第107話 コロナ神経症

 夏目漱石は山路を登りながら考えた。

「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」と『草枕』の冒頭。


▼コロナ禍が続く今、老健施設で働く者たちの気持ちに添う一節である。

○老健で「三密さけよ!」は無理なこと接触せずに介護は出来ぬ

○ナースから「39度」とふ電話うけ「もしやコロナ?」と寝つかれざりき


▼入所者への面会制限が続くなか「通所リハやショートステイは大丈夫なのか」と不満の声が出た。

 〈水際作戦〉の観点からは正論だが、断っていいのか?

「新型コロナウイルス感染の懸念を理由に介護保険サービスの利用を制限することは不適切である」と厚労省老健局高齢者支援課は指導する。

 受け入れる施設側にも大人の事情があるだろうし、結局は現状維持との結論になろう。


▼そんな折、入所者に風邪がはやった。

 幸い症状は軽く二週間程で終息したが、施設長の私はコロナ神経症に取りつかれてしまった。

 今回は(旧型コロナウイルスによる)風邪だったものの、万一これが新型コロナウイルス感染症であれば、〈クラスター発生による施設閉鎖!〉 のニュースが目に浮かぶ。


▼慢性的な人手不足に耐え、職員は精神的な恐怖「自分がウイルスを持ち込んだらどうしよう」とも戦っていよう。

 苦境でも頑張る彼らを支えることは、介護サービス向上につながるはず。

 そのために必要なのが家族と施設との連携プレイ。

 昨年末から始めた写真付き『近況報告』が御家族に好評で、長い礼状をいただき担当職員ともども感謝している。


▼漱石曰く。

「ただの人が作った人の世が住みにくいからとて越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう」―。


 “明けない夜は無い”


(20210517)

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