第25話 反撃準備
「グレネードは持ったか、娘」
「……私たちにはエンプティの武器があるのに、現実の兵器を持ってく必要あるんすか?」
マキタはボヤきながらアルフブッゴ特注の戦闘服に着替える。見た目以上に内容可能な携帯ポーチには手榴弾をはじめとした武装を詰め込み、手渡された無線は右ポケットにセットし、すぐに取り出せるようにしている。完全な武装集団の1人になってしまったことに、マキタは今更だがまともじゃないと頭を抱えた。
「確かに我々は実像骨を引き出し、それを用いて戦うことはできる。しかし実像骨を引き出すということは、一時的に実体を晒すということだ」
「……というと?」
「実像骨は物理攻撃を通す。並の銃弾程度なら問題なかろうが、爆破ともなってくると話は変わる。実像骨は魂の外骨格。破壊されては魂は形を止めることができず、破壊の規模によってはそのまま消滅することにもなりかねん。それは敵も同じだ。虚像膜の相手にはこんな爆弾なぞ効かなが、実像を引き出してきた相手には有効打となる。それにロックのかかった扉の破壊などにも応用できる。やはり近代兵器は素晴らしい」
口早に難しい話を喋られ、マキタが最終的に理解したのは『近代兵器は素晴らしい』ということくらいだった。
アルベルトはメンバーに召集をかける。集まった人員は約20人。部隊の規模としては小隊にも劣る。さらにジンとエルゼはこの場にいない。それでもここにはAPEXが2人いる。
アヌのAPEX、アルベルト。そしてイナンナのAPEX、マキタ。希少かつ強力な力を持つAPEXが2人もいるのだ。戦力としては申し分ない。
「
ジンとエルゼはここにはいない。つい10分ほど前、護送車に乗り込んで来た道を戻り、那古運輸本社ビルへと向かったのだ。
「それは……なぜ?」
メンバーの1人が尋ねた。
「今回の敵襲、敵の動きがかなり精錬されている。恐らくここまでの流れは、敵リーダーによって作られた道を歩かされているに違いない。ならばその意図を辿り、予想外の動きで道を崩す。本社が落ち、早期決着を望む我々は赤楽のKU本拠地を落としにかかる──そう予想しているはずだ。ならばそれを外した行動を取る──というのも愚策なり。……両方だ。我々は本拠地を攻める。敵はその隙に我々の本社を完全制圧するだろう。そこに敵の狙いがある。その真の狙いを打ち砕くのはあの2人に託す」
アルベルトの読みは当たっている。シンは裏をかくことに長けている。今までの経験からシンの得意とする策略の筋というものをアルベルトは理解し、対策を立てていた。しかし駆け引きは駆け引き。確信はない。
「安心せよ。こちらにはAPEXが2人いる。諸君らは思う存分雑魚の相手をしてくれればいい。イナンナはこちらで抑える。そして敵の企みは我が神が打ち砕いてくれるであろう」
自信ありげにメンバーへと話すアルベルトとは対照的に、マキタの表情は不安そうだった。それに気がついたのか、アルベルトはマキタに向かって話しかける。
「……自分の姿をよく見ろ。お前はこの場にいるエンプティの中で最もイナンナとの繋がりが深い。奴を打倒する上で、お前は必ず重要な役割を果たす。何よりも、奴をここで倒さねば、お前はイナンナにジンを取られるかもしれぬぞ?」
「! それだけはダメっす!! ジン先輩は私のものっすから!!」
勢いのまま大勢の前で告白したマキタは、はっ、と口を押さえて赤面する。メンバーの中には楽しげに笑う者も、ヒューヒューと音を出してからかう者もいた。マキタは恥ずかしさに耐えきれずに湯気を上げながらアルベルトを叩いたが、叩かれた本人は子供だなというかのように鼻で笑った。
「許すまじイナンナ! 私に赤っ恥かかせたこと後悔させてやるっす……!!」
マキタは闘志たっぷりに拳を鳴らす。マキタは今まで何度もイナンナと因縁を作ってきた。
恋心を弄び、自身をエンプティへと変貌させた。力を持った自身を暴走させ、多くの命を奪わせた。そして次はジンを自身から引き剥がさせようとしている──許せない。先輩は私だけのものだ。
「その意気込みだ、娘。では行くぞ。向かうは赤楽の旧市民会館跡地。今日で一気に敵を叩き潰す」
