コンサートの終わった後で
ジャズ喫茶のコンサートは、喫茶店が五時に閉店すると、そのままお開きになった。
僕ら家族に紛れて、翔太と桜子が閉店後の店内に残った。
桜子は律義におみあげを持参していて、その包みを祖母の花江に渡した。
花江は、「まあ、気を使わなくてもいいのよ」と言って、しばらく桜子と押し問答したが、けっきょく受け取る。
花江はその場で、包みを開ける。
中にはカードが入っていた。
花江の視線が、ぎょっとしたようにカードに注がれた。
しかし、すぐに大きく頷いて、涙ぐんだかと思うと、桜子に、感謝を述べた。
よく状況が呑み込めないのは、僕と翔太。
「お師匠さんは、アリス、遅くなってごめんって言ってました」
と桜子が言うと、花江は、桜子を抱き寄せて、はぐをした。
「大きくなったわね。桜子ちゃん」
「はい、おかげさまで」
僕は、理解できなかったので、状況の説明を求めた。それは、この場に居合わせた全員が思っていることでもあった。
花江は、こう言った。
「桜子ちゃんは、親友の孫娘なのよ」
桜子が言葉を足す。
「そうです。私のおばあちゃんは画家、それに彫刻家をやってまして、名前を十和田京子って言います」
僕が言葉を発する前に、亮の奴が顔を赤らめながら、先に言った。
「聞いたことある! あの彫刻の作者ですよね」
「星を見上げる人のね、そうです」
驚いたのは僕たちだった。
今まで、「星を見上げる人」の像に作者がいるなんて考えてもみなかった。誰かが作ったことに間違いないが、この町のあの公園に完全に溶け込んでいて、作者を調べようなんていう気持ちは地元民でも誰も起こらないだろう。もし、作者名を知らされても、興味もないのですぐに忘れてしまうだろうし。
「お前よく知ってたな」
と翔太が言うと、
「へへ、じつは、小学校の頃、テストに出たんだよ。間違えたから逆に覚えてたんだ。ええ、さすがの翔太くんでも、わからなかった?」
「生意気言うな」
翔太と亮は、ロックバンドを通じて、知り合っていた。
亮は翔太のバンドに憧れていた。翔太の後ろでドラムを叩きたいとまで言っていたが、翔太は、首を縦にはふらず、もっと腕を磨けとだけ返す。
「私は、おばあちゃん、いえ、お師匠さんの作った彫刻を見るためにやってきました」
と桜子は言う。
「桜子ちゃん、俺が案内するよ」
亮は下心まる見えなかんじで言うが、僕が「それは大丈夫だよ、亮」と打ち消して、桜子に先を促した。
「お師匠さんは、青木コルトレーンの葬式に行けなかったことを本当に残念がってました。青木コルトレーンのテナーサックスが本当に好きだって言ってました」
「誰?」
と翔太が言うと、
叔父の雄一が、
「三年前に死んだ俺の父、いわば、健の祖父の新太郎、別名、青木コルトレーンっていうんだよ。プロミュージシャンだった頃の芸名だ」
桜子が頷くと、叔母の美代子がアニメ声を震わせて、
「おじいさんは、本当にいい人だったのよ。でも、タバコが原因で……、肺がんで亡くなったのよ。さいごまで、カウンターに立って、ジャズを聴きにくるお客さんのために、コーヒーを淹れつづけていたわ。俺しかわからんよ、ジャズに最も合うコーヒーの淹れ方はって口癖みたく言ってたわ」
一瞬、しんみりとした空気が流れたかと思うと、花江が、
「まあ!」
と叫んだ。
その場にいた全員が花江の方を向く。
「きれいな、花柄のスカーフ。さすが、京ちゃんだわ。センスある」
と花江が言う。
それから、僕と翔太、桜子の三人は、テーブルに座って、いろいろなことを話した。
流行の音楽についてとか、大学のこととか、いろいろ。
桜子には彼氏がいない。
ということが分かった。
僕の気分は高揚した。
翔太も、いつもより興奮気味に、よくしゃべった。
「桜子さん。明日、僕と図書館の郷土資料館に行きませんか?」
と僕が言うと、
「うん、いいわよ、あっそれとね、健君」
「なんでしょうか?」
「敬語はやめよう」
「は、はい、ああ、うん、わかったよ、桜子さん」
「さん付けにもしなくていいよ。健。なんか、君とは親しくなりたいって思うから」
「え」
「健のテナーサックス、天才よ」
「そんなことないですよ。褒めすぎですよ」
「いえ、間違いないわ。天才よ」
すると、翔太が椅子をぎぎっと引いた。
「桜子、俺のライブにも来てくれよ」
「私は、健としゃべってるから、いま」
「いいから、来いって」
「強引なのはあんまり、好きじゃないな」
と桜子はアイスコーヒーの氷をストローでぐるぐるやった。
僕は二人の間に割って入った。
翔太は親友だ。
それに、翔太のギターを桜子にも聴いてほしかった。絶対に。
そう僕が桜子に言うと、
「わかったわ。健がそう言うなら」
桜子は、アイスコーヒーをストローで一気に飲んだ。
少し、機嫌が悪そうだ。
翔太はふてくされたように、横を向いた。
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