第29話 俺たちでやればいいんだよ
俺を除くその場の全員が、揃って目を丸くした。
「ど、どういうことですか、シバケンさん? 『乗り切れる』って……」
「言葉通りの意味だよ。もしかしたら、ここにいる誰一人として処罰なんか受けずに、三日後の持ち時間できっちり演劇を披露できるかもしれない、ってこと」
途端に、今度は全員が色めきたって詰め寄って来る。
「そ、そんなことができるのですか? クセ毛のお方!」
「もしや、何か劇団を連れ戻す為の手掛かりでも見つけたんですか? クセ毛のお方!」
「そ、それとも、どこか他の劇団へのツテでもあるんスかっ? クセ毛のお方!」
「是非! 是非お教え願いませんかっ! クセ毛のお方!」
「だぁぁぁ! やかましい、いっぺんに喋るな! あと今クセ毛って言った奴、後で屋上な!」
俺は群がって来る従者たちを引っぺがし、ひとまず気を落ち着かせるように説き伏せる。その横で、それまで黙っていたジャックが心配そうな目でグイグイと俺の袖を引っ張ってきた。
「ね、ねぇ、シバケン? 今ならまだ間に合うよ? ボクも一緒にごめんなさいしてあげるから、『やっぱりそんなの無理です。大きな口をきいてすみませんでした』って言った方がいいんじゃないかなぁ?」
「失礼なワン公だなオイ。口からでまかせじゃないから。本当に考えがあって言ってるから」
「ホントにぃ? じゃあ、一体どんな考えがあるって言うんだよ」
疑り深そうにジャックが言うと、ラヴラや従者の皆も固唾を呑んで俺を見やる。
別に焦らすほどのアイディアでもないので、俺は端的に説明した。
「要するにだな。ここにいる俺たちで、代わりに演劇をやればいいんだよ。それが一番手っ取り早い解決法だ」
案の定騒めく面々を見回して、俺は従者の中でもまとめ役を担っていると思しき大柄な男に問うた。
「ちなみに、劇団で使う衣装や小道具なんかって、従者の人らが管理してるの?」
「え? は、はい。作るところまでは団員の皆さんがやりますが、維持管理は我々が」
「その衣装や小道具ってのも、全部逃げた連中に持ってかれちまったのか?」
「あ、いえ。たしかに高価な衣装や貴重な装飾品は持って行かれてしまったようですが、半分以上は今も、一応自分らが管理しています」
「そりゃ結構。だったら、準備にもそう時間は掛からないな」
男の返答に俺は満足げに頷くも、従者たちの顔からは困惑の色は消えない。
眉間に皺を寄せながら、次々に疑念を口にする。
「し、しかしですな。たとえ衣装や小道具があったとて、我々はただの雑用係。演劇に関してはずぶの素人も良いところなのですぞ?」
「これでそれなりに時間があるっていうならまだしも、本番はもう三日後っスよ?」
「人数だって、ここにいる全員だけではいささか少ないんじゃ……」
「技量も、時間も、人手も足りないし、何より……」
不安に満ちた声の中、誰がともなく決定的な欠陥を挙げた。
「……『脚本』が無いんじゃ、文字通りお話にならないですよ」
「よしんば他が充分でも、こればっかりは脚本家がいないとどうにもならんからなぁ」
ピクッ、と。
ジャックのフサフサな耳と尻尾が反応する。
それと同時に、何か思いついたような顔をしたジャックが、やや興奮気味に呟いた。
「――いや、いる。いるよ! お話を作れる人!」
俺に向けられていた視線が、今度は一斉にジャックに向けられた。
「お、わかったか? さすがは我が相棒」
伊達に一緒に旅をしてきたわけではなかったということか。
俺はジャックのフサフサの頭をわしわしと撫で、それからラヴラたちに向き直り、腰に手を当てて声高々に言い放った。
「そう言えば、ちゃんとした自己紹介がまだだったな。俺の名前は真柴健人。この度、故あってとある片田舎を出て〈アイベル大陸〉中を旅することになった、しがない放浪作家だ」
どこぞのご隠居の印籠よろしく、俺は腰のブックホルスターから書きかけの紀行文の本を取り出し、ページを開いて見せてやる。
「これも何かの縁ってやつだ。演劇をやるなんてなかなかできる体験じゃない。俺がこれから生み出す作品の何かしらの参考にもなるだろうからな。その脚本作り、このシバケンが請け負った」
従者たちはいよいよ驚きを隠せないといった様子で、まるで幽霊にでも出くわしたかのような顔で紀行文を凝視していた。
たっぷり数分間ほどはそうしたあと、まとめ役の男がやっとこさ口を開く。
「お、驚いた。まさかこんなところで本を書ける方に出会えるなんて、願ってもない奇跡です。ですが……それでもやはり、今からではもう……」
血が滲むほど唇を噛み締めて、なおもそんなことを言うまとめ役の男。
助かりたいのか助かりたくないのかどっちなんだよ、とツッコミたい気持ちをグッと堪えて、俺は自信たっぷりに宣言した。
「大丈夫だ、任せてくれ。俺にとっておきのシナリオがある。今すぐにでも練習を始められて、かつこの少人数、この短期間で、どんな素人でもそれなりに形にできる。そして何より、おそらくはこの街の誰もが見たこともないような、とっておきの演目がな」
「そ、そんな夢のような演目が本当にあるんですか? い、一体どんな……?」
焦らすというなら今しかない、と、俺は疑惑半分、期待半分といった従者たちの前で不敵な笑みを浮かべつつ、ためにためてから、バタンと勢いよく本を閉じた。
「俺たちがやる演劇はズバリ――――『桃太郎』だッ!」
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