第24話 高所と低所の睨み合い

──9時間前──


「そりゃ地下から電話されちゃ出れないよ。圏外だもん」


  荒木慎太郎──シンは携帯電話の不在着信を見てため息をついた。場所は前日にジンと儲け話──いや、シンからジンへのを伝えたこじんまりとしたバー。ここでシンはある人物と会う約束をしていた。


「電話かかってきたってことはやっぱジンは反撃したんだな〜。アイツのことだから多分、下っ端君たちは殺されてるだろな。いやー、殺人犯を友達には持ちたくなかったんだがねぇ……」


「そういうアンタに至っては大量殺人犯じゃない? シン」


「お、来ましたかイナンナの姉さん。ささ、こちらへどうぞ」


 現れたのはファッションモデルのような細くて長い足を強調したラフな服装の女だった。シンの横に座ると共に、揺れた金色のネックレスが煌びやかにバーの薄暗いランプに照らされて反射する。


「いやぁ、今日も美しい御姿ですな」


「エロジジイみたいな口調で喋らないでよ、若いのに」


「ハハッ、そうですね。しかしその身なりじゃ、事は済んだみたいですね?」


  シンが頼んだカクテルを一杯、一気にイナンナは飲むと、ニヤリとした笑みを見せてもう一杯を頼む。


「うん! 可愛い子でね。面白そうだから種を植えたあと、そのままにしてきたの。ほら、雑草ってしぶといじゃない? 強くなればいいなって思って」


 笑みに狂気が混じる。いや、理解できない狂気ではなく、それはを楽しむ狂気──差し詰め彼女は戦闘狂というものだ。


「出来ることならイナンナ様のAPEXになりたかったなぁ。なんせウチの親は聡明すぎるでしょ? 俺は頭良くないのに、親が賢いと損な役回りばっかり押し付けられてもうクタクタっすわ」


「今からでも遅くはないよ? だけどすでに埋め込まれた種を取り除かないと駄目だから、もう一回死んでもらうことになるけど」


「遠慮しておきますイタイのキライ」


 茶化すような早口で断ったシンに、イナンナは少し不満げな顔を見せる。


「ま、とりあえず今日の作戦を伝えますね。今日ことは、マキタちゃんがジンに止められ、人類派のアルベルトと2人は交戦。突如として現れた星の支配者に助けられ、アルベルトの後を追ってきた人類派リーダーと共に本拠地へと一行は向かう──と。ここまでは確定事象ですね」


 当たり前のように未来の話をし始めるシン。それぞれの出来事イベントが起きる時間まで、狂いなく予言する。事実、その予言は的中することとなる。


「そっから後の未来を書き換えちゃいましょう。イナンナ様は正面から那古運輸本社ビルを襲撃してください」


「えー? 女の子だった1人で敵地に突っ込ませるの? 鬼なの?」


「そんなこと言って〜本当は楽しみなんでしょ? 姉さんはチームで戦うよりも個人で好きに戦いたいってタチだと思うんだけどなぁ」


 まあね、とイナンナは楽しげにグラスを揺らしてカクテルが揺れ動くのを見ていた。


「だって私が突入した時にはみんないるんでしょ? アルベルトにマッキーとジン君、そして憎っくき宿敵のエルゼちゃん。エルゼちゃんに関しては本気を出されちゃ勝ち目はないけど、今のあの子じゃ無理ね。100年の間で人情ってものを知っちゃったみたいだから」


 シンもイナンナも互いに不敵な笑みをこぼしながら酒を飲む。グラスの中で揺れる液面は不安定に左右へと振り動く。


「そうなんすよねー、それが付け入る隙ってもんなんですよ。どうやら俺の生まれ故郷の神様ってもんは人になりたいらしい。自分で人間を滅ぼすとか言っておいて都合が良すぎると思いません? 甘ったれですわ」


「……まあ、アヌンナキ私たちを勝手に捨てて、その上で滅ぼそうっていうくらいなんだもの。そういうものなんでしょ、アレは」


 一変して空気は張り詰める。片方は沸々と湧き上がる怒りを張り、もう片方は思うところがあるように顔を強張らせた。明確に言えばそれはか。


「……お言葉ですが、俺にとっちゃどっちもどっちっすよ、こりゃ。お星様は勝手にこの星に移住して、アンタらは自分の星を守るために勝手にこの星を弄った。誰だって自分の家を汚されちゃ嫌でしょ? どっちも自分勝手すぎ。互いに被害者面して戦争しても、一番迷惑してんのは人間こっちなんすわ。勝手に生み出されて、勝手に殺されて、勝手に選択肢を絞られる。ま、俺はそんなこと何も気にしてないからいいっすけど、人類派の連中の考えだって正当なんですよ」


