第二章 ジャック・ラッセル登場!
第5話 いきなりピンチです!
モンゴルフィエ兄弟、という兄弟がいたそうだ。
十八世紀の終わり頃、フランスのアヴィニョンに住んでいた兄・ジョゼフが発案し、弟エティエンヌが行った数々の試行錯誤と公開実験の末に、兄弟は世界で初めて熱気球を発明したという。
のみならず、彼らは同時に世界で初めての「有人飛行」を成し遂げた者として、その名前と莫大な恩恵を後世にまで残しているのだ。
今日、俺達が飛行機だのヘリコプターだのを使って当たり前のように空を飛んでいられるのも、ひとえに彼らの天才的な閃きと、血の滲むような努力があったからこそであろう。人類はこの素晴らしい兄弟に、心底感謝して空を飛んで
……しかし、しかしである。
所詮、人類は飛べはしない。あくまでも気球という、言わば外部ユニットがあったればこその飛行だ。
だから当然、何の装備も無しにいきなり空中に放り出された人間がどうなるかは……、
「――うそだろぉぉぉぉぉ!?」
まぁ、お察しだろう。
「あいつ、とんでもない所をスタート地点にしやがった……!」
準備万端整えて【ハザマ文庫】から飛ばされた俺は、次の瞬間には高度数十メートルはあろうかという空中に投げ出されていた。
特別な超能力や特別な石などは身に着けていない俺は当然、そのまま落下する。
(ここって、もう異世界なんだよな? 落ちてるってことは、地球と同じく重力は存在するみたいだけど……)
とか、冷静に分析してる場合じゃないな。
どうすんだこれ? いきなり俺の人生と旅がここで終わっちまうぞ?
そうこうしている内にも、地面はどんどん近付いて来る。
ああ、心なしか走馬灯っぽいものも見えてきた気がするなぁ。
凄いな、これが噂の走馬灯か。何だか不思議な気分だ。
……でも、意外とどうでもいい思い出ばっかりなんだな。なんか残念。
「げふっ!?」
目を瞑りながらそんな馬鹿なことを考えていると、突然背中に衝撃を感じた。
いよいよ地面に叩きつけられたかとも思ったが、あまり痛みが無かったのと、やたら地面がガタガタ揺れていることに違和感を覚え、俺は固く瞑っていた目をおもむろに開けてみた。
「ここは……乗り物の上?」
まず目に入ってきたのは、物凄いスピードで右から左へと流れていく、背の高い雄大な木々の風景だった。
次に自分の体に目を向けてみる。五、六人は乗れそうなほどの広さの木製の荷台の隅にある、柔らかい布袋の集まり。
どうやら俺は、幸運にも移動中のこの乗り物に乗せられていた布袋に上手いこと落下したお陰で、どうにか九死に一生を得たようだ。
「…………あっぶな」
と、ようやく事態を把握してそう呟くや否や。
「え? ちょ、ちょっと! キミ誰!? どこから乗り込んで来たのさ!?」
ひどく慌てた口調で、乗り物の進行方向、馬車でいう御者が座る所にいた人物から声が掛かった。
弾かれたように顔を上げ、俺は声のする方に顔を向けて、
「……へ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
なにしろ、荷馬車の御者を務めていたのは、ツナギのような服の上から茶色いローブを羽織り、肩までの空色の髪を風に揺らす──獣のような耳を生やした人間だったのだから。
「お、おおお……!」
ひゃっほい、マジかよ! 獣耳だよ獣耳! おまけにフサフサの尻尾まで付いてやがる!
ミネルヴァからは「小説やおとぎ話に出てくるような世界」とは聞いていたが、当たり前のようにいきなり獣人登場とか。
本物の異世界は伊達じゃねぇな、おい。テンション上がるわ~。
とか何とか考えながらマジマジと獣耳を鑑賞していると、再び御者の声が飛ぶ。
「ちょっと! ボクの話、聞いてるのかなぁ!」
今度は馬の手綱を握り締めたまま、御者の人がこちらを振り返った。
声の感じからそうかなとも思っていたのだが、顔立ちを見るにどうやら俺よりいくつか歳下であろう少年だったようだ。
少女のものと言われても納得するほどの鈴を転がすような高い声に、俺とは違い生気に満ち溢れている整った顔。
「美少年」とは、正しくこいつのような奴のことを指す言葉なのだろう。
「あ、わ、悪い。ちょっと気になることがあったもんで……で、何の話だっけ?」
「キミは一体どこの誰で、いつの間にボクの馬車に乗り込んで来たのかって聞いてるの!」
時折チラチラと前方を確認しながら、獣耳の少年が三度問い掛けてくる。
「俺か? 俺は、えっと……趣味と仕事と、その他諸々の事情で旅の物書きをやってる者だ」
異世界から来ました、などと言って通じるかどうかわからなかったので、俺は取り敢えず端的に自分の素性を明かすことにした。
「旅の物書き? キミ、旅人なの?」
「そうだ。今までは『ワナビ』と呼ばれる旅人として、『ラノベギョー海』という大海原を目指して旅をしていたんだが、最近この〈アイベル大陸〉をガチで旅することになったんだ。よろしくな」
「わ、わなび? らのべぎょ……よ、よくわからないけど、とにかく旅人なんだね。それじゃあ、後ろのあいつらの仲間ってわけじゃあないんだね?」
困惑気味に確認しつつ、少年が疾走する荷馬車の後方を指差した。
何のこっちゃと思って、俺も後方を振り返ってみる。
十メートルほど間隔を開けた場所に、俺達が乗る荷馬車を追いかけるようにして、数人の男が馬を走らせていた。
「おお、あいつらも獣人か? 獣耳もいるし、顔がまんま獣の奴もいるなぁ。う~ん、是非ともキャラ描写の参考にしたい……もっと近くに寄ってくれればちゃんと見えるんだけどなぁ」
「なに呑気なこと言ってるのさ! 近くに寄られたらマズいんだよ!」
「うん? なんだお前、あいつらと競争でもしてるのか?」
切羽詰まった様子の少年とは反対に、俺が冗談めかして肩を竦めるのも束の間。
「――違うよ! 盗賊に追われてるんだ!」
少年が叫ぶや否や、荷台の床、俺のすぐ足元に何かが飛んで来て深々と突き刺さった。
…………矢、だった。
「……マジでか」
いかに自分が空気を読めていなかったのかをようやく理解し、俺も遅ればせながら慌てふためいた。
当たり前のように盗賊出現とか……やっぱ本物の異世界は伊達じゃねぇな、おい。
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