第104話 魂の痛み
「延命治療は望まない。でも痛みだけは取ってほしい」と妻や子供らに繰り返してきた。
いざという時つらい選択をさせなくて済むように、との気遣いだ。
そのたびに「私は痒いのもイヤだな」と妻は笑う。
これが我が家の正月である。
▼2002年にWHOは、4種類の痛み(身体的苦痛、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルペイン)を提唱した。
…が、スピリチュアルペインとは?
「魂の痛み」
「死の恐怖」
「生きる意味を失うつらさ」など様々な言葉で置き換えられるが、何ともピンと来ない。
▼看護師で僧侶の玉置妙憂師は、それを「問われても答えられないものだ」と応える。
さらに「人間の力では解決できないこと」がスピリチュアルペインだと。
▼ひと昔も前の話。拘束用のツナギ服を着せられた爺さんの寂しそうな眼を思い出す。
ナースに経緯を聞くと「何度も胃ろうを抜くので家族と相談して…」という返事。
それから肺炎のため二度の入退院を経て施設での看取りとなる。
「やっと楽になれましたね」と、思わず穏やかな死に顔へ声をかけた。
▼スピリチュアルペインは家族にも起こりうる。
親を心配するあまり、認知症や老衰の姿を受け入れられずに悩む。
逆にそれを医療側や介護側にクレームとして転嫁したがる家族の話もよく聞く。
▼食欲は本能だから生きるために食べる。
本能が衰えたら(人間を含む)動物たちは老衰としての死を受け入れてきた。
…が現代の日本では、親の老衰に医療処置を求める子どもが少なくない。
自分自身は延命治療を望まないのに、である。
▼名著『大往生したけりゃ医療とかかわるな』の中村仁一氏は「オレが食べ物に手を出さなくなっても決して口のなかへ押し込むような真似はするな」と激しい。
食欲があれば(両腕がマヒしようと)犬食いでもするはず。
私にその時が来たら、試しに鰻と鮨を並べてみてくれ!
(20210426)
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