MadMaxとき214号

ペアーズナックル(縫人)

雪の戦後湯沢

新日本国有鉄道作業員の仕事は過酷だ。どんなに機械化が進んでもこの仕事ばかりはマンパワーに頼らざるを得ない。俺はまだ日も上らぬうちにとげとげしいアラームブザーの音で文字通り叩き起こされた。今日も朝から晩まで働き詰めだ。しかしこの核戦争後の時代、飯と宿を保証してくれるだけでもありがたいのでこんなきつい、汚い、危険の仕事でも人気が高いのだ。45回目の応募でどうにか作業員に就職できた俺は、つぎはぎだらけで洗っても洗ってもにおいと放射能が落ちないつなぎの作業服を着こむと、仲間と共に作業員の仕事にとりかかった。


上面野うわつらの駅の地上の頭端式ホームにしゅうしゅうと蒸気を立ててマッドスチームが入ってきた。黒々とした巨体の先端に鋭い排障器トゲトゲをくっつけているのは、たまに線路に飛び込んでくる動物と思考回路が完全に血迷って線路に飛び込む自殺願望者旧人類ごときのためにいちいち止まらないようにするためだ。そういう訳で、新国鉄は脱線でもしない限り絶対にダイヤが乱れない。駆け込み乗車も都市圏の駅には必須の殺傷レーザーホーム柵と全ての車両が装備しているギロチンドアーの前ではやる気も失せるものだ。


さて、そのような設備をターミナル駅に着くたびに清掃するのが俺たち作業員の仕事の一つでもあるのだが、今回ホームに滑り込んできた特急「空いばり」号の排障器に突き刺さった”ご遺体”の数は明らかに異常だった。これをふたたび空いばり号が東北地雷原地方に折り返す10分前までの約1時間で終わらせろというのだからたまらない。勿論先ほど機関士が電報で「トゲトゲ イタイ カズ オオシ」と連絡していたのだが、想像していたよりもはるかに多い。これではまるで人間の串焼きだ。


「まったくよぉ、これが本当に串焼きならたれでもつけて食っちまうのにな。」


と同僚のノシロウが冗談めかして言う。全くそのとうりだよと相槌を打ちながら、俺は遺体を電磁カッターで切り裂いていく。


「そういえば、東北地雷原、いよいよ放射能が濃くなりすぎて何も作物が育たなくなったらしいって電電ラジオから流れてきたっけか。もしかしたら旧人類こいつらはそれが理由で未来に悲観して集団で飛び込んだのかもなぁ」

「もしそうならマドロコ(マッドスチームの略)の下も確認しないとな、刺さり切れなかった遺体が道中でミンチになってピストンのジョイントとかに挟まってるかも」

「まいったなぁ、こいつつい1週間前に鎖鎌倉くさりがまくら工場でオーバーホールしたばっかりなのに・・・全くどうせ死ぬなら地雷踏んで死ねってんだよなぁ」


ノシロウと他の同僚を含めて5人がかりでどうにか排障器の清掃を終えた俺たちは、切り裂いた遺体の肉片を国有炭化工場から来たトラックに詰め込んだ。入れ替わりに、その肉やほねを特殊な釜で炭化させた人炭じんたんをそれと同じ重さだけもらう。これがマドロコの燃料だ。仮にもかつて人だったものを燃やすのでマドロコは職員たちの間では走る火葬場とも呼ばれている。マドロコがマドロコたるアイデンティティでもあるし、先の大戦で取りつくしてしまった石炭とやらの鉱物の代わりでもあるので運行には欠かせない代物である。


「排障器の清掃は終わったがもしかしたらジョイントの中にも肉が入りこんでるかもしれねぇ、まだ発車まで半時もあるからとりあえず目に見える所だけでも確認するか」

「よし、手伝うぞ」

「いいよいいよ、目視だけなら俺とこいつだけでできっからあ。お前はとりあえず整備班への報告書書いてくれや、お前は5本指だから字はきれいだ、俺は指が7本もあって力加減がどうもうまくいかなくてな、いつも担当にまるでミミズの張ったあとのようだ、書き直せって突っ返されちまうんでよお」


