第26話 懺悔
夜の繁華街をマイクロバスが駆ける。中には武装集団。目指す場所は赤楽旧市民会館跡地。廃れた場所に巣食う蛆虫たちを蹴散らすために、彼らは各々持つ勇志を滾らせた。
「イナンナを倒すためには、奴が自在に操る金に注意する必要がある。一度息をしただけであの有様だ。本気を出されたとなれば、物体どころか空気さえも金に変化させ、操るだろう。そうなっては我々の体から剣山が突き出すかもしれぬ」
「あれってどういう原理なんすか?」
隣で腕を組んで悠然と座るアルベルトにマキタは尋ねる。
「あれは言うなれば化学だよ。『魂の融合反応』というものだ。魂を構成する矛盾子の結合による反応エネルギーを、物質の持つエネルギーへと変換させた際、やつらはそのエネルギー量に相当する物体へと置換することができる。それによって生成されるのがあの金だ。アヌンナキは人間では不可能であった錬金を行うことができる」
「? 確かアヌンナキは自分の星を守るために金を欲しているんですよね? なんで自分の力で金を生み出せるのに、エンプティを作って金の採掘をさせているんすか?」
「あのような作業は小遣い稼ぎにすぎん。奴らがエンプティを大量に生み出す本当の理由は、エンプティを矛盾子に分解し置換することで莫大な金の生成を行うことだ。つまりエンプティの真の利用価値とは奴らにとっての生贄、『素材』に過ぎんということだ」
驚いたのはマキタだけ。他のアルフブッゴメンバーたちはみな神妙な顔つきで装備の点検を行なっている。
「……ていうことは、やっぱりこのままだと人類はどのみち滅びる。エルゼちゃんが本当に人類を滅ぼすかは分からないけど、アヌンナキを倒せなければエンプティになった人間もまとめて消えてしまうってことっすか」
「……アヌンナキは確実に滅ぼす。人類が未来を掴み取るのはその後だ」
独り言のように呟いたアルベルトの目は恐ろしいほどに冷たかった。マキタは固唾を飲み、今一度自分たちの未来がいかに束縛されたものなのかを思い知った。
◆◆◆
灯りは少なくなり、町の喧騒も遠のく。近づく旧市民会館跡地。そして門を越えようかというその瞬間──
「バーン♪」
黄金の壁が現れ、マイクロバスは衝突し、勢いよく爆発した。
「手荒なご案内でごめんね〜。でもアポ入れてもらわないとこっちだって穏便には通せないでしょ?」
炎上するバスの中からマキタが転がり出てくる。戦闘服は先程の爆発でほとんど焼けこげ、使い物にはならなくなった。
「ケホッ、ケホッ……! イナンナァ……ッ!!」
敵意露わにイナンナを睨みつける鋭い目とイナンナの楽しげに緩んだ目が視線を繋ぐ。そしてイナンナはその目を見てニマリと笑う。
「いい目ねぇ……我ながらいい娘を持ったものだわ」
「そのセリフを口にできるのは人間の特権だ。貴様らのような人間の価値観を持たぬ冷血生命に語られては、人の尊さが貶される」
炎上するマイクロバスの残骸からゆっくりと降りて来たアルベルトとアルフブッゴメンバーたち。銃を構える者もいれば、銃が爆発によってお陀仏になった者もいる。それでも闘志は失われていない。それどころか臨戦体制による士気の向上さえも見受けられるほどだ。
「年寄りの意見なんていらないのよジジイ」
「口が減らんな小娘。いや、すでに100万以上の時を経ているのだ。ババアと言ったほうがいいかね?」
「……殺す」
揺らめいた黄金の眼光。溢れ出す殺意と生命の息吹。風に巻き上げられた砂煙は黄金の弾丸となり、アルベルト目掛けて降り注ぐ──!
