これでいい?これがいい。
永盛愛美
第1話 始まりは俺作弁当で
営業の外回り中に昼飯をゆっくりと食べるなんて、不可能に近い。
アポ無し飛び込み、アポ有り、会社から呼び出し、お得意様からの至急連絡請う、柔軟に対応できないとクレームの嵐。
昼飯くらいゆっくりしっかり食いたい。弁当を作る事は出来るんだ、後は食う場所と時間だ。
俺は、
産地直送を目玉商品にしたい生産者に直接営業をかけたり、青果センターや市場に出向いて美味しくて安全な生産品を定期的に消費者へお届けする為に、安定価格供給が出来るように、頭と体を使って奔走している。
昼飯の話を営業先でしたら、フレッシュ青果センター事務所の所長と事務のおば、いや、お姉さんが、事務所の中で食べて行けばいい、と……場所を提供してくださった。
後は俺がその時間に
一定の時間に間に合わなかった場合は、パスという事で話がついている。
ツイてるな、俺!寒い日は温かい緑茶、暑い日は冷たいコーヒーとか、緑茶を頂ける。悪いな、有難いな、と思うから……たまには差し入れをさせて頂く様にしている。
今日も今日とて飯が美味い!
俺作だけど、自画自賛だ!
仕事がアガル様に自分の好みのおかずしか詰めてないしな!
時々、母さんに注意されて中身を変えられてしまうけど、まあ……仕方ない。
「小西さん、お茶が入りました。どうぞ」
本日も有難くお茶を頂ける。コンビニに寄ったり自販機を利用したりしなくて済むから助かる。
「あ、どうも有難うございます」
「ここでいいですか?」
「はい、どうも」
「…………」
また、だ。お茶係がおば、いや、お姉さんから今年の新人さんに代わったのだが、このお姉さんは、どうも俺の弁当をよーく、じーっと、舐めるように見つめているのだ。
……俺、食いづらいんですけど?
何か彼女の好物でも入っているのだろうか……?
今日は箸を付たばかりだ。聞いてみるか。
「……食べる……?」
いやあ、こんな台詞は胡散臭いか?気味悪いか?と思ったが、こう毎回じっと弁当を見つめられてしまうと……食いたいのかなあ……なんて疑問が湧いてくるんだよなあ。
野郎の弁当覗き込む趣味でもあるのか?
「え!いいんですか!」
彼女の思いもよらなかった返事に、俺はたじろいだ。
……食う気満々じゃないか……?
「ど……どうぞ。お口に合いますかどうか分かりませんが」
「うわあ、美味しそう……どれにしようかな。ええと……じゃあ、これ頂きますね!」
と言って、彼女は海苔の入った卵焼きをひとつ、つまんだ。
「ど、どうぞ」
「ん~っ!やっぱり美味しい!ちょっと甘くて塩気があって~!小西さんのお母様はお料理上手なんですか?」
……いや、これフツーだろ。それより。
「違います。今日は俺作の
彼女の目が丸くなった。え?急にマズく感じましたかね?
「小西さん!ご自分でお弁当作れるんですか!うっそ、凄いですね!あ、じゃあ昨日の肉団子も?」
……良く見てるし覚えてるな……この子……まさかアレも食べたかったのか?
「いや、昨日のは母親作でしたね」
「ああ、なるほど。だから色鮮やかだったんですね!」
……良く見ていやがる……この子。そうだよ、俺作のは彩りなんて考えてねーよ、食えりゃいい。
俺が気を悪くしたと思ったらしい。彼女はハッ、と我に返った顔をした。
「ごめんさない……あの、拝見していて、いつもとっても美味しそうだなあ、って思っていたんです。まさか小西さんが作ってらっしゃるとは思わなかったです!いいなあ。凄いですね……」
「凄くなんてないですよ。手の込んだものは作れないし。好みのものを作るくらいだから」
「いいえ、美味しそうだと思えるお弁当が作れるだけで尊敬します!」
「いや、そんな尊敬なんてされるモノじゃあないし……」
なんだかどこかにこんな子が居るなあ……?俺んちにひとりいるぞ?弟だけど。
その時、事務所へ青果センターの運送部門の社員が入って来た。
「あっ、ごめんさない。小西さんのお食事のお邪魔しちゃって。ごちそう様でした。ごゆっくり!」
ぺこりとお辞儀をして、社員の方へ小走りに去って行った。
変わった子が入ったな……。
湯呑みを返しに行くと、その子は真剣にパソコンと格闘していた。
そばにいたおば……お姉さんが、苦笑いしている。
新人さんだもんな。
ガチガチな背中に向けてこっそりエールを送っておいた。
(そのうち慣れるから、頑張らずに適当にやっとけよ?)
