第45話 誰かエナドリ持ってない?
翌日も、その翌日も、俺たちの一日の行動は代わり映えのしないものだった。
朝に探索組を見送ってから、その後はひたすら薬の試作と古文書の解読作業。
といっても俺ができるのは翻訳だけなので、解読に関しては医療に詳しいリアが担当し、その代わりと言ってはなんだが俺もリアの試作の手伝いや雑用をやる。
夜に探索組が帰ってきてから、夕飯の席でそれぞれの成果を報告し合い、わかったことや集めた材料などを共有する。そうしてまた、次の日へ。
ラサ・アプソ村に来てからの俺たちのそんな生活も、気付けばぼちぼち一週間が経とうとしていた。残念ながら、まだこれといった進展はない。
「どうだ、今度の翻訳は?」
「ちょっと待つのです…………はぁ、これも違いますね。別の病状についてなのです」
「またダメか。なかなか見つからないもんだな」
積み上げられた翻訳済みの本の山を見て気が滅入りそうになりながら、俺は十枚ほどに束ねた紙に手を押し当て、力を込める。ものの数秒で、一気に十ページ分の翻訳が終了した。
こんな応用法を見つけるくらい、【念写】をしまくっているというのに。
難しい作業ではないとはいえ、さすがに単調すぎて飽きがきてしまった。
ああ、ここにパソコンやラノベがあったら、暇つぶししながら作業ができるのになぁ。そこまで贅沢なことじゃなくても、作業用BGMくらいあれば少しは捗るのになぁ。
ちらりと、ガラス瓶に入った何かの液体をかき混ぜているリアに視線を向ける。
せめて彼女がもう少し友好的だったら、気散じに世間話でもできただろうに……。
「……おや? 瓶に反射して何か人の顔をした魚類が見えると思ったら、シバケン君でしたか。どうしたのですか? 不気味なので黙ってこちらを見つめないでくれますか?」
……無理だわ。こりゃ無理だ。世間話なんかできっこないな。
もう心を無にしてやるしかない、と俺は途中だった翻訳を片付け、まとめた紙束をリアの作業台の脇に置いて次の本へと手を伸ばした。
さて、そろそろリアが選別していた文献の翻訳も全部終わる。これで見つからなかったら、この膨大な本の中からまた医療に関するものを探し出すところから始めなくちゃな。
気の遠くなる思いで、俺は次の本のページをパラパラとめくった。その時だった。
「…………んっ!?」
びっくりして紙面から顔を上げる。
リアが調合の手を一旦止めて、俺が置いた紙束の一番上の一枚に
何か、気になる文言でも見つけたのだろうか。
「リア? どうしたんだ?」
よほど集中しているのか、返事は返ってこない。
仕方なく俺もリアの肩越しに、彼女が指をあてがっている部分を覗き見た。
「なになに? 〈――は悪しき病に困り果てていたのだが、ドレイハウングの丘より持ち帰ってきた木の実の中に神の慈愛の如き効能を秘めていたものがあり――〉」
「なっ……!」
ここでようやく背後に俺がいることに気付いたのか、リアが総毛立って瞬時に俺から距離を取った。速かった。目にも止まらぬ速さだった。
「あの……そんなにビクつかれるとさすがに俺もやるせないっていうか……」
「黙るのです、この変質者。いきなり背後から少女に襲い掛かろうとするなんて、控えめに言って度し難いクズですね。それ以上こっちに近寄ったら、今夜あなたが眠っている間、何か言われた時に『副作用の強い栄養剤です』と言い訳するつもりのこの薬を飲ませるのです」
「それ本当に栄養剤か!? なんかすごい匂いだぞ!」
「安心するのです。ただちに健康に影響を及ぼすものではないのです」
「嘘を吐け、リア!」
ひとしきり言い合ってから、俺たちはお互いに肩で息をしながら座り込む。
勘弁してくれ。連日の作業で疲れ切っているこの体に、このツッコミはきつ過ぎる。
「はぁ……で、何だよ。何かわかったことでもあるのかよ」
若干投げやりな俺の質問に、リアは少しだけ眉を寄せ、渋々といった風に口を開いた。
「……はい、かなり重要と思われる手掛かりなのです」
「〈ドレイハウングの丘〉、とやらから持ち帰ってきた木の実がどうとか書いてあったな」
「文章の続きには、その木の実によって『寝たきり病』と思しき病から救われた、といったことも書いてあるのです。最後の一種類、これで間違いないと思います」
もう一度、翻訳された文章を丹念に読み返し、リアが声のトーンを上げる。
よくわからないが、どうやらようやく進展らしい進展が望めるようだった。
「はぁ~……長かった。でも、やったな。それならあとはその木の実を〈ドレイハウングの丘〉って所に探しにいけば、万事解決だ」
「そう簡単にいったら苦労はしないのです。ここにはただ『木の実』と書かれているだけで、それ以上具体的なことは記されていません。それに探すと言ったって、ドレイハウングの丘と一括りに言っても丘のどこにその『木の実』があるのかもわからないのですから」
うへぇ……なんだよ、じゃあまだまだ先は長そうじゃんか。ぬか喜びさせやがって。
「……と、いうことは?」
「引き続き、解読を続けるのです」
ですよね、知ってた。やっぱり現実は非情である。
翻訳を再開しようと重い腰を上げて、俺は本の山にある一枚の石板を手に取った。所々に傷や凹みがあるざらついた面に、古代文字が刻まれている。
ふと、ラサ・アプソ村に来る前に麓の洞窟遺跡で見かけた、あの壁画文字を思い出す。そういえば、あそこにも名前が出てきたっけな。〈ドレイハウングの丘〉。
「なぁ、リア。ちなみに〈ドレイハウングの丘〉っていうのはどこにあるんだ?」
「〈ドレイハウングの丘〉というのは旧名なのです。現在の地名は、リード平原、の……」
そこまで聞こえてきたところで、突然ドサッという鈍い音が彼女のセリフに割り込んだ。
怪訝に思って振り返り、俺はぎょっとする。
先ほどまで読み耽っていた紙束を握り締めたまま、リアは床に倒れ伏してしまっていた。
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