「行けっ、貴様らァ!!」
「了解ッ!!」
アルベルトの叫びと共にメンバーたちが一斉に市民会館に向け、走り出す。黄金の弾丸はアルベルトの早撃ちによって全て弾かれた。アルベルトは無傷。
しかしイナンナの反応は恐ろしいほど速い。弾丸を放った瞬間にはもうアルフブッゴメンバーを全滅させるための第二射目を大量に用意していた──が。
「なに……!?」
弾丸が次々に撃ち落とされていく。といっても全ての弾丸を落としたわけではない。確実にメンバーは被弾する軌道上に位置した黄金の弾丸のみが的確に撃ち落とされていく。かといってアルベルトは銃撃していない。撃ち落としたのは自らが放った黄金の弾丸。詳しくはアルベルトが放った銃弾によって、軌道をずらされた跳弾である。
「でやああああッッ!!」
「──!」
イナンナは生み出した戦棍で攻撃を受け止める。振り翳されたモーニングスターはマキタのもの。イナンナが生み出した戦棍も同じ形状。
(同じ力を持つマッキーなら、素の出力が劣ろうとも私と渡り合うことができるのか……!)
ぎしりと重厚な金属音を鳴らしながら互いの戦棍は拮抗する。圧倒的出力のイナンナに対し、マキタは信念を軸に押し込もうという攻勢。マキタには譲れないものがある。
「先輩は渡さない……! 先輩は私だけのものだ!」
「……ッ。強情じゃない……! いいねッ!! そっちの方が奪いがいが──」
イナンナの頭が吹き飛ぶ。無情に、唐突に。罠を仕掛けられていたわけでもない。警戒を怠ったわけでもない。ただそれは速すぎた。
「──呑気にお喋りとは甘く見られたものだ。我が二丁拳銃の弾速、如何かな?」
アルベルトの拳銃から煙がゆらりと吹き出している。次弾の装填はすでに終了している。二丁の拳銃をそれぞれ頭部を失ったイナンナの身体、そして吹き飛んだ頭部へと狙いを定めながらアルベルトは近づいていく。
「……やるじゃ──」
言葉を発した頭部へもう一発、ビクンと跳ねた心臓へと追加の一発を食らわす。次弾の装填はすでに終了している。
「口を開けば撃つ。動けば撃つ。つまり何もせずに死ね」
マキタは戦慄した。アルベルトの放つそのあまりにも冷酷な威圧感に。この男がなぜ人の形をしているのか。そんな気にすることもないことさえも恐怖心から考えてしまう。そんな圧倒的な冷圧がアルベルトを包む。
「ま──」
バン。一発。
「ぬ──」
バン。もう一発。
「け──」
バン──最後の一発。
「!! 避けろ、マキタ!」
「え? わっ!?」
何もない空間から突き出した金の剣。マキタの眼前からそれは現れ、容赦なく対象を突き刺す。
──────
「……ふっ……間に、あったか」
「なん……で……?」
マキタの体へ心臓を貫かれた巨体が倒れ込む。ジワリと赤い血が流れる。エンプティの体から血が流れる……それすなわち魂の欠損を意味する。
「ゴフッ……! ガハ……ッ! なか、なか、これ、は応える、な……ッ。お前もこの痛みを、味わったのか……私の手によって……」
息も絶え絶えにアルベルトは懺悔の言葉を口にする。血反吐を吐きながらもその言葉はしっかりとした口調で伝えた。
「え……?」
「……すまな、かった……。掲げた信念が間違いとは、思わんが……それでも、俺は、この手を血に染めることしか脳が無い……お前は……違う。お前は、大切なモノのために、己を、差し出せる。受け入れられる。お前の
アルベルトは目を閉じた。首にかけられた穴の空いた十字架は破壊されたが……まだ落ちてはいない。マキタは彼を持ち上げ、ゆっくりと地面に下ろした。
「ありがとう、神父さん……ううん、牧師さんか」
微笑みながら、マキタの心臓から黒色の粒子が生まれ出る。静かに、しかし動きは荒々しく、落ち着いた激流。睨む対象は落ちた頭を拾い上げ、胴体に接続して再生させた。
「──勝負だ。イナンナ」
「──
マキタは地を蹴り、走り出す。イナンナは悠然と腕を組み待ち構える。魂を燃やせ、己の為に。
ENPTY NAO @913555000
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