フェア・プレイでいく

 タイミングよく、父親がアメリカから飛行機で帰ってくるという知らせを受けたのは、夏休みも半ばを過ぎた頃だった。

父親が家に着くちょうどその日、翔太から電話があった。

翔太は「悪いな。健」と言って、意味もなく謝るものだから、きまずい。僕が黙っていると、「あのな、聴いてくれ」と翔太があらたまった。「なんだよ? 何か用があるのか?」僕は、冷静さをよそおいつつ尋ねる。

「今度、俺のバンドのステージに上がらないか?」

 翔太は、少し間をおいてから、そう言ってきた。

 電話の向こうで、唾をのむ音が聞こえた。

 僕は、しばらく考えた。

 すると翔太は、

「お前が、受験生なのはわかってる。でも、これは、俺にとっても、人生を決めるような、切実な問題なんだ」

「……」

「学校をやめたんだよ。退学届けは、もう提出して、受理された」

「本当か? なんで、やめる必要まであるんだ」

 一瞬、間があって、

「俺は、目標に向かわなければならない。必ず、かなえるんだ。この街を出るんだよ。夏が終わったら、すぐに」

 と翔太は言った。

 その声は前向きな内容とはちがって、早口でこきざみに震えていた。

 僕は、黙り込んでしまった。

 そして、翔太の意図を推測すると、

「僕は、お前のバンドには入らない」

 とはっきり言った。

「一度だけ、共演しようぜ」

「意味がないんだよ。半端な気持ちで、お前と共演したくもないし」

 と言いつつも、僕は、翔太の音に加わる姿をイメージしていた。

 きっと、最高だろうな。最高にきまってる。

「いいんだよ。やってみれば、気も変わるかもしれないだろ。考えておいてくれよ。俺はお前の音が欲しい。絶対に。前から、ずっとだ」

 僕の心はぐらついた。

 翔太の声は鬼気迫るような調子だった。

「そこまで、僕の音を求めているのかよ」

「桜子の件は、悪いと思ってる。お前が、好きなのを知っていて、奪ってしまった」

「本気なんだろ。あやまるなよ」

「ああ、桜子を愛してる。桜子は、いい女だ。俺が今まで出会った中で、最高のな」

「わかった。ライブに出てやるよ。その代わり、桜子も絶対つれて来いよ」

「ああ、わかったよ。約束するよ」

「僕は、お前から桜子を……、いや、うん、フェア・プレイでいく。後悔すんなよ」

「ああ、いいぜ。お前の挑戦をうけてやるよ」

 翔太は「童貞野郎のくせして、生意気な!」と捨て台詞を残し、電話を切った。

 僕は舌打ちしてから、フンッと笑った。

 僕はベッドにあおむけに寝っ転がった。

 目をつぶると、桜子の笑顔が瞼の裏にバチッと思い浮かんだ。

 ひきよせたい。強くそう思った。

 だから決闘しなければいけないのだ。

 不純な思いは時間とともに燃えるようなあこがれに変わっていた。

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