を理解した。
「いえーいキリンの女神でーす! これ女神協会からもらってるライセンス証ですよ。あの人達は悪の組織に憧れてる痛い子達なんです。コスプレイヤーってやつです」
「ああそういうことですか。それでしたら構いませんよ。チケットを購入して頂ければ入場可能であることをお伝え願いませんか?」
警戒の色を漂わせていた受付の女性は、先ほどとは打って変わって憐憫の視線をレヴィ達に向け始めた。
「え? 入って良いんですか?」
レヴィ=クロケットは目を丸くして顔に喜色を浮かべた。
「うん。コスプレってことにしたら納得してたよ」
「おい、お前良い奴だな。良かったなアーシェラ! プラネタリウム観られるぞ!」
女化白恵が抱っこしていたアーシェラに問いかける。
「お兄ぢゃん! ありがどおっ! あだぢ大きくなっだらお兄ちゃんとげっごんずりゅぅっ!」
嗚咽混じりで何を言っているかわからないが喜んでいることはルティナにも伝わってきた。
ルティナがクロケット達と連絡先の交換を始めていたところ、日傘の女神が近づいてきた。
「あの……皆さん。先ほどは失礼なことを言ってすみませんでした」
足の生えた日傘が謝る。妖怪唐傘少女だ。
「別に気にしてないですよ。エフィさん……でしたっけ。女神界隈では普通の感覚なんですから。一緒にプラネタリウム楽しみましょう」
レヴィ=クロケットは、嫌味も皮肉もなく、エフィの謝罪を受け入れていた。
アーシェラは女化白恵の胸元から、地面に降りると、エフィの傘下へと走り寄る。
「お姉ちゃん、一緒に観よっ!」
天使だ、天使がいる。泣き止んだ直後に満面の笑みで声をかけるアーシェラを見てルティナは思った。
*****
ルティナは常磐線のボックス席で窓から飛び込んでくる街並みを楽しんでいた。
膝元では疲れ切ったアーシェラがグッスリと眠っている。日はとっぷりと暮れ、空には夜の帳が下り始めていた。
「これあげる」
すると、対面にいる明智光代がコインを渡してきた。コインには桔梗の紋が刻まれている。
「女神コイン。何かあったら呼んで」
「ありがとう」
ルティナは、女神コインを大切そうに受け取るとコインホルダーにしまった。 ルティナの隣に座るレヴィ=クロケットが楽しそうに二人のやり取りを見ている。
「あら、女神コインね。ルティナ君は女神トレーナーなの? だから私達を捕まえたいって言ってたのね」
「そうです。女神武踏会に参加するためにはメンバーが足りないんです。週明けが届出期限なのに……やっぱりスカウトしちゃダメですか?」
「うん、ごめんね。ちょっと今は忙しくてね。ルティナ君は女神ガチャしてる? ポイント貯まってるんじゃない?」
「あっ」
ルティナはすっかり女神ポイントのことを忘れていた。チュートリアルがあまりにも不親切だったのでメガテンツでガチャを引くという行為そのものを頭から除外していたのだ。
「つうか、お前はあの傘女をちゃんとフォローしておけよ。相当ヘコんでんぞ」
「うん、女化先輩ありがとう」
はす向かいに座る女化白恵がルティナに助言する。ルティナに注意をされて以降、エフィメロスはルティナのことをチラチラと見ながら少し離れて行動するようになったからだ。現に今も3席ほど離れたボックス席から傘越しにこちらを覗いている。ルティナが目を合わせようとするとすぐに隠れてしまうのだが。
常磐線の電車が水天駅に着き、クロケット団の女神達も降りる準備を始める。どうやら同じ水天街に住んでいるようだ。
「エフィ、一緒に帰ろ」
ルティナはエフィメロスへと近づき、手を差し伸べた。エフィメロスは震える手でその手をつかみ取った。
クロケット団の女神達は水天駅を降りると南口側へと歩いて行った。その中のアーシェラがふと立ち止まって北口へ向かうルティナ達に振り向いた。
「お兄ちゃん達、またねーーーーっ!」
夜空の星々と変わらない輝きに満ちた笑顔でアーシェラが手を振る。ルティナと明智光代は元気に手を振り返し、エフィメロスは無言で会釈した。
「じゃあ、また週明け学校でね」
明智光代は自転車の鍵に取り付けられたキーホルダーの輪っかを指で振り回しながら水天街の北西に位置する銀杏坂へ去って行った。
アパートへの帰り道、エフィメロスは無言でルティナの隣を歩いていた。繋いだ手を離すことはなかったが、手を離したらそのまま消えてなくなってしまいそうな儚さを感じる。ルティナは意を決して立ち止まり、エフィメロスに向き合った。
「エフィ、これあげる」
ルティナが繋いでいた手を離し、ポケットをまさぐった後、手の平に収まる小さな紙袋をエフィメロスの手の平にのせた。
「ルティナ様、これは」「今日はごめん。せっかく楽しいデートだったのに冷たい態度を取っちゃって。お、お詫びみたいなものかな」
ルティナの語尾が少し弱々しくなる。いつもそばにいたからこそ照れくさくて言えない言葉もある。ルティナがエフィメロスに面と向かってプレゼントをあげたことなど数えるほどしかないのだ。エフィメロスが紙袋のセロテープを丁寧に剥がし、中身を確認する。
「……イヤリング?」「シビックセンターで売ってたんだ。高級品じゃないけどね」
中には星の中身をくり抜いたような、オープンスターと呼ばれる形状のイヤリングが2個入っていた。スワロフスキーが彩られ、街灯の光で仄かに煌めいていた。
「耳の穴開けしなくていいタイプだから」
ルティナはそう言った後、ショルダーバッグを肩に掛け直しジャケットに手を突っ込んで前へと歩き始めた。一緒に住んでいるからこそ気恥ずかしいのだ。
「どーん!」「痛い! なんで⁉」
少し間を置いて、エフィメロスが前を行くルティナへ体当たりするとルティナの腕に自分の手を絡ませ耳元のイヤリングを見せびらかした。
「せめて装着したところを見て『綺麗だよエフィメロス結婚しよう』までは言って頂かないと。まだまだルティナ様は女神心がわかっておりませんね……で、どうでしょうか」
エフィメロスの両耳には星のイヤリングが揺れていた。彼女の美しい顔立ちを引き立てるという意味ではアクセサリーの役目を十二分に果たしているとルティナは思った。
「褒め言葉の範疇を超えてるよねそれ。でも似合ってるよ」
「……そうですか」
はしゃいでいたかと思うと、エフィメロスはふいっと顔を背けて歩みを進めた。
「……あれ? もしかして照れてる?」「はい? 照れてませんが。そういった感情はございませんので。あっ流れ星ですよ」
顔を背けたままエフィメロスは答える。
コーポヴィーナスへの帰り道、時が緩やかに流れているのをルティナは実感する。いつか思い出すのだろう、この一時が楽しかったと。いずれ噛みしめるのだろう、この刹那が幸せというものであろうと。
いつもそばに女神 野望蟻 @ambition-ants
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