ジャズとロックンロール
翔太との共演は、その夜、最初で最後だった。
僕らは、「スターダスト・ドリーマー」をロックンロールにアレンジして、いくつかの決め事をしたなら、アドリブで好きなだけ戦うことになった。
翔太がファンに僕を紹介した。
翔太は僕のことをジョン・コルトレーンじゃなく、和製ソニー・ロリンズなんて言って、紹介した。
僕は、ジョン・コルトレーンが好きなのに、さらに「和製」なんて言いやがったから、翔太の横に来て「和製」という言葉を訂正させた。
「僕は、いずれ、世界一のテナーサックスプレーヤーになるんで、今日は、異種格闘技戦みたいなこのステージに上がってやったから、せいぜい楽しみやがれ」
とマイクを握って、言ってやった。
客席から、どよめきと笑い声が返ってきた。
翔太のファンは、どうやら、僕が思う以上に、アットホームらしい。
ジャズ喫茶の少し薄暗い照明ではない。
僕と翔太、それぞれにまばゆく白いスポットライトが当たった。
翔太が、すっと息を吐いて、ギターの弦を弾く。
背後のドラムが、ドカドカッと鳴り、すぐにベースが乗ってきて、演奏が始まる。
ゆっくりと、演奏が進んでいく。僕も途中から基本の演奏に加わった。事前にリハーサルでやった通り、我ながら、ロックンロール初体験で、堂にいっていると胸を張りたくなった。
ピリピリするような緊張感の中で、僕が作ったこの曲は、翔太がアレンジしたなら、全くの別物だった。
先手を打った、翔太のギターが轟音をかき鳴らす。
僕は翔太の斜め後ろで、あっと、息をのんだ。
客席から眺めていた比ではない。
僕の体の中からエネルギーが一気に放出されて、全身の力が抜けた。
翔太の「力」はあまりにもすごすぎて、共演している僕を飲み込もうとするのだ。
翔太のギターソロの間、僕はテナーサックスを下ろして、身構えた。
狂気にも似た「力」に負けないように、両足を力ませて、その場で踏ん張る。
すごい背中だ。何たる熱量と混沌か!
僕は目を細めて、額から噴き出る汗もそのままに、翔太の背中に魅入った。
今にも、翼でも生えてきそうだ。黒く、艶やかな、悪魔のような翼が!
翔太のギターの旋律が、ドラマチックにピークに達し、翔太が珍しく、エモーショナルになった。
崩れ落ちるように、その場で両ひざをつくと、天に向かってギターを持ち上げ、聴いたことのないような速弾きを披露した。
会場が、おおおお! とどよめく。
翔太がこんなメタリックなギターをやるなんて、今まで聞いたことがない。
僕はぞくぞくっとして、速弾きが、余韻も残さないときに、翔太が軽く後ろを向いて合図を送ってきた。
僕は、曲が転調するのを知って、急いでテナーサックスを構え直した。
ドンドンドンッと、ドラムが強く鳴り、僕は息をふうっとテナーサックスに吹き込んだ。
僕は、この夜、翔太に誘い込まれた。
きっと、金星まで。
翔太が金星は金色って言ってたから、僕の中で、その金星は黄金に輝き、僕の目をくらませた。
はじめのうちは、ハードバップのような感じで吹いていた。
しかし、客席から、あまりいいリアクションは返って来ない。
だから途中から一気に崩していった。
型も何もない。
一瞬目を開いて、視界の横に、翔太が映った。
翔太は、笑った。
親指を立てていた。
そこからは、僕は無我夢中で、フリージャズをやった。
まるで、忘我状態のサバトの饗宴のように、神経を破裂寸前まで、興奮させて、息つく間もないほど、やってやった。
僕はやって、やった。
客たちのノリは、ロックンロールだ。
僕が見たこともない、ジャズ喫茶では決して考えられないような乗り方をしている。
それは、途中から翔太のギターが加わって、もう、滅茶苦茶になって、客は狂乱し、前列に殺到し、何人か空中を舞っていた。
僕は目をむき出しで、やばい奴になり、すると、はっと誰かと目が合った。
桜子だ。
桜子が僕の方を見ていた。
僕の方を見て、こぶしを突き上げていた。
まあ、もうそんなことどうだっていいじゃないか。
勝ち負けとか、そんなの「どうだっていい」んだ。
この瞬間が全てだ。
明日、世界がどうなっていようとも、別に「どうだっていい」んだよ。
今だけだ。今しかないんだよ。
ドドドン。
ライブは最高潮に達した。
もう、以後のことは、ほとんど記憶にない。
健、俺たちはサイコーだよな。
爆音の支配下で、あいつの口がそう動いたのだけは覚えている。
「ああ、最高だよ」
と僕は答える代わりに、乾いたテナーサックスの音で答えてやった。
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