第21話 誰だこの美少女は!?
「でも、この子には、少し悪い事をしてしまいました」
照れ臭そうにはにかんでいたラヴラが、申し訳なさそうな顔でガルムの方に目を向けて溜息を吐いた。
「悪い事って?」
「だって、私のこんなザラついた腕で撫でられたら、それは嫌ですよね。……せめて、もう少し目立たない所に竜の特徴があれば良かったのに」
銀のウロコに覆われた自分の両手を眺めて、ラヴラは深くため息を吐く。
「おいおい、ラヴラが謝ることはないだろ? 悪いのはこのアホ犬だよ、アホ犬」
まったく、こんな美少女に頭を撫でられてるっていうのに、罰当たりな野郎だ。
そしてどうせ嫌がるのなら、俺の方に突き飛ばしてラッキースケベの一つや二つ起こしやがれってんだまったく。
「いえ……力加減も不得意なくせに無遠慮に撫で回して……やっぱり、私なんかが……」
喋りつつも、段々と伏し目がちになってシュンとしてしまうラヴラ。さっきの馬鹿力には似合わないほど弱々しい雰囲気だ。
「いや……何もそこまで卑屈にならんでも。確かにラヴラの腕はちょっとザラザラしてるかもしれないし、力も加減できてなかったかもしれないけど、そんなの全然気にすることないって。個性があっていいじゃないか。もっとポジティブにいこうぜ、な?」
さすがにいたたまれなくなって、俺は努めて明るい口調でそう言った。
その励ましがラヴラに通じたのかはわからないが、俺の言葉に俯いていた顔を上げて、ラヴラもおもむろに頷いた。
「……そ、そうですよね。私、こんな後ろ向きなんじゃ、ダメですよね」
「おうともよ」
「もっとポジティブに考えなきゃダメですよね!」
「その通りだ」
「はい! ザラザラの腕とか、不器用とか、そんなこと全く関係無く、そもそも私なんかに触られるのが嫌ですよね!」
「間違いない! ……あれ?」
おや? 何か、最後にちょっとズレたこと言わなかったか、この子?
「わかりました、シバケンさん。私、もう少し前向きになれるよう頑張ります!」
何か違う気もするが……ま、いいか。本人もこう言ってるし、俺が気にしても仕方ない。
「ごめーん! お待たせ!」
と、ようやく出掛ける準備を終えたのか、ジャックの声が宿屋の入り口から聞こえてきた。
遅いぞ、どれだけ待たせるつもりだよ、と文句の一つでも言おうと振り返った俺は……。
「…………え、誰?」
入り口から現れたその人物の姿を目の当たりにして、ほとんど無意識にそう言っていた。
宿屋から出てきたのは、白のブラウスに前開きで袖なしの白と水色の胴衣、膝よりちょい上までのスカートとチェック柄の前掛けという、いわゆるディアンドルみたいな服に身を包んだ、とっても可愛らしい格好をした美少女だった。
溌剌として整った顔立ちやボーイッシュなショートボブと、その女の子らしさ全開の服とのギャップがまたたまらない……。
「……って、見蕩れてる場合じゃねぇ! 誰だお前は!? 誰なんだお前は!?」
「な、なんだよ! 何が言いたいのさ!」
食って掛かる俺に、入り口から現れた可愛らしい服装の美少女、もといジャックも負けじと言い返す。
顔が少し赤いのは怒っているからなのか、それとも照れているからなのか。
「い、いやだってお前、その格好……普段とはまるで別人っつーか」
たしかにジャックは、美少女だ。
ラヴラみたいな真っ当な可愛さとはまたベクトルが違うが、それでもやっぱり充分に美少女の部類に入っているだろう。
だがこいつの普段の格好ときたらどうだ。上も下も機能性だけ重視した作業着のような旅装束で、その上からは地味な外套を羽織っているだけ。女子力が海外旅行にでも行ってるのかと言いたいレベルだ。
だから普段、俺はそこまでジャックのことを美少女として意識してはいなかったのだが……。
「ボ、ボクだって女の子なんだよ? こういう可愛い服だって、そりゃ持ってるさ。普段は旅も鍛冶もしやすいようにあんな格好だけど……こ、こういう大きな街に寄った時とか、何日か同じ場所にいるって時には、ちゃんと女の子っぽい服も着るの! 何か悪いかなぁ!?」
耳に掛かった綺麗な空色の髪を指で弄びつつ、軽く頬を膨らませて上目遣いで睨んでくるこの犬耳の少女に、俺は不覚にも素直に見蕩れてしまった。
ちくしょう、普段から散々「胡散臭い」だの「変態作家」だの「目が死んでる」だの言いたい放題言ってくれやがる奴なのに…………やっぱり美少女ってのは、それだけで得だよな。
「まあ、素敵ですね! 可愛らしくて、とっても似合っていますよ、ジャックさん?」
手を合わせて微笑みかけてくるラヴラの言葉に気を良くしたのか、ジャックが照れ臭そうに頭を掻いて「そうかな? えへへ」と破顔した。
「そうだ! お時間があればですが、買い物のついでに服や装飾品を見て回っても良いですね。中継都市という看板に埋もれがちですが、スパニエルは隠れた織物の名産地でもあるんです。ここでしか作られていない、珍しい布や糸もありますしね。どうでしょう?」
「わぁ、本当に? うんうん、見るよ! 見てみたい!」
「ええ、わかりました。それでは、そろそろ出発しましょうか」
歩き出すラヴラに続いて、ジャックもその後ろを鼻歌交じりで付いていく。
と、少し進んだ所でふと立ち止まり、そのまま振り返らずに呟いた。
「…………シバケンは?」
「え?」
「シバケンは、その……この格好、どう思ってるのさ?」
「なっ? ど、どうって…………」
これは難しい質問が来たな。ぶっちゃけた話、俺の脳内からは既に「超絶似合っていて可愛い」以外の語彙は消え失せている。
が、それを素直に口に出すのは、自分でもよくわからないのだが、ジャック相手だと何かこう面白くないというか……正直かなりむず痒い気分になる。
「どうなのさ?」
焦れてもう一度問い掛けてきたジャックに、だから俺はおもむろに口を開いて。
「ま、まぁ、いつもよりはマシなんじゃね? 素材はともかく、服が良いんだな、服が」
――自分の顔を、勢いをつけてぶん殴りたくなった。
これはダメだ。これはダメだろうよ、俺。
なんだその答えは。なんだそのテンプレにもほどがあるツンデレは。今日び小学生だってもっと洒落た受け答えをするぞ?
盛大にしくじって内心穏やかじゃないそんな俺を、ジャックがちらりと振り返った。案の定というべきか、それとも意外というべきか、不機嫌ながらも心なしか寂しそうに、
「…………結構、頑張ったのになぁ」
ジャックはボソリとそれだけ漏らすと、再びラヴラの背中を追いかけ始めた。
いやぁ、ジャックさん――――そのふくれっ面は、反則ですわ。
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