第19話 竜の女騎士・ラヴラ
動力である馬が逃げてしまい、一時はどうなるかと焦ったものだったが、そんな心配も今、目の前で馬車を引いているガルムが全て解消してくれた。
よほど俺のマッサージが気に入ったのか、このワン公は仲間になりたそうな目でこちらを見つめてきたので、我がパーティの足として採用することにしたのだ。
「それでは、お二人はスパニエルを目指しているのですね?」
「はい。レークランドの方に行くつもりならスパニエルに寄るのが良いって、ウィペット村の村長さんに教えてもらったんです」
手綱を握る俺の背後から、ジャックたちの親しげな会話が聞こえてくる。
「レークランドですか。行ったことはありませんが、ペンブローク王国の中でもかなりの大都市と聞いています。この辺りからも距離があるそうですし、途中には大きな町もありませんからね。そういうことなら確かに、スパニエルで旅支度を整えるのが良いでしょうね」
「そうなんですか? う~ん、そういうことなら何日か腰を据えて、じっくり準備した方がいいかも。別に急ぐ旅でもないしなぁ」
腕組みをして考え込むジャック。すると、女騎士さんが「それなら」と手を合わせた。
「よければ、街を案内しましょうか? 私、こう見えてスパニエルの街の騎士団に所属している騎士なんです。と言ってもまだまだ新米ですけれど。でも、武器や防具、その他道具や素材のお店など、色々と紹介できると思います。勿論、お邪魔でなければ、ですが」
「え、本当に? ありがとう! それは助かります!」
「フフフ! はい、了解しました」
終始穏やかで、言葉の端々から俺たちへの無償の気遣いが滲み出ている美少女騎士さんの口調に、俺は心底癒されると同時に、罪悪感に押しつぶされそうになる。
ああ、こんなよくできた娘さんに、俺はなんてひどいことをしてしまったのだろうか。
反省しよう。そして次からは、もっとソフトなイタズ……コミュニケーションを図っていこう。ああ、そうしよう。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はラヴラ・トリバドーレ。スパニエルの治安を守る騎士団で騎士をしています。どうぞ気軽に、ラヴラと呼んで下さいね」
楚々として丁寧な彼女の挨拶に気後れしそうになりながら、俺たちも名乗り返す。
「ボクはジャック。ジャック・ラッセルって言います。歳は十七で、世界中の遺跡を巡って旅をするトレジャーハンターをやってます。ボクのこともジャックでいいですよ、ラヴラさん!」
「真柴健人だ。歳は二十で、旅の物書きなんてやってるよ。まぁひとつよろしく」
俺はともかく、ぎこちない丁寧口調のジャックの自己紹介が可笑しかったのか、ラヴラがその華奢な手を口元に添えて微笑む。そんなふとした動作もまた可愛らしくて大変結構だ。
「『ラヴラさん』、なんて、そんな畏まった話し方でなくても構いませんよ? 私も皆さんと同年代ですから、もっと気楽に話し掛けて下さい」
「そう? ……うん、わかったよ。それじゃあ改めてよろしくね、ラヴラ!」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますね、ジャックさん」
「アハハ、ラヴラの方こそ、そんな話し方じゃなくても大丈夫だよ?」
「ああ。私のこれは、もう癖のようなものですから気にしないで下さい。……それで、あの」
と、ここでラヴラは話し相手をジャックから俺に変えて、小首を傾げた。
「シバケンさん、と仰いましたか? 先ほどからお伺いしたかったのですが、あなたはどういった種族の方なのでしょう? 見たところ、耳や尻尾、牙や羽なども無いようですから、私、少し気になってしまって」
遠慮がちに、けれど目だけは興味津々といった感じで尋ねてくるラヴラに、俺が「〈人間〉だよ」と答えようとするも、
「猿だよ、猿。きっと尻尾を千切られた〈
すかさずジャックが鼻で笑いながらそう言った。
「ある意味間違っちゃいないが、違ぇよ。最初からずっと〈人間〉だって言ってるだろうに」
「えっ⁉ シバケンさんは〈人間〉なのですか?」
「そう言い張ってるだけだって。ラヴラ、シバケンの言ってることはエッチなこと以外はほとんどウソだと思った方がいいよ? なにしろこの人は作家、作り話が得意なんだからね」
ひどい言われ様だな、おい。作家への熱い風評被害もいいところだ。
というか、そんな作り話に毎度言い包められているお前が言っても、あまり説得力は無いぞ?