……まあ、最初はがむしゃらに頑張ってしまうものなんだけどな。
あの日から、新人さんが俺の弁当のおかずを味見した日から、どうやら俺は微妙に懐かれてしまったらしい……。
あれから三日に一度は必ず味見と言うかつまみ食いをしては満足そうに帰って行く。普通は逆だろうが?男の手作り弁当を若い女子が食いたがるだろうか?
そんなこんなで二週間が過ぎた頃には、彼女は俺作かお袋作かを味で見抜く様になった。
今までは見た目なんか全く気にしてなかったが、彩りで評価されてはちっとばかし納得出来ないので、創意工夫をやってみた。
そんな早起きして弁当を盛り付けしていたところを不覚にも妹に見られてしまった。
「何?誰かにあげるの?」
なんて聞いてきやがった。コイツ、侮れないな。理由は言えない。言わない。妹は見た目がいつもモノトーンだった俺作弁当に疑問を抱いていたらしい。
妹に一部食わせてみた。すると背後から、そっと俺たちを静かに見つめる弟も出てきやがった。
この弟は厄介だ。視線を合わせずに、自己主張をさり気なく、期待を込めずにさり気なく『僕にもくれるかな?』とアピールせずに訴えるのだ。不器用なくせに、ここは器用だ。
仕方ない、弟にも食わせてやった。
「美味しい……全部食べたい……これ、毎日作ってたの?どこかで習ったの?」
妹は俺よりは腕は劣るが何とか料理は出来る。が、この弟は……はっきり言って、何にもする気が無い。やる気も無ければ興味も無い。オマケに元気、エネルギーが全く見当たらない。だから、何一つ出来ない。
「全部はやれないからな。余ったやつは食ってもいいけど」
「えっ?いいの?ホントに?」
この弟の甘ったるい笑顔は、一体誰に似たんだろう。
……コイツの為に「餌付け」と言う言葉が存在するんだろう。そんな気がする。
俺の代わりに妹が餌付けを開始していた。さすが俺の妹だ。俺様は暇人ではないのだ。
そうやって、どうだ、俺作かお袋作か、見分けがつかなくなったであろう弁当を携えて、今日も営業先へと乗り込んで来た俺。いや、仕事もしてるんだけどさ、昼飯のスペースを借りているからな。気持ちが上向き?になるんだよ。
「あ、今日は、小西さん作ですね!相変わらず美味しいです……甘みがあるのに塩気もあって、丁度いいですね!」
……見た目ならお袋作と変わり映えしないと思ったが、やはり味付けで識別出来るようになったんだな。侮れん。
この新人さんは、みんなから「
「へえ。由美ちゃんは、味で俺かお袋のかが分かるんだ。凄いね」
まだそんなに回数食ってもいないし見た目だって遜色ないだろうに。
「えっ?そうですか?嬉しいです~私は味オンチじゃなかったんですね!」
味オンチ?こんなにはっきり言い当てる子が?
「なんで味オンチなんかが出て来るの。これが美味く思えるから?」
「あっ、まさかです!そんな事は決して!」
由美ちゃんはエヘヘと笑って、真っ赤になりながらぽつぽつと自分の事を話し始めた。
……仕事はどうした新人さん?
少しは慣れて余裕が出て来たのかな?
これでいい?これがいい。 永盛愛美 @manami27100594
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