第23話 リーダー

 寒風に吹かれる屋上。いや、元は70メートルを超える高層ビルの2階だった場所だ。それが今となっては全長20メートルほどしかない崩壊した建物となってしまった。


 地上には多くの野次馬たちが群がっている。携帯のカメラで撮影する者、他の人間を呼び寄せて騒ぎを大きくする者、様々な人間が集まってきている。


「はは、そりゃ那古の中でもトップクラスの規模を誇った那古中央運輸会社本社ビルが一夜にしてこの有り様になっちゃ、好奇の的ってだけじゃあ済みませんよねー」


 グエンは他人事のように乾いた笑い声をあげてみせた。そしてふらっと立ち上がると、携帯電話を取り出し、誰かと通話し始める。


「あー、ヤマゾエー? ありがとう、おかげで助かったよ。まあ助けてくれたのはエルゼ様だけど。んーとね、那古運輸は壊滅的ダメージを受けた。こりゃしてやられたね。まさか中央監視がすでに落ちてたとは。いや、終わったことはもういい。すぐに全支部へ本社が落ちたことを連絡してくれ。俺はこれからマスコミの対応に出る。その間の指揮は全て君に任せよう。え? 断るなよー、CEOからの頼みだぜ? ……頼む。お前だけが頼りだ」


 ピロン、と音が鳴ると携帯電話を下げ、グエンは肩を落とした。少なからずグエンはショックを受けているようだった。


「急な襲撃でしっかりとした敵の説明ができてなかったね。続きは那古市の下、船方の支部でヤマゾエから聞いてくれ。僕はこれから晒されるであろう那古運輸の正体を隠し、マスコミの対応に追われる日々を過ごす。ヤマゾエを通じて指示を送るから、それに従ってくれ。いいね?」


 ジンたちは縦に首を振った。それを見届けるとグエンは服に砂埃をつけて、わざとらしく足を引きずって階段を降りていった。


「あ、ここを出る時は正門の裏から出ていってくれ。車があるからすぐに乗り込んでアルベルトの運転で向かうように」


 顔だけ出してグエンは伝言を残した。ジンたちはすぐにグエンの後を追うように階段を降り、アルベルトの案内のもと、裏口から崩壊した本社ビルを出る。



◆◆◆



「……アンタ、運転できたんだな」


「聖職者がこういった近代機械を扱うのは意外か? 私が拳銃を所持しているのは知ってるだろう」


「……そういう話じゃねえ。頼むから事故らんでくれよ……?」


 ジンは神に縋るような声で呟き、頭を抱えた。黒色のベンツは那古の中央通りを超え、一つ下の町、船方へと向かう。アルベルトの運転は少なからずジンに不安感を与えるほど荒いのだが……。


「グエンは……これからどうなる? 表向きは大手企業のCEOだ。その本社が爆発で崩壊したとなっちゃ大事件だぜ。しばらくはマスコミに付き纏われるだろうし、これだけコミュニティを広げているなら他企業とのしがらみだってあるはずだ。那古運輸の信頼を落とすことは星を護る者アルフブッゴの崩壊を意味するんじゃないのか?」


「心配するな。すでに主人マスターは手を打っている。強固に紡ぎ上げた我々の結束はそう簡単に崩れるものではない。問題は本格的にイナンナが動き出したことだ。奴を食い止められるのは私のみだ。……今のエルゼ様を奴の前に出すわけにはいかん……」


 後部座席のエルゼをジンは見つめる。マキタの膝の上ですーすーと寝息を立てて眠るエルゼは、人類を滅ぼす恐ろしい神には見えない。それどころかまだあどけない可愛らしさを持つ少女にしか見えないのだ。


「……ああ。アイツに頼ってばっかじゃ駄目だ。オッサン。かっこいいところ見せてやろうぜ」


「……ふん。『オッサン』ではない。『ジイサン』だ」


「……それでいいの?」


 呆れるジンとは裏腹に、アルベルトは少し満足そうな顔で運転を続ける。そうして進むこと約30分。一行は船方の支部に到着した。



◆◆◆



「よくぞご無事でした……! ささ、早くお入りください。決してここも安全とは言えないがゆえ、迅速にこれからの展望をお伝えします」


 ヤマゾエに連れられ、ジンたちは急ぎ足で支部事務所の中へ入る。


「まずは我々が受けた被害について整理します。那古中央運輸会社本社ビルは地上5階部に仕掛けられた爆弾によって倒壊。機能を失いました。その直前に何者かによって中央監視室が制圧され、中の職員エンプティは全滅。そして監視システムをハッキングされ、その技術を奪われた上で破壊されたと考えられます。さらについ10分ほど前、赤楽の支部も爆破されました。こちらの被害の程は不明です」


  ジンたちは会議室に連れられるなり、絶望的な状況を叩きつけられた。


「赤楽の支部も破壊……奴らのアジトは赤楽に集中している。狙うならば真っ先にそこを狙うと踏んでいたのが誤算だったな」


「ええ。守りの固い本社が襲撃前に潜入されていたとは不覚でした。一番の痛手は全支部と連結された監視システムが破壊されたことです。これでは関東中に張り巡らされた我々の監視網が意味をなさない。支援企業のエンジニアを呼び寄せていますが、本社の破壊を受け、企業崩壊の危機にある我々に手を貸すかどうか渋っているみたいですね……」


 皆、難しい顔をして腕を組む。相手の狙い通りにライフラインを破壊されては後手に回るのは必然だ。さらに厄介なのは世間の注目が強制的に那古運輸へと集中すること。那古運輸の正体が露見してしまっては、裏組織として成立しない。他企業との関わりも発覚する可能性も高く、それを恐れて協力を断ち切る企業も出てくる──非常にまずい状況だ。


「あ、グエンさんだ」


  マキタがつけたテレビには崩壊した那古運輸本社ビルをバックに、泣き顔でマスコミの質問に答えるグエンがいた。


“グエン氏、なぜビルは破壊されてしまったのでしょうか? それに中には社員がいたのではありませんか?"


“わかりません……! なんで僕の大事なビルが……! それよりも社員の皆さんです……ッ! まだ残って仕事をしてる社員がまだいたんです! 皆さんも探してください……!! こんなことをした人間を僕は絶対に許しません!!"


“あ! ちょっと、グエンさーん!"


 そう言ってグエンは瓦礫の山へと突入し、カメラから消えた。現場はざわついていたが、そこでマキタはテレビを切ってしまった。


「ひでぇっす……おおよそ人のやることじゃねえっすよ……」


 辛そうにマキタは呟いた。拳は握りしめられ、唇は固く噛み締められる。


「……しかし、これは戦争です。勝った方が人類の在り方を定める。どちらも譲れないものがある。手段は選んでいられない。人道は通用しない戦いなのですよ、これは。……爆破されて許せるわけはありませんが……」


 ヤマゾエも同じような反応だ。まだウトウトとしているエルゼと超然的な態度で腕を組むアルベルト以外は皆そんな反応をする。


「……爆破の主犯は恐らくKU3_GI。それもリーダーの編成した少数精鋭の部隊でしょう」


  ヤマゾエは一枚の写真を机の上に差し出す。何の変哲もない普通のプリンター写真。しかし映っているのはマキタ、特に、ジンにとっては魂の繋がりほどに縁深い者であった。


「先輩……! この人……!」


「……やっぱりお前か──


 よく見てみると、端に切れているものの、腕には「GI」と書かれた金色の刺繍が施されている。映る人物はジンの親友、荒木慎太郎だった──。






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