とびっきりかわいい笑顔

僕と桜子は最後のお別れを、出会った星の丘公園でした。

 駅まで見送りはいいと桜子は言った。

 翔太の件で、僕らは警察からいくらか事情を聴かれた。それを終えて、いまこうやって、夏休み最後の日を、こんなふうな痛ましい気持ちで迎えるなんて、誰も思っていなかった。

 僕らは無言だった。

 ただ無言で、「星を見上げる人」を見上げていた。

 時刻は朝の七時だ。

 僕は横の桜子の顔をちらっと見た。

「見ないでよ」

 桜子は敏感に視線に反応した。

「ごめん」

「私、ひどい顔してるでしょ? 昨晩から、ほとんど涙が止まらないのよ」

「僕もだよ」

「とんでもないことになっちゃったわよ」

「本当だよね」

「人ごとみたく、言わないでよ」

「……」

 人ごとみたく言ったのは、君だろとは言わないで、僕は押し黙る。

「何で黙るの。なんか言ってよ」

「……」

 いったい何を言えっていうんだよ。

「ねえ、なんか言ってよ、翔太」

「……」

「翔太」

 そう、もう一度、死んだ恋人の名を呼ぶ桜子の方を僕は見れなかった。

 僕は視線を、「星を見上げる人」に向けた。

 そして、ポツリとこう言っていた。

 自分でも、なんでこんなタイミングで、そんなことを言ったのか、わからなかった。

 でも、もし、そう言わなければ、桜子は翔太の後を追ってしまうのではないかと思った。いや、僕の慢心だ。僕に、桜子を引き止める力などありはしない。

 きっと、反射的についてでたのだ。

「好きだよ」

 何て言うセリフが。

 桜子は両手で顔を押さえた。

 きっと、この後文句を言われるか、あるいは顔を張られるかもしれないと、覚悟した。

 桜子は、嗚咽を漏らし始めた。

 そして、震える声で、こう言った。

「ありがとう、健」

 僕は、桜子の頭を抱きしめて、桜子は声をあげて泣いた。

 朝のラジオ体操をしている老人たちが、僕たちを興味深げに見ていた。

 僕は、星を見上げる人を見つめた。

 まるで、あいつみたく、あいつが、星を見上げているみたく、僕は感じた。

 僕は、歯を食いしばる。

 桜子が泣き止むまで、僕は、歯を食いしばる。


 そして、長い間かかって、桜子が泣き止む。

「ごめんね」

 と言って、桜子が僕の手から離れ、立ち上がる。

「春ごろ、答えを聞かせてよ。桜子」

 それには答えず、最後に、桜子は、とびっきりかわいい笑顔を僕に見せてくれた。

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