翔太のギター
僕が翔太のギターを例えるなら、「狂気」と言いあらわす。
翔太のギターは静と動が鮮やかに対比されている。
まるで、ゆっくりとすすんでいると思ったら、突然、轟音が響く。その繰り返しだ。いつも、翔太のバンドは一曲しかやらない。大体、三十分の間、翔太のギターは永遠となり続ける。インストバンドだ。ドラムとベース、ギターの形態で、このバンドは、翔太のギターのためのバンド。
ステージの上で、翔太は、じっと、ほとんど動かず、ただ指を動かし、演奏している。翔太に注ぐ白いスポットライトが、翔太を、幻想的に浮かび上がらせる。
目元は乱れた前髪が隠している。時々、首を動かして、前髪を鬱陶しそうに払う。瞬間的にのぞく眼は、何も語らない。
始まりの静けさの中では、冷たく、不気味に。
僕は、いつも、この不気味さは何なのだろうと首をかしげてしまう。
演奏を聴きながら、いやな汗が背中を伝っていくのを感じる。
唐突に、静けさを破壊する、大きな音が鳴る。
すると、僕は「あ」と小さく叫ぶ。
ライブハウスを、翔太のエネルギーが、駆け巡る。
きれいな響き方ではない。激しく、挑発してくる。僕は歯ぎしりしていた。鼻息は荒くなる。気分が暴力的になってくる。でも、こぶしを突き上げたいという気にはならない。音に陰りがあるからだ。一体感は生まれないで、僕は内側に入っていくのを感じる。
そして、また音がすっと止み、静けさが訪れる。
僕は、静けさの中で、いろいろと、イメージがわいてくる。
それはとりとめがないものだ。
学校の特に親しいというわけでもないクラスメイトが話しているシーンとか、道端に咲いている西洋タンポポが鮮やかなこととか、走る電車とか、すすんでいく灰色の群衆とか、遠い外国の戦争の景色とか。はるか彼方の星々の瞬きとか。
ここからだ。
翔太のギターが美しくなっていくのは。
メロディが悲しげに変化していき、僕をさらに刺激してくる。
まるで、夕日。
僕は、思い出す。
夕日を。
その赤く染まる世界の中心には、小学生の頃の僕がいて、その僕の手を母が引いていた。
ふいにまた轟音が鳴り、僕は、正気に返る。
しばらくして、静けさ。
ここからだ。
翔太のギターが、さらに深く入ってくるのは。
悲しみを誘い、苦しみを想い出し、僕は内側に沈み込んでいく。
母が病室で、窓の外を見ている。
僕が話しかけると、母は振り返って、目に涙をためている。
そして、
「ごめんね、健」
と謝って、涙を拭く。
それから僕は立ち尽くす。
母の葬式で。
黒い喪服の人々に囲まれて。
理屈屋の父が泣き、頑固な祖父の新太郎が腕で目をこすり、僕の肩を祖母の花江が抱き、親戚の人たちが僕を励ます。
霊柩車に乗って、母がいなくなる。
そこで僕は初めて泣いた。
そして、ここから、いままで、僕は生きてきた。
どうして、世界にはこんなに悲しみがあるのだろうかと。
人生とは、いったい何なのだろうかと。
ギターが鳴る。
世界に引き戻される。
僕は翔太に向かって叫んだ。
すべてをぶつけるように、叫び続けた。
ほかの客たちもそうしていた。
横の桜子も、泣いていた。
皆、顔をゆがめて、でも、問いかけても答えはない。ただ胸が苦しく熱くなるだけで。
三十分間のライブが終わると、僕は全身が疲れて、はやく家に帰り、眠りたかった。
桜子と別れて、一人の道で、僕は、夕日を見上げた。
そして、妙に、小躍りしたい気分だった。
「生きてゆけるさ」とつぶやいてみる。
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