本当は俺だって字はうまい方ではないのだが、どうもこの手指の本数がバラバラな作業員連中の中ではまだましな方らしく、よく報告書作りの際には引っ張りだこになることが多い。体力勝負のこの職種において、1日の殆どを書き仕事で終えることもしょっちゅうあるのはきっと俺くらいだ。少々想定外ではあったがその後には必ず依頼主からそれなりのおこぼれを必ずもらえるし、何より疲れないのでまんざら嫌でもない自分もいるわけなのだが。


という訳で俺は一旦駅の地下にある詰め所に引き返して報告書をしたためることになった。「人殺し」「薄情者」「いのちより運行維持厳守か」「人炭使用絶対反対」といまではすっかり上面野駅の名物と化したゲバルトアートが刻まれた赤煉瓦の階段の踊り場に、一つだけの色の違う煉瓦がある、俺はそこを押して、生態認証を済ませた後に奥にある詰め所へと入っていこうとした。


「いまだ」「それぇ」「新国鉄職員の横暴を叩き潰せ」


ドアが開いた瞬間にその辺に寝転がっていた人権主義者ルンペンたちが今こそ湯かんとばかりに俺と共に詰め所に入ろうとするが、詰め所には生態認証に登録したものしか入れないのだ。無理にでも入ろうとしたら、すぐ真上の電灯に擬態してある殺傷光線装置ですぐに炭化されてしまう。


じゅっ。じゅっ。じゅっ。


かくして踊り場には3つの炭人形が出来上がった。これくらいあればこの駅を発着する中距離快速列車の片道分くらいは賄えるであろう。後でこれを砕いて機関区に持っていこう。そんなことを頭の片隅にしまい込みながら俺は早速報告書をしたためた。


「おお、松戸か。」

「あ、課長。どうも。」

「空いばり号の報告書か。いやあ今朝のはひどかったな。長くここに働いてるが俺もあんなに串刺しにして上面野駅に帰ってきた列車は初めてだよ。」


がつん、がつん、と鉄靴の音を響かせて大きな頭に腕と足が生えたような恰好の課長は専用の扁平な椅子に座り込んで俺と向き合った。濃すぎる放射能をおふくろの腹ん中で浴びたもんだからこんなんなっちゃったよ、と本人は笑いながら自分の生い立ちを話してくれたが、その体でどうやってこの職業で課長にまで上り詰めたのかはいまだに何度頭をひねっても良く分からない。


「そういえば、お前、まだ休暇を取ったことないだろう。」

「ええ、まあ。」

「今度の水曜日からは夏休みだ、派遣のバイトロイドもたくさん来るから人に余裕ができる。そのタイミングでどうだ?」

「休暇を、ですか?」

「ああ。お前は事務でも現場でもよく働いてくれるからな。後で休暇申請に必要な書類を渡しておく。夏の期間内なら好きなだけやるからしっかり休んで来いよ。」

「は。はぁ・・・」


課長はそういうとまたがつん、がつんと足音を立てて詰め所を後にした。

休暇か。そういえば今まではとにかく生きるのに必死でそんなこと考えたこともなかった。まず生きているだけでそれなりに優等生なこの世界において、仕事を休んで休暇なんぞ特権階級物の贅沢である。無論、会社にとっては雇用の契約上という側面もあっての事だろうが、俺はこの申し出を快く引き受けることにした。とりあえず半月ほど休もう。


「そんで、これからいざ休むと決めたその前日に休暇はどう過ごせばいいのか、だあってぇ?」


ノシロウは人目もはばからず仕事終わりに寄った飲み屋で素っ頓狂な声を上げた。だが他の客ははもうだいぶ酒が回っているのか気にも留めない。ノシロウは注文した茶褐色の泥濘酒のグラスをぐいっと空にしてぼやいた。


「そんなこといわれたってえなあ、休み方は人それぞれだし・・・本当になんかすることないんか?例えば寮の掃除とか、家族へのサービスとか。」

「俺は培養槽生まれの新人類ミュータントだから親はいないよ、しいて言えば、仮想空間圧縮教育の時に世話になった、マザーコンピューターくらいかな。それに寮だって俺はあまりものを置かない主義だから掃除する必要がないんだ。」

