第22話 人の気持ち
──なんで?
真っ先に浮かんだのはこの言葉。完璧である私に迷いなんて生まれないはずだ。……いや、「はず」なんて不確定を生み出した時点で私はすでに完璧じゃなくなっているのか。
イナンナのあの声がずっと頭の中を反響している。私が見捨てた? アヌンナキを? 私は45億年前にこの星へと飛来しただけ。宇宙を彷徨う幾許かの天体の一つだったはず。そして私はこの星と融合し、この星の主導権を持った。私の星を勝手に弄んだのはそっちじゃない。
……ねえ、そうなんでしょ? シッチン……。
──────バチン。
はっ、と顔を上げると、黄金の天井が勢いよく崩れ落ちてきていた。周りを見渡す。みんなはまだ無事。なら、この場で一番強い私がみんなを守らなきゃ。
「権能使用! 詠唱破棄!! 贄は全て、私からッ!」
無茶をしてでも守らなきゃ。この星における全ての神を統括する私が、何度も助けられるわけにはいかない……!
片手を崩れ落ちる頭上に向かって振り上げる。権能は破壊神のもの。瓦礫全てが消し去れる火力なら、グエンには可哀想だけど、全員守ることができる──!
「
瓦礫に押しつぶされる寸前で権能は発動した。上階50メートル分の瓦礫たちは音を放つこともなく、時空ごと切り取られ、消え去った。2階から上が綺麗さっぱりと無くなり、空には宵の明星が明るく輝いていた。
「た、助かったっす」
「くっ……」
体から力が抜ける。ふらついた足はか弱い少女のものとなんら変わりなく、ぺたんと地面に膝から崩れ落ちた。
──何が完璧な星の支配者よ……。こんなの、ただのヒトの小娘に過ぎないじゃない……。
そのまま前のめりに倒れ込む──あれ……? 倒れない。誰かが支えてくれてる?
顔を上げるのも少し無理が必要みたい。なんとか顔を上げると、みんなが私を囲んで支えてくれていた。
マキタ、グエン、アルベルト、そして、ジン。
「……ありがとな。お前には何回も助けられてばかりで情けねえ」
「私よりちっちゃいんすから、無理しちゃダメっすよ」
「こんな早く退場されちゃ、興醒めってもんっすわ。まだ戴冠式すらやってないってのに。まあ舞台がぶっ壊されちまったんですがね」
3人が声をかけてくれる。本当なら無礼極まりなくて、すぐさまその首を刎ねるところだけど、こいつらに助けられるのは嬉しい。
「……おかしい」
「え?」
ただ1人だけ、私の身を案じるその趣旨が異なる人物がいた。
「何故そのような顔をするのですか。人にでもなったと? それならば断言しましょう。それは幻想です。貴方様は人にはなれない。なってはならない」
マキタとグエンの視線がアルベルトへと向けられる。何を言っているんだ、と糾弾するように、その視線は痛いほど鋭い。だけど私にはその言葉の意味が分かった。それこそが今の私が不完全である証明だ。
「……それでも……私は今の私を捨てるわけにはいかないのよ……」
引き下がれない理由がある。例え私がこの神の力を手放したとしても、今の私には……。
「……そうやって、くだらぬと笑った人の尊さに気がつく。……私もそうだった。私も生まれながらに人を超えた身であった。故に他を知ることなく、世界には私しかいないのだと思ったのです」
こうして改めて会話すると、あの迷いを抱えた小僧がよくここまで育ったものだと感慨深くなる。誰とも溶け込めず、家に囚われ、一つの神のみを嫌々信仰していた彼を、かつての私は哀れと思って手を差し伸べた。
間違いなくその時の私は絶対的な神だった。私にとってはイエスさえも私に宿る無数の神性の一つにすぎない。今思えば──アルベルトにとって人生の全てであった常識を打ち壊したその瞬間から、私の堕落は始まっていたのだろう。
「……今の私は、かつてアンタが出会った私とは違う。姿も、形も、魂の在り方もまるで違う。本当は気づいてたんでしょ?」
「……ええ。貴方様の啓示に従い、私は貴方様の御姿を記憶から封印しました。その魂の高潔さに至るまで全て。──しかし、分かるのです。貴方様はここまで不安定な存在ではなかった。それも内側から柱を食い破るかのように、その支えを自ら壊しているように見える。今の貴方様は絶対無比な神話ではなく、ただのか弱い少女に過ぎない」
アルベルトの元から鋭い目つきはより鋭さを増し、切れ味鋭いナイフのように見えた。後ろを振り返り、そしてその視線を突きつける。
「童……貴様が元凶だ。一体何をエルゼ様に吹き込んだ? 絶対無比、天頂の存在である我が神を、いかにして人へと貶めた?」
ドスの効いた声。紛れもない怒りと闘気。しかし伝わる波長は
「知らねえよ。俺はただエルゼの味方をしているだけだ。お前みたいに人間臭え感情を原点にして動いちゃいねえ。俺は俺のやりたいようにやってきただけだ。それでお前の思い描いたエルゼが変わっちまったなら、お前が思っている以上にエルゼは完璧じゃなかっただけの話だろ?」
「……! 貴様……!」
「『俺のエルゼを侮辱するな』ってか? 言っとくがな、エルゼはテメェの偶像じゃねえんだよ。こいつは完璧に限りなく近い存在であって、完璧じゃない。目に見えないほどの穴がある。それだけで完璧って言葉はこいつを体現する言葉じゃなくなるんだよ。“100か0か”の違い、といえば分かりやすいか」
ジンはどこか残念そうな声で呟く。アルベルトは歯を軋ませる。それは単なる突発的な怒りではなく、的確な事実を当てられたことによる悔しさを含めたようなものだった。アルベルトだって分かってる。
「……いいのよ。2人とも。私は完璧なんかじゃないわ。アルベルトが思い描いたような、全知全能の力を制限なく使える奇跡の体現ではなくて、ジンが言ったように、私はどこかで穴を開けてしまった欠落者に過ぎない。それでも私は進むのよ。だって完璧じゃなくなった今が、こんなにも輝いて見えるんだから」
──
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