武装集団が出撃する。人類の命運を左右する戦いへと赴くために。
◆◆◆
「なあ、嬢ちゃん。そこの坊主とはどんな関係なんだ?」
「……簡単に言うと親と子かしらね」
「ほえー偉く若い父ちゃんだなぁ」
護送車の中でエルゼ達はアルフブッゴのメンバーと談笑をしていた。これから戦闘になる可能性が高いというのに、誰1人として緊迫した表情をする者はいない。……ジンを除いてだが。
「はあ? 何言ってんのよ。ジンは息子に決まったんでしょ。私が母親なんだから」
「……おい兄ちゃんよ。お前の父ちゃんは犯罪にでも手を染めたか?」
「うるせえな! 俺の親父は犯罪者でもなんでもなくただの会社員だ! ていうかもっと気を張れよ! 今から戦うんだろ!?」
怒号が響くが誰も空気を張り詰めさせない。まるで受け流されるように護送メンバーの喧騒の中へジンの声は掻き消される。
「おい……!」
「あーあー、分かってるよ。なんでこれから命の取り合いをするってのに、こんな能天気な話ばっかしてんのかってことだろ? そんなの緊張をほぐすために決まってんじゃねえか。ほら、力抜けって」
嫌そうな顔をするジンなどお構いなく、メンバーの男がバシバシとジンの背中を叩く。そして彼の肩に手を置いてしみじみと男は話し出す。
「俺たちはよぉ……すでに一回死んでんだ。だからこそ、なんだろうなぁ……死ってもんに関してはもう受け入れる準備はできてるんだ。ラッキーで授かった命、次に死ぬ時はちゃんと死んでやらねえと、この世界に対してあまりにも失礼だからさ」
男は軽く笑いながらそう言った。他のメンバーたちも同じようにフッ、と笑う。みんな達観したような神妙な面持ちをして、少しの間だけ車内は静寂に包まれた。
「でも俺たちゃオッサンで、お前と嬢ちゃんはまだまだガキだろ? だからまだまだ生きてほしい。色んなことを知って、死ぬ時は自分の意志を貫いて死んでくれ。つっても一回死んでるけどな! はっはっは!!」
彼の豪快な笑いと共にまた車内が賑やかな空気に包まれる。ジンはその様子を呆然と見ていた。そんな彼を見て、エルゼはその動かない手に自身の手を重ねる。
「エルゼ……?」
「ふふ、ボケッとしてるからちょっとね。……分かるわ。アンタはいつも生きることに必死だったから。私と別れたあの日……あの日の私はアンタの行動が分からなかった。なんで弱いくせに戦いに挑んで、命を散らそうとするのか理解できなかった。でもその行動が、アンタにとっての生きがいだったのよね? 別に死にたいなんて思ってないし、もっともっと生きたい。だけど逃げることは自分にとっての『死』だったのよね? だからアンタは戦い続ける。自分を貫く強さを私は愚かにも無知なだけの弱さだと決めつけてた」
エルゼの手は優しくジンの手を握りしめる。柔らかい感覚がジンの魂へと伝わる。
「でも……いいのよ。少しくらい力抜いたって。自分の役割を必ず果たさなきゃいけないのは私みたいな神様だけ。他の生命は皆、自由に気ままに生きればそれでいい。この星の生命は、そうやって育まれてきたのだから」
ジンはまだ瞬きすることもなく表情を動かすことはない。石のように固まって思考している。そして心の無い声で、まとめた次の言の葉を紡ぐ。
「……お前は人類を滅ぼす。分かってる。絶対だ。なのにお前はこんなにも人間に肩入れして、理解しようとして、お前がなんでそんなことするのかって最近ずっと考えていたんだ。多分お前はアルベルトが思ってるほどすごいやつじゃなくて、お前が思ってる以上に人なんだ。だからお前のその行動の意味が俺には分かる。これはお前なりの──」
「待って。それ以上言わないで。私も……分かってるから」
ジンの唇に指を突きつけて、エルゼは次の言葉を出させない。どこか辛そうな顔して俯くエルゼの空気感はとても儚く、冷えていた。
「……野暮ってもんだったな。すまん」
「……いいよ。分かってくれるのはアンタだけだから」
2人にだけ理解できるものがある。どうすることもできないそれを噛み締めて、2人は目の前の障害を乗り越えることを決意した。
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