「いいよな几帳面は。俺の部屋なんか定期清掃入ったときに、あんまりにも汚いもんで清掃業者クリーントルーパーからゴミ溜め場の方がましだなんて言われちまったよ。」


うはは、とお互いに笑い合って俺とノシロウは泥濘酒のボトルを空にした。


「・・・そうだ、松戸。お前雪って見たことあるか?」

「雪・・・?」

「ああ、俺は四国独立自治区出身だから良くわかんねえが、雪ってやつはそれはもう白くて冷たくて、きれいなものらしいんだぞ。」


思えば培養槽から出てきてからというものの、関東地方から外へ出たことがないので天気は晴れと雨、もしくは雷くらいしか知らなかった俺は、その雪という気象現象に対する興味が湧いていた。ここから一番近い所だと、新潟の山の中にある戦後湯沢という都市がちょうど雪の季節らしい。気が付くと俺は社員割引証をもって戦後湯沢への往復券を窓口で発券していたのだった。


マドロコは長くても東北地雷原、もしくは中部大防波堤までしか行かないのだが、このマッド・スピード・マックス・トレインはそれよりも大分速く走れるので、陸が続く限り新潟や大阪、さらには遠く離れた九州まで一本で連れて行ってくれる。それぞれ方向ごとに名前が振り分けられており、新潟行きは「とき」号と名乗っていた。大昔に新潟に生息していた鳥類の名前らしいのだが、もうとっくに核で絶滅したろうな、と俺は心の中で独り言ちた。


全車2階建てと珍しい構造の車両で編成されたMadMaxとき214号は上面野駅を定刻通りに発車した。この車両は高速走行を行うためにマドロコとは違って仰々しい排障器トゲトゲはついてはいない。しかし、普通の線路と違って、この車両が走る線路には自動侵入者迎撃システムが軌道上の侵入者を猫の子一匹通さないようにギラギラと見えざる眼を光らせているのだ。徹底された安全・安心・定時主義。それらを維持するための対価はいつも決まって客が払わされるというのは、何も今に始まったことではないらしいことを往復切符の領収書は暗に教えてくれる。


突然後ろから車内販売兼検察の無人カートがやってきた。ショッピングカートの上に小さな自動改札機を付けたそれは2階建ての車両の移動を楽にするために、天井に敷かれたレールを伝ってすいすいと上り下りしている。かつてこれらはモノレールと言って、鎖鎌倉と千々葉ちぢばのほうに少々スケールがでかいものが走っていたそうだが、すべては戦火に消えた。


「切符を拝見。」


無骨な恰好とは裏腹の女声に少々面食らったがそれ以外はスムーズであった。


「社員割引、確認しました。優待特典でお飲み物が一本だけ選べますが、いかがなさいますか?」


そうだ、俺はこの社員割引に優待が付与されるという事を忘れていた。嬉しい誤算だ。いくばくか飲み物代が浮くぞ。


「ああ、じゃあ泥濘酒を・・・」

「泥濘酒は好評につき売り切れとなっています、申し訳ございません。」

「そっか、じゃあその血堪ちだまりで。」

「畏まりました」


血堪、というには少し青みが強いような気がする酒は、乗る前に買った腸詰の肉によく合うのでついつい食べ過ぎてしまって、気が付けば帰りの分も開けてしまっていた。当然戦後湯沢にも売店はあるのだが、おそらく場所が場所なので値段が倍くらい違うだろう。これでは優待してもらった意味がないではないか。と俺は己の自己管理能力のなさを呪ってしまった。とはいえ既に腹に入れてしまったものは仕方ないと諦めて窓の景色を楽しもうと思ったら、列車はその瞬間にトンネルに入ってしまった。


「ただいま入りましたのは大死水トンネルでございます。当列車はこのトンネルを5分ほどで通過いたします。そうしますと戦後湯沢駅はもう間もなくでございます。」


おお、もうそんなに立ってしまったのか。ではそろそろ降りる準備をしておこうと俺はゴミ捨てと便所を済ませることにした。便所から出て手を真水で洗い、自席に戻ったときにその景色はすぐに飛び込んできた。


