第一章「夢の帆船」⑧
灰色に薄汚れた灯台の下に立ち、ナツキは南方を見つめていた。
薄暗い夜だ。
眼前には遥かな水平線が広がっている。その水面は闇のように深い。
湾を囲う小高い山の稜線は、薄暗闇の中でどこかぼんやりとしている。
岸には風ひとつなく、波音すら聞こえなかった。しん、と静寂が帳を下ろしている。
見覚えのない景色だった。
けれど、話に聞いた通りだった。
灯台のある浜辺で、船を待っている。
ついりに聞いた夢の情景、そのままだ。
ナツキは自らの右頬をつまみ、そのまま勢いをつけて力強くツネってみた。
痛みはない。これは夢だ。意識のある明晰夢。けれど、下手をしたら二度と目覚めないかもしれない夢。
ナツキは、自分が高校の制服を身に纏っていることに気が付いた。チャコールグレーのセーラー服。靴は履いておらず、裸足だ。
ナツキは、頭上の夜空を見上げてみた。
ついりの部屋に向かう前、秋人に言われていた事を思い出す。
「満月か、新月。おそらく、部員達が眠りに陥るタイミングには月齢が関係している筈だ」
お泊まり用のセットを手渡すタイミングで、秋人はナツキにそう伝えた。
「ついりさんに聞いてみたが、現実と夢、双方の月の満ち欠けはリンクしているみたいだった。おおよそ一ヶ月に一人が眠りに陥る。ならばそのスイッチは月齢だ。昨晩の月齢は上弦。時間的な余裕は、まだある」
眼鏡を押さえながらカレンダーを指差し、自信ありげにそう話す秋人の姿を思い返して、ナツキはため息をついた。
一見して冷静そうにも見える秋人だが、実際は結構詰めが甘い。頭でっかちに理屈から考えがちだから、時おり大切なことを見落としてしまう。だから、秋人が自信満々に自分の理屈を唱えている時は、要注意なのだ。
「世話が焼けるよなぁ、アニキは」
頭上の夜空に、月は上がっていない。
空には薄い雲がかかっているが、星の光が見えているから、月だけが隠れているというわけではないだろう。
新月までにはまだ日がある筈だが、そもそも現実と夢の月齢がリンクしている、というのも秋人の推察に過ぎないから、なんの保証にもならない。
油断はできない。
ナツキはもう、例の夢の中に来てしまった。
このまま目覚めない、なんてシャレにもならっていない。
せめて、なんらかの手がかりを掴まなければ。
ナツキは暗い夢の浜辺を、ひとりゆっくりと歩き始めた。
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