第28話 どうする、「大演劇祭」!?

「『交替の時間が早まった、あとは自分が引き継ぐから休んでくるといい』……その方は私にそう言いました。知らない顔でしたが、ちゃんと騎士団員の腕章も付けていましたし、まだ新米である私が面識の無い団員がいるのも不思議はないと思って、言われた通りに詰め所で休憩を取っていたんです。そうしたら……」


 さっきラヴラをどやしつけていた騎士団員の男が詰め所にやってきて、ラヴラが護衛していた劇団員のテントがもぬけの殻だという事を知らせてきたという。


 護衛をほったらかして何を呑気に休んでいるんだ、と怒り狂う上官に、ラヴラは先ほど交替を告げに来た団員の名前と、その事情の一部始終を必死に説明したらしい。


 だが、返ってきた答えは「そんな名前の団員は存在しない」という、とんでもないものだった。


「やられた、と思いました。彼らは劇団員です。普段から熟練した演技を披露し、精巧な衣装を繕う彼らには、騎士団員の腕章を偽造するのも団員のふりをして私を欺くのも朝飯前だったことでしょう。大急ぎでテントに戻り、せめて何か痕跡はないかと探したのですが……残念ながら、何も手掛かりは得られなくて……」

「それで、今に至ると?」


 俺が締め括ると、ラヴラが再び力なく頷く。すっかり参ってしまったといった様子だ。


「あちゃあ~……それはたしかにやられちゃったね。旅芸人や流しの一座にはそういう人たちもいるって話は、ボクも噂程度には聞いていたけど、まさか実際に遭遇するなんてなぁ」


 隣ではジャックも、複雑な面持ちで頭を掻いた。


「かの劇団が演劇を披露する筈だったのは三日後、つまり『大演劇祭』最終日の午後の部の一番手。それはもう街中に伝わっている情報です。王女様もいらっしゃる大舞台で、まさか『劇団が逃げ出したので演劇はできません』ではすまないと、上官の方にはそれまでにこの事態を何とかしろと言われてしまったのですが……ああ、一体どうしたら」

「だ、大丈夫だよラヴラ! よしよし、よしよ~し。ほら、取り敢えず落ち着いて。ね?」

「うぅ……でも……このままでは私、騎士団から厳しい処罰を……」


 ついには両手で顔を覆い震える声で弱音を漏らすラヴラを、ジャックが慌ててなだめすかす。それからチラリと俺に一瞥をくれた。「何とかしてあげられないかなぁ?」とでも言いたそうだ。


 う~む。そう言われても、俺だって困る。


 普通こういう場合は、異世界に転移した主人公(この場合は俺ということになるんだろうが)が、持ち前のチート能力やら主人公補正やらを使ってサクッと逃げた劇団を連れ戻すなり、なぜか都合良く代わりの実力派劇団と知り合うなりして乗り切る、という展開がセオリー。『大演劇祭』は無事終わり、ラヴラも助かる、万々歳、って具合だろう。


 しかし! 何度も言うが俺は単に人より本を書くのが得意なだけの、ただの冴えないもやし野郎な男子高校生なのだ。

 哀しいかな、異世界に来ようとそれは何も変わらなかったのだ!


 そんな俺に、一体何を期待しているのかね? とばかりにジャックの前で大仰に肩をすくめて見せるも、ジャックはやや不満そうに口を尖らせ、なおも視線で俺をせっつくだけだ。


 う~ん、弱ったなぁ。そりゃ、俺だってラヴラは助けてやりたいが……。


「……いや、待てよ?」


 そこで俺は、ふと気になったことをラヴラに尋ねた。


「なぁラヴラ。さっき、この劇団が最終日に演劇を披露することは既に周知済みだ、って言ってたけど、それってこの劇団がどんな劇をするのかっていうのも、知らされてるのか?」


 唐突な質問に怪訝な表情を浮かべながら、ラヴラがゆっくりと顔を上げた。


「い、いえ……劇の内容までは公開されていないと聞いていますが」

「そうか……なら……いや、でもやっぱりこの状態じゃ……」

「シバケン? 急にブツブツ言ってどうしたのさ?」


 口元に手を当てて考え込む俺に、ジャックも不思議そうな顔で訊いてくる。


 と、不意にテントの入り口から真昼の眩しい日差しが差し込み、次には数人の男女が列をなして入ってきた。


「お疲れ様です、騎士様」


 入って来た数人の内、先頭にいた大柄な男がラヴラに軽く会釈をする。

 それにならうようにして、後ろにいた者たちも口々に挨拶の言葉を告げた。


 突然の来訪者に一瞬驚いたものの、ラヴラはすぐにハッとして姿勢を正し、ゴシゴシと涙を拭うと自らも男たちに向かって小さく頭を下げた。


「それで、あの……どうでしょうか? 何かわかったこととか、ありましたかね?」


 不安そうな面持ちで遠慮がちにそう尋ねてくる男の言葉に、ラヴラは口を噤んでしまう。


 その様子で、大体の状況は察したのだろう。男たちもまた、落胆と諦感を織り交ぜたような暗い色をその顔に滲ませた。

 テントの中を支配する何とも言えない陰鬱な空気の中、ジャックが口を開く。


「えっと……ラヴラ、この人たちは?」

「彼らは、今回逃げてしまった劇団で色々と雑事をされていた、従者の方々です。逃げてしまったのは劇団の主要メンバーだけで、彼らは何も知らされていなかったそうなんです」


 ラヴラに紹介されて、従者の面々が俺たちにも軽くお辞儀をしてくる。

 しかし、彼らの瞳は何やらどんよりと曇りきっており、その一挙手一投足もどこか上の空といった感じだ。

 正直、俺たちの存在がちゃんと頭に入ったのかすら怪しいところだ。


「にしても……そうか、手掛かり無しか」

「畜生……主人がいなくなっちまって、俺たちゃこの先どうしたらいいんだよ」

「それどころじゃねぇ。王女様も見る大舞台で、このまま演劇ができなかったら俺たち……」

「……処刑、なんスかね? アタシらやっぱり、代わりに責任取らされて処刑スかねぇ……」


 陰鬱な空気はますますその重さを増し、従者たちが次々に絶望の声を上げる。まるでこの世の終わりか、滅亡か、とでもいわんばかりの嘆きぶりだ。


 ラヴラも、そしてジャックでさえも、彼らの重苦しく悲痛な喘ぎに黙りこくってしまう。


 そんな、どうしようもない鬱ムードの中で。


「あ~……コホンッ。盛り上がってるとこ悪いんだが、ちょっと提案があってだね?」


 場違いにも程がある緊張感の無い声で、そんな呑気なことをほざくアホがいた。

 ……というか、それは俺だった。


 テント内の全員の視線が集まってくるのを感じながら、俺は単刀直入に述べる。


「えっと、多分だけど……乗り切れるかもしれないぞ? 『大演劇祭』」

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