灰色の空の下、一面が白銀の世界。そして減速するにつれて、空から白い灰のようなものがしんしんと降っている。思わず感嘆の声を上げて、俺はおでこの辺りにあるもう2つの目も見開いてしまった。この目を開くときは例えば必ず記憶にとどめておきたい事柄をはっきりと記憶に焼き付ける時と決まっているのだが、今眼前に広がる景色はそれくらいの価値があるくらい、美しかった。ああ、そうか、これが雪なのか。と俺は窓の景色に移る幻想的な世界に見とれてしまい、危うく降りそびれてしまう所だった。

そういえば、まだ培養槽の中にいたころの圧縮教育でこのような文章を聞いたことがあったっけ・・・きっと同じような景色を見たのだろうな、と俺は独り言ちていた。


「トンネルを抜けると、そこは雪国だった。」


駅の改札を出た俺はそばにかきわけられていた雪だまりに飛び込んだ。しゃくしゃくとした触感で、冷たい。何もかもが初めて尽くしで興奮した俺は歩きながら雪で遊んでいたりしていたのでホテルに着いた頃にはすっかりくたくたになってしまっていた。


戦後湯沢がかつて越後湯沢と名乗っていた頃、このホテルには原子力発電所があったという。なんでもスキー場とやらの土地を電力会社が安く買いあさって立てたものらしいが、そもそもスキーとは何だろうか。まあとにかく、ここも大戦の影響でぶっ壊れてしまったらしいのだが、この原発あとから無尽蔵に出てくる処理水を活用したアトミック・スパが新人類ミュータントに大変好評というのでとりあえずそこへと宿を取ることにした次第である。


出迎えた宿では、新人類のおかみがぎょろりとした単眼ををこちらに向けていらっしゃいませえとお辞儀をした。予約していた松戸です、と戸籍証明カードを見せてチェックインを済ませると、俺はすぐさま評判の放射能温泉へと入ったのだった。


雪は未だ降り続いていた。露天風呂とはいえお湯の熱気が届かない場所には少々の積雪がある。そこには誰が作ったのだろうか、大きさの異なる手のひらサイズの雪玉を縦に並べたものが置いてあった。帰ってからわかったことだが、これはノシロウ曰く雪だるまというものらしい。つい手でそれを持ち上げると、掌中でじくじくと溶け出して、跡形もなくなってしまった。不思議なものだ、手のひらの大きさ程度では体温程度で溶けてしまうのに、いざ一気にどかどか降り積もると周りからどんどん熱を奪ってしまうのだから。雪というやつは面白いなあ、と俺は石造りの湯船の中でつぶやいた。


車内の中で食い過ぎてしまったので晩飯はあまり食べなかったが、俺が部屋に帰るとそこにはとんでもない”ごちそう”が待っていた。


「お、お待ちしておりました・・・今宵の相手を務めさせていただきますものです。不束者ですが、ど、どうぞよろしく・・・」


ついさっきまでおかみに叩き込まれたのだろう、覚えたての言葉をたどたどしくつづって、やはり単眼の少女が寝床を敷いて待っていたのだ。ううむ。どうやらこのホテルは”そういうところ”らしい。突発的に予約したので細かい説明文は読んでいなかったのだ。褐色肌の俺とは違ってそれこそ雪のように白い肌がのぞいているこの小娘を今夜抱いて寝ろというなんとも気の利いたサービスだ。しかし一つ困ったことがある。


「あー、俺、チェックインするときにちゃんと言わなかったな・・・」

「は、はい・・・?」


俺はそういうと、浴場で着替えた浴衣を解いて、少女に真実を見せつけてやった。少女は一つしかない眼をぱちくりして信じられないといった様子で俺の体を眺めていた。




「俺、精神や性格は男だけど・・・体は女なんだ。」


しかしだからと言って、”できない”わけでは無い。俺はゆっくりと少女を抱き寄せて布団に横になった。


「不束者ってことは、初めてなんだろ、こういうの。じゃあ手っ取り早い。俺が教えてやるよ・・・”オンナ”ってやつをさ。」




楽しい休暇になりそうだ。と俺は少女を愛撫しながら独り言ちた。

雪は当分、止みそうにはなかった。






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