第20話 美少女騎士は力持ち

 「うわぁ、人がいっぱい! ここがスパニエルかぁ!」

 

 西門から街の中へと進んだところで、ジャックが感嘆の声を上げる。

 何人もの人や何台もの馬車が忙しなく行き交い、通りは商人たちの呼び込みの声や、買い物客の喧騒、どこからともなく聞こえてくる軽やかなリズムの音楽で溢れている。


 瀟洒で活気に溢れた中世風の街並み。正しくそんな風景が今、俺の目の前に広がっていた。なるほど、中小都市とはいえ、王都との中継地点に位置するだけはあるようだ。


「うむ。こういう光景こそ、正に異世界って感じだよな」


 と、通りを歩いていた人たちの何人かが俺たちに視線を向ける。

 馬車を引いているガルムを見て大騒ぎされるかと思ったが、街の人たちは一瞬顔を向けると、すぐにまた思い思いの方向に歩いて行った。


 どうやら、ここの住民たちにとって荷馬車を引いている魔物というのはさほど珍しいものでもないらしい。


「こんな荷馬車を引いて街歩き、というわけにもいきませんから、取り敢えずは宿に向かいましょうか? そこで一旦落ち着いてから出掛けましょう」


 というラヴラの案内で、俺たちはひとまず宿を探すことに。

 ここに来るまでに寄ったいくつかの村々と違って、高級宿から素泊まりまで、スパニエルにはいくつもの宿がありなかなか選ぶのが難しい……と、思ったがそんなことは全然無かった。


「馬車を留められて、魔物の同伴が可能で、かつリーズナブルなお値段で……」


 こんな風に条件を絞っていった結果。選択肢はぐっと狭まっていき、最終的にその中からラヴラが「ここなら問題無し」とした街はずれの一軒を、俺たちのスパニエルでの拠点に決めた。


 ※ ※ ※ ※


「いや、悪いな。宿まで決めて貰っちゃってさ」


 ナップザックを置き、「先に行ってて」と言うジャックを残して本と貴重品だけを持って部屋を出た俺は、宿の前でガルムの頭を撫でていたラヴラに礼を告げる。


 ……っていうか、おい、ガルム。魔物のくせに生意気だ。今すぐその場所代われこの野郎。


「いえいえ。先ほどは本当に助けられてしまいましたし、これくらいはさせて下さい」


 そう言ってにこっと微笑むラヴラ。

 一瞬後光が射しているんじゃないかと錯覚するほどのその聖女オーラに、俺は思わず諸手を合わせて拝み倒しそうになった。ラヴラ、どこまでも良い子!


「それにしても、シバケンさんは凄いですね」

「え? 何が?」 


 間抜けな声で返す俺を横目に、ラヴラが微笑みながらガルムの顎を撫でる。


「このガルムですよ。あれほど手際よく魔物を、しかも気性の荒い群れのリーダーを手懐けてしまうなんて、腕利きの《猛獣使いテイマー》の方でもそうそうできることではないと思いますよ? シバケンさんの知識の深さには、私、すっかり感心してしまいました」

「ほぉ、《猛獣使い》……そういうのもあるのか」


 言いながら、既に俺はブックホルスターの赤本からページを抜き取り、ラヴラの興味深そうな視線の下、サラサラとメモを取っていた。


「……っと。悪いな、続けてくれ」

「フフ、熱心ですね。シバケンさんは本当に、文章を書くのがお好きなんですね?」

「ん? ああ、そうだな、好きだ。まぁそれくらいしか能が無いってのも、あるんだけどさ」

「たった一つのことを極めることだって、凄いことですよ。少なくとも、私はそう思います」

「そうか? そりゃ、ありがとうな。……うん、今のセリフもなかなか良いな。それも頂き」

「え? や、やだ……文章にされるとなると、何だか少し気恥ずかしいですね」


 ラヴラはほんのりと頬を赤らめて、照れ隠しのつもりかことさらにガルムを撫で回した。

 赤面する美女と、獰猛な見た目の野獣。なるほど、これは確かに絵になるな、おとぎ話の題材にもされるわけだ……などと呑気なことを考えていると。


『……ガウッ』


 さすがに鬱陶しかったのか、ガルムがラヴラの腕を乱暴に跳ねのけて、そのまま銀燐に覆われた彼女の華奢な腕に噛み付いた。


「うおぉい!? 何やってんのっ!?」


 飼い犬(飼いガルム?)の思わぬ逆襲に面食らって、俺は慌ててラヴラの下へ駆け寄る。

 けれど、当のラヴラは驚いた表情こそ浮かべていたが、特に悲鳴を上げたり苦痛に顔を歪めていたりはしない。

 ガルムの方は結構本気で噛み付いている様子なのに、全然平気そうだ。


「あ、あら……?」

「おいおい。大丈夫か? 思いっきり噛み付かれてるぞ?」

「ああ、いえ。私の方は何ともありません。こう見えても、体は頑丈な方ですから」


 いや、サメやワニもかくやというほどの凶悪な牙にガッチリ噛み付かれているのに何ともないってのは、さすがに頑丈どころの話じゃない気もするんだが……。


「まぁ、ラヴラが大丈夫って言うなら、良いんだけどさ……」


 見ている分にはかなり痛々しいのだが、ラヴラのそんな落ち着いた様子を見て、俺もほっと胸を撫で下ろした。

 まったく亜人種っていうのは、本当に人間離れしているな。


「でも、困りました。鱗が牙に引っ掛かってしまったのか、引っ張っても全然抜けなくて」

「犬に、っていうか動物に噛まれた時は、引っ張るんじゃなくて逆に押し込むといいって、何かの本で読んだことがあるけど」

「押し込むんですか? ……わかりました。やってみます」


 しばらく逡巡していたラヴラが、やがて視線を上げてガルムの正面に回り込んだ。

 そのまま少しだけ態勢を低くして、体全体を使って噛まれた腕を押し込んでいく。


『ガォ? ガ、オォ……』

「うわ、すげ」


 ラヴラが力を込めると同時、苦しそうに口を開けようとするガルムもろとも荷馬車(旅の道具やらジャックが作った武具の数々が荷台に満載の状態)がゆっくりと後退し始めた。


 一目見るだけで、それがとんでもない膂力りょりょくの成せる業だとわかる。

 馬車はやがて近くの石塀に当たって止まり、ガルムも遂に逃げ場をなくしてラヴラの腕を吐き出す。

 ヘッヘッ、と荒い息を吐き、何やらくたびれたような顔で座り込んでしまった。


「なるほど、動物に噛まれた時には、引っ張るんじゃなくて押し込む……凄く勉強になりました!」

「いやいや、『凄い』ってのはこっちのセリフだぜ。力持ちなんだな、ラヴラは」


 ここに来るまでにも何人もの亜人種を見てきたし、彼らの身体能力が人間より遥かに優れていることはもう充分わかっていたが、こと頑丈さとパワーに関して言えばラヴラはずば抜けているように見える。


「いえ、そんな。それくらいしか脳がないだけですから」


 照れ隠しと自虐が入り混じったような苦笑いを浮かべ、ラヴラがもじもじと身じろぎをする。


 こうして見ればいたって普通の美少女だが……なるほど、これなら騎士であるという話も納得だ。

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