早紀の日記
父の誠治は、約二週間の滞在を終えて、アメリカへ帰ることになった。
アメリカへ発つ二日前の金曜日の夕食時のことである。
青木一家総出で、誠治の説得にあたった。
誠治は頑として、リバーサイドブルーなんぞに、足を踏み入れないぞと譲らなかったが、花江が、一冊のノートを持ってきて、状況が一変した。
それは、早紀の日記だった。
僕も初めて見たが、花江が、早紀から、託されたものだという。
誠治はノートを開き、早紀の筆跡を見ただけで、込み上げてくるものをこらえるのに必死と言うありさまだ。
「卑怯だ。早紀の手を借りるなんて」
誠治はそう言ったけど、花江から付箋を貼っているページを見せられて、さらに顔色を変えて、怒りだした。
それが、誠治の屈折した愛情表現だとは、花江と雄一にしかわからなかったようだ。
「早紀は、きっと、こうなるとわかっていたというのか」
誠治のその言葉に、花江は首を横に振って、
「早紀さんは、あなたがテナーサックスをやめたのを本当に残念がってた。早紀さんは信じていた。あなたは、決して、おじいちゃんを馬鹿にするような人ではないとね。あなたは愛情表現が下手なだけで、本当は、おじいちゃんを尊敬していたんじゃないの?」
と言った。
「馬鹿言わないでくれ。あんな人、俺は、心底情けないと思っている」
「でも、早紀さんは、この手記の一文にあるとおり、あなたを見ていた。そう『誠治さんは、青木家を愛している。誠治さんは、優しすぎる。だから、私は、健を青木家に預けてほしいと思う。健にも誠治さんと同じものを強く感じるから。健はきっと、おじいちゃんと誠治さんが受け継いだテナーサックスを必ず、やるはずだわ』と」
そう言われて、誠治は黙り込んでしまった。
すかさず、雄一が、
「わかっただろう。健のテナーサックスを聴いてやれ」
「別に、聴いたって、失うものなんてないでしょう?」
と美代子がアニメ声で言い足す。
誠治はちらっと僕の方を見て、
「わかったよ。でも、何があっても、俺の意志は変わらないぞ」
とふんっと鼻で笑った。
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