「はぁ、そうですか……」
言い合う俺たちに挟まれて怪訝そうな顔で考え込んでいたラヴラは、結局は俺のことを「〈人間〉に似たなにがしかの亜人種」とでも解釈したのか、それ以上は深く追求してこなかった。
「まぁ、世の中には珍しい種族の方も沢山いますからね。かくいう私も、そうですし」
「そうそう! ボクも気になってたんだけど、ラヴラってもしかして?」
ジャックが物珍しそうにまじまじと見つめる視線の先には、銀製の手甲に覆われたラヴラの両腕…………いや、改めてよく見てみると、それは手甲ではなかった。
幾重にも折り重なる、薄く小さい楕円形の銀板のようなそれは――鱗、だった。
「はい。私は竜の亜人種、〈
「わぁ、やっぱり! 凄い凄い、ボク〈竜人種〉の人を直接見たのは初めてだよ!」
子どものようにはしゃいで目を輝かせるジャックの横で、俺も改めてラヴラの両腕を観察した。
なるほど、それで鱗なわけか。亜人種というのは、本当に色々な種類があるらしい。
これはネタになりそうだと、俺は手綱を手首に回しつつメモを取ろうとして、
「まぁ、私も三十年前に田舎の里を出てから今まで、他の〈竜人種〉の方に会ったことが無いくらいですからね。見たことが無いというのも、無理はありませんよ」
「へぇ、〈竜人種〉ってのは、なかなかにレアな……へ?」
相変わらず朗らかな口調でサラリと耳を疑うことを言うラヴラを、俺は盛大に二度見した。
ストップ、ウェイト、ジャストモーメント。
今、ラヴラは何て言ったんだ? 三十年前に里を出たって言ったのか?
ってことは、少なくとも彼女は今、三十歳以上ということに…………いやいやいや、ないないない。
さっきラヴラ本人だって、俺たちと同年代だと言っていたじゃないか。
「おいおい。三十年前って、俺たちまだ生まれてないだろ?」
きっと言い間違いだな、と思い、俺は少しおどけて首を竦めて見せた。
……見せたのだが。
「えぇ、そうですね。お二人が生まれる、十年とちょっと前くらいでしょうか」
――言い間違いではなかったようだ。さも当たり前のことだという風に、ラヴラは頷いた。
いよいよ不思議に思い、俺はこの驚きを共有しようとジャックに視線を向けて目で訴える。が、ジャックは別段驚いた様子も見せず、「ん? どうしたの?」と返すだけだった。
「……え、えっと、ラヴラ? 無礼を承知で訊くけど…………今、いくつ?」
ええい、仕方ない。こうなりゃ直接疑問を解決しに行くしかあるまい。
俺は努めて遠慮がちに、同じく不思議そうに俺を見ているラヴラにそう尋ねた。
「ああ、そういえば言っていませんでしたね。私は、今年で百二歳になります」
「ひ、ひゃく…………?」
驚きのあまり言葉を絞り出せずにいる俺に軽く会釈をすると、
「あっ! お二人とも、そろそろ見えてきたみたいですよ」
俺が何か言葉を続けようとしているのを横目に、ラヴラが声を上げる。
緩やかな下り坂に差し掛かった石畳の街道の先に、石造りの外壁に囲まれた大きな街が見えてきた。
「――ようこそ、スパニエルの街へ」
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