第二章 特効薬を探して
第44話 天才少女は気になるらしい
「それでは、俺たちは探索に行ってくる」
翌朝、村長宅の一階の居間で(村の宿屋が休業していたので、村長さんが俺たち三人も家に泊めてくれた)朝食を囲みながら簡単にミーティングをしたのち、シビルたちは探索の支度を整えて材料集めへと出かけていった。
「リアさん、シバケンさん、お二人も頑張って下さいね」
「サボっちゃだめだよ、シバケン。あ、それと、二人きりだからってリアちゃんに変なことしたらハンマー百叩きの刑だからね!」
「サボらねーよ。しねーよ」
「大丈夫です、ジャックさん。もしシバケン君が、その普段己で発散するしかない衝動をリアにぶつけようとしてきたときは、そもそも叩く頭が無くなります」
「しねーよ! 絶対しねーよ!」
とまぁ、出がけにひと悶着はあったものの、俺たちも三人を見送ってから早速古文書の解読に着手した。
「それにしても、まるでちょっとした博物館だな」
研究室に戻り、ぐるりと本棚を見回す。こうして改めて見ると、なかなかの数だ。本の形態も色々で、普通に本の形をしているものは勿論、木板や石板、粘土板といった紙以外の媒体の文献もいくつかあった。
「この中から目当ての情報を探すのは大変そうだ」
「ええ。ですが、既にリアたちが医療関係のものではないかと推測し、選別しているものがいくつかあるのです。この膨大な資料を漁る前に、まずはそちらの解読をお願いします」
「ほいよ、了解」
「その間リアは、昨日兄さんが持ってきてくれた材料を試してみるのです。ここで作業していますから、何かわからないことがあっても話し掛けないで下さい」
「話し掛けちゃダメなのかよ……」
俺は翻訳はできても解読はできないんだっつーの。色々訊く気満々だったっつーの。
俺が溜息を吐くと、リアはふんっ、とそっぽを向いてから、
「……冗談です。翻訳が済み次第、こちらに持ってきて下さい」
相変わらず平坦な口調でそれだけ言って、さっさと作業をし始めてしまった。
うーむ、非常にやり辛い。よくよく考えてみれば、この後リアと一つ屋根の下で、しかも二人きりで何時間も作業をしないといけないんだよな。
年下の可愛らしい獣耳少女とそんなシチュエーションになるなんて、本来だったら狂喜乱舞するところだが、だと言うのにこの気まずさときたら一体なんだ?
「はぁ~…………仕事しよ」
早くも作業に没頭してしまったらしいリアを横目に、俺もいそいそと古文書の山に手を伸ばした。
パラパラとページをめくってみる。リアの言う通り書かれているのはアイベル公用語ではなく、昨日見た古代文字によく似た文字だった。
更にパラパラとページをめくっていき、文章を頭の中に詰め込んでいく。基本技能の【速読】のお陰か、十分もかからず読破できた。
とはいえ、これではただ意味不明な文字列を頭に入れただけで、内容に関してはさっぱりわからない。これはやはり、【念写】に頼るしかなさそうだな。
まぁ、そもそも俺が直接古代文字を読めるようにすれば、【念写】の過程は省けて【速読】だけで事は終わるのだろうが、それは面倒だ。異世界に来てまで勉学に勤しむつもりはない。
「なぁ、リア。取り敢えず一冊分の翻訳をしたいんだけど、空いている机とかあるか?」
俺が尋ねると、リアは手元から顔を上げずに答える。
「机は今リアが使っている一つだけなのです。その辺の床ででもやって下さい。横たわるのには慣れているのですよね、シバケン君は?」
おのれは、いちいち人をディスらないと会話ができないのか。
よっぽどそう言ってやろうかとも思ったのだが、更なる罵詈雑言が返ってくるだけのような気がしたので、俺は大人しく言われた通りにすることにした。
我ながら情けない。「クールな年上男性」が聞いて呆れるな。
「よっこらせ……っと。さて、やるか」
仕方がないのでメモ用紙を床に置き、俺は片膝を付いて右手を用紙に押し当てた。
青白い光がメモ用紙を包み、消える。手をどかせば、翻訳済みの文章がきちんとメモ用紙に記載されていた。
「…………」
何やら視線を感じる。
顔を上げると、部屋には相変わらず調合に専念しているリアの姿しかない。
気のせいだったかな? まぁいい、再開だ。
首を傾げつつ、再びメモ用紙に手を当てる。【念写】、っと。
「…………」
また、視線を感じた。さっきよりも素早く顔を上げてみる。やっぱり部屋には作業に集中してこちらに背を向けているリアしかいない。
が、顔を上げた時に一瞬だけ、彼女の後ろ髪が風も無いのにふわりと揺れたのが見えた。
「……ほいっ、【念写】」
三度、紙に手をあてがった。今度は初めから顔をあげたまま、少し声量をあげて。
「…………ッ!」
案の定、俺の掛け声とほぼ同時にリアがゆっくりと盗み見るようにこちらを振り返り、それから顔を上げていた俺と目があった瞬間、ハッとして手元に目を戻した。
えっと…………。
「なぁ、リア?」
「……何でしょうか、シバケン君?」
「別に気にしないから、近くで見ても良いんだぞ?」
途端にリアは饒舌になる。
「え、すみません。ちょっと何を言っているのかわかりかねるのですが? 何なのですか? 構って欲しいのですか薄気味悪いですね。せめて人の言葉を学んでから出直してきてもらってもいいですか?」
えぇ~……そんな変な意地を張らなくてもいいだろうに。
ていうか、さっきからめっちゃこっち見てたじゃんか。
俺が何も言えずに黙りこくっていると、リアはしばらく手元の器具をカチャカチャやっていたが、やがて大きな溜息とともにその手を休めた。
くるりと回れ右をして、トテトテと俺のそばまで近寄ってからストンと座り込む。
「…………このままでは気になってしまって、作業に集中できないのです」
「なんだ、やっぱり見たかったんじゃ――」
「は?」
「あ、いえ、何でもないであります……」
お前どっからそんな声出してんだよ、というほど冷え切った低い声で睨んでくるリアに気圧されながら、俺はもう一度【念写】を披露した。
この子はもう「愛想のいい性格じゃない」とか、そういうレベルをとっくの昔に超えているんじゃなかろうか?
シビルめ、どうしてこうなるまで放っておいたんだ。お前の妹だろ早く何とかしろよ。
「……はいよ。ざっとこんなもんだな」
「なるほど、これはたしかに便利な技能なのです。《物書き》のスキル、ですか。どうやら、シバケン君もただ死んだ魚のような目をしているだけではないのですね」
「そりゃどーも。評価が上がって嬉しいよ」
「はい。少々癪ですが、認めます。シバケン君は死んだ魚のような目の人ではなく、水を得た死んだ魚のような目をした人だったのです」
「すげぇ悔しそうな顔してるとこ悪いけど、やっぱりあんまり変わってないよね? 結局死んでるよね?」
俺のセリフを華麗にスルーして、一度しっかりと見てそれで満足したのか、リアはすっくと立ち上がるとまた作業台に戻っていった。
脱力気味に肩を落として、俺は窓の外の景色を見やる。陽はまだ高い。探索組は、帰って来るのは日没くらいと言っていたっけ。
…………早く、帰ってきてくれないかなぁ。
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