 評論家のような饒舌でシンは今置かれている状況について意見を述べた。イナンナは少し驚いたようで、目を大きく見開いてきょとんとしていた。


「シンって意外と考えれる子なんだねー」


「意外とってなんすか?」


  あははと軽快な笑い声が店内に広がる。しかし振り向く客は店には誰もいない。バーテンダーだってもういない。


「……きっと、みんな自分勝手なのさ。『自分のこと』次に『自分たちのこと』その先に『他のこと』神も人もみんなそう。だから争いは生まれるし、無実であっても理不尽な被害を被ることだってある。でもみんな同じだから“誰が"とかは言うだけ無駄。被害者だって当事者になるんだから、いつまで経っても堂々巡り。有益に生きたければどんなこともことだよ」


「……お姉さんは人よりも人生ってもんを考察してらっしゃる。その通りですよ。だからこちらから先制攻撃を仕掛けます。思う存分暴れてください──」



◆◆◆



「ふーっ、上手くいったね」


  辺りはすっかり夜の暗闇に包まれていた。那古の中心部、崩壊した那古中央運輸会社本社ビルの周りには大勢の人が集まっていた。


 その光景を彼は中心部から少し離れた寂れたビルの上から眺めていた。皮肉にも今となっては、那古の中でも名所となっていた全面ガラス張りの摩天楼よりも、すでに廃ビルとなった彼の足元の方が高い場所に位置している。


「シンさん。中央監視システムの概要を技術班が把握しました」


「了解〜。やるねえ我らが同胞は。採掘業務の勤務時間を2時間ほど免除してあげようかな」


 シンは集まった特殊防護服のメンバーたちの方を向いた。そして彼ら全員に聞こえる声量で次の指示を出す。


「お疲れ様! だけど作戦はまだ第一フェーズをクリアしたところだ。そして見た感じだと敵の主力は倒せなかったものと思われる。なんせ相手は地球そのものと言っても過言ではない化け物だからね。だけど臆する必要はない。化け物の相手は同じ化け物に任せて、俺たちは俺たちの出来ることをしよう」


 うんうんと1人頷きながらシンは指示を続ける。


「ここからは計画通り2部隊に分かれて行動。俺たちはタイミングを見計らってもう一度本社に向かい、へターゲットを取りに行く。そっちは赤楽の支部を爆破してくれ。主力は恐らく船方支部にいる。返り討ちに会うことはない。それが終わったらそのままアジトに帰って奪った中央監視システムの試運転に移行しろ」


「了解」


 部隊は7割ほどの人員を残し、3割ほどは先にこの場を立ち去る。それを見届けた後、シンはまた那古運輸の周りを見渡した。


「マスコミってうざいよねー。自分たちに近づいてる滅びの日にも気付いてないくせに、自分たちが世の中を回してるって勘違いしてる。さっさと退いてくれないかなー。それともアンタの策略か? グエン・ロイ──」


 鋭い目つきが闇夜を切り裂く。その先にいる好敵手に対する敵意は、十全に彼へと伝わっていた。



◆◆◆



「今頃ピキってるかな、シンタロウクン。君の目的は分かってるよー。……地下にいるこっちの鬼札が狙い。彼をエルゼ様に合わせると何が起きるか分からないから、とりあえず引き合わせずに保護してるけど。そいつを奪還して、エルゼ様と引き合わせるのか、それとも彼の持つアヌンナキの知識を生かすのか、どちらにせよロクなことにはならないだろう」


 グエンはマスターキーで地下層に繋がる扉のロックを解除する。そして開いた扉を閉めた上でパスワード設定を施し、ロックを強化して地下へと降っていく。


「どうせまた帰ってくるんでしょ? 上にはマスコミがいるだろうし、僕は地下に逃げて罠でも仕掛けますよーだ」


 小走りで階段を駆け下り、グエンは幾多かの部屋へ入って何やら物を漁る。それをバッグに詰め込んでさらに地下深くへと降りてゆく。


「さあ、こっからは僕1人の防衛戦。攻撃は頼んだよ、アルベルト」


 通話履歴を眺め、グエンはポケットに携帯電話をしまう。ククッ、という悪そうな笑い方はどこか楽しげな様子だった。



 ──人類派「星を護る者アルフブッゴ

 ──異星派「KU3_GI金の採掘者


 両陣営がぶつかり合う時は間近に。

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