第27話 消えた劇団員

 空になった馬車とガルムを置きに一度宿屋まで戻ってから、俺たちは再び目抜き通りに戻って来た。


 いよいよ人で埋め尽くされんばかりの通りを、昨日ラヴラに教わった近道や裏道なども使って練り歩き、そして食べ歩いて行く。


「ん~! んんん~! んん、んんんん! んんんっんんんんんんん!」

「すまねぇ、ハムスター語はさっぱりなんだ。飲み込んでから喋れ」

「モグモグ……ゴクンッ。ねぇ、シバケン! これすっごく美味しいよ!」

「わかったから落ち着けって。ほら、口元にソースが付いてるぞ」

「んっ……へへ、ありがとう。それよりほら、シバケンも食べてみなって」

「大袈裟な奴だな。屋台の食い物ってのはそこまで美味いもんじゃなにこれめっさ美味いんですけど!?」


 気付けば俺たちもすっかり街のお祭りムードにあてられたようで、こんな調子でひたすらにグルメツアーを楽しんだ。


 そうしてひとしきり腹を満たしたあと、思い出したようにラヴラのことが話題に上がり、ジャックの提案で差し入れを持ってラヴラの陣中見舞いに行こうということになった。


「ラヴラ、昼休みの間なら会えるって言ってたよね?」


 目抜き通りにある屋台で適当なものを見繕って、俺たちは街の中央広場、「大演劇祭」の会場へと向かう。


「ああ。でも、休み時間の間に会えるかな? なにしろこの人の数だからなぁ」

「大丈夫! ラヴラの匂いならボクが覚えてるから、それを辿っていけばいいよ。任せて!」


 中央広場に設営されているのは、会場といってもそこまで大掛かりなものではない。広場の南半分に客席が、北半分に舞台と参加者や関係者のバックヤードが設けられているだけ。

 サーカスみたいに天幕が張られていたりもせず、さしずめ野外ライブ会場といった風体だ。


 今は半分以上が空席になっているその客席部分を迂回して、俺たちは北側のバックヤードまで歩いていく。やがて、参加劇団が控えていると思しきテント群が見えてきた。


「さてと、この辺りだと思うけど。ラヴラはどの劇団の警護をしているのかなぁ」


 一つ一つのテントを覗き見ながら、俺たちはぐるりとバックヤード沿いを進んでいく。すると……。


「何をしているんだ! この間抜け!」

「は、はいっ! 申し訳ありません!」


 ちょうど差し掛かった一つのテントの中から、何やら怒気を孕んだ大声と共に、聞き覚えのある謝罪の声が聞こえてきた。この声は、もしや……?


「まったく! いいか? 本番までに何とかできなければ、その時は覚悟しておけよ!」


 テントから、丈夫そうな鎧に身を包んだ中年の騎士団員の男が出てきて、振り向きざまにテントの中にそう告げる。それから何やら焦燥の面持ちで足早に俺たちの横を通り過ぎて行った。


「騒々しいな。一体何があったっていうんだ?」

「わかんないけど、さっきの声、ラヴラだったよね? 何か謝っているように聞こえたよ?」


 二人して首を捻っていても始まらないので、俺は意を決して騎士団員の男が出てきたテントの入り口に手を伸ばし、ゆっくりと布を引っ張った。


「えっと、ごめんくださ~い」

「さ~い……」


 恐る恐る中を覗く俺に続き、ジャックも俺の背中越しに首を伸ばした。


「は、はい。どちら様で……あら?」


 案の定、テント内にはラヴラがいた。

 浮かない顔で入り口の方を振り向いた彼女が、俺たちの姿を認めて目をしばたたかせる。


「し、シバケンさん? ジャックさんも……」

「よう、お疲れ」

「やぁ、ラヴラ。ぼちぼち昼休みだと思って、差し入れ持って遊びに来た……んだけど、何かあったのかい?」


 ジャックの問いに、ラヴラはしばし逡巡する素振りを見せてから、呻くように呟いた。


「……はい。実は――――」


 ※ ※ ※ ※


「護衛対象の劇団員がいなくなったぁ?」


 素っ頓狂な声を上げるジャックの前で、ラヴラが力なく頷いた。


「いなくなった、って……なんでまたそんな事になっちまったんだ?」

「確かなことは言えませんが、恐らくは……逃げてしまったんだと思います」

「逃げた?」

「ええ」


 今回の「大演劇祭」に参加する劇団には、王女様一行もご覧になる重要なイベントへの参加ということもあって、スパニエルからかなり高額なギャラが支払われることになっていた。


 参加劇団にはそれに加えて、街の人気飲食店の優先利用権、宿泊費の割引など、「大演劇祭」期間中における様々な特典が与えられるのだが、その中の一つに「ギャラの半分を前金として渡す」というものがあったらしい。


 ラヴラが護衛をしていた劇団にも当然その権利が与えられていたのだが、今朝の開会式で参加劇団全てに前金が支払われたあと、あろうことかその劇団は、前金だけ持ってトンズラをぶっこいてしまった。


 ぽつりぽつりと語るラヴラの言葉をまとめると、大体このような話だった。


「そのような事例があるという話は騎士団の先輩方からも聞かされていたので、私も注意はしていたのですが……迂闊でした。どうしてで不審に思わなかったのか……」

「その劇団は、ラヴラが朝からずっと監視、もとい警護してたんだろ? それでどうやって逃げおおせたんだ? お前に限って、見落としや注意不足ってことは無いと思うが」


 自分では「まだまだ新米」なんて言っていたが、彼女の騎士としての信頼性や技量の高さは、昨日一日を一緒に過ごしただけでも充分に伝わってきた。あの様子なら、少なくともそんなお粗末なミスを犯したりはしない筈だ。


 俺がそう指摘するも、ラヴラは俯きがちにフルフルと首を振る。


「……今となっては言い訳にしか聞こえないかも知れませんが、勿論、私は片時も彼らから目を離した瞬間はありませんでした。『他の劇団に知られたくない』という理由で隠れて劇の練習をする時も、彼らに付いていきました。けれど……」


 ラヴラの銀の拳が、固く握り締められる。


「つい、一時間ほど前のことです。私が劇団を護衛している所に……一人のの方がやってきたんです」

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