第98話 財当仮設の仲間

 2012年3月14日。

 財当仮設住宅団地への引っ越しで、最初に声をかけられたのが、漁師の優ちゃんと自治会長のシゲさんだった。

「だれェ、ザイトウでねェ。サェドォでがすと」の大声に怒鳴られたかと思った。

「高田病院の先生まだァよぐ来てくれだごとォ」と日焼けした笑顔がならぶ。


▼陸前高田市の小友町財当地区は、広田半島の付け根部分に位置する。

「岩手の湘南」とか言われる温暖な気候で、人情味の厚い土地柄だ。

「医療で震災復興を!」と、弘前市から岩手県立高田病院の応援に来たはずが、宿舎の財当仮設では逆に世話を受けた。


▼シゲさんは陸前高田市役所のOBだけあって情報通だし人脈も広い。

「仮設の人だちさ何がでぎねべが」という私の津軽弁を聞いて、シゲさんが始めてくれたのが〈財当塾〉なる健康教室。

 …と言っても、月に一度くらい土曜日の夕食後、私の健康ネタ講話の後は雑談になり、気がつけば宴会という代物だ。


▼財当塾が一年間も続いたのは、シゲさんと優ちゃんのお陰だ。

 広報や集客からシバデ(酒のアテ)の準備まで、本当に面倒をかけた。

 そんな私たち亭主を陰で支えてくれたのが奥方たち。

 特に弘前から長距離バスを乗り継いで何度も通ってくれた妻には感謝しきれない。


▼『2013年4月28日、弘前公園』と書かれた観桜会の写真。

 この年は寒くて蕾だったのに、三組の夫婦とも満開の笑顔である。

 シゲさんと優ちゃんが奥方連れで拙宅へ泊りに来たときのものだ。

「夢みてェだのす」

「んだども、この次ァ満開でやっぺし」


▼しかし二年後、その約束を果たさずに、シゲさんは突然の病で亡くなる。

 小友の海が見える自慢の新しい城で眠っていた。

 津軽弁と気仙語で語り合った財当仮設の仲間とは、陸前高田を離れた今でも交流が続いている。


